前回の記事では、体内のカルニチン濃度を規定する4つの要因のうち、

【1.食事からの摂取量】

についてまとめさせていただきました。


しかし中には、十分な量のカルニチンが含まれる食品を摂取しているにもかかわらず、カルニチンの摂取量が不足するケースが存在します。

それは、腸管からのカルニチンの吸収が上手くいかない場合 です。



・・・というわけで、今回は【1.食事からの摂取量】の補足編として

【1’.カルニチンの吸収】

について調べてみたいと思います。

 

 




●腸管でのカルニチン吸収はどのように行われているか

食品、あるいは医薬品やサプリメントとして摂取されたカルニチンが腸管から吸収されて体内に取り込まれることは、4/10の記事でも触れさせていただきました。


この、腸管でのカルニチン吸収において重要な役割を果たしているのが

Na+依存的高親和性カルニチントランスポ-ター(OCTN2)

と呼ばれているトランスポータ―です。



手ここでひと言。

先に進む前に、ちょっと復習させて下さい。
何しろ私自身がすっかり忘れてしまっておりまして・・・滝汗

 


◇トランスポーターとは

トランスポーターにつきましては過去の記事でまとめさせていただいたことがありますが、おおまかにはこんな感じです。

*過去の記事はこちらになります↓

 

 

 

"トランスポーター"は、細胞膜上に存在する膜輸送タンパクの一種です。

細胞膜の外側と内側に面した "孔(pore)" を開閉することによって、必要な物質を細胞外から細胞内へ取り込んだり、不要な物質を細胞内から細胞外へ排出したりしています。

 



(この画像はこちらから引用の上改変させていただきました)


現時点で、少なくとも400種類以上のトランスポーターが同定されています。

どの物質がどのトランスポーターを介して細胞内に取り込まれるかはだいたい決まっており、カルニチンの場合は、腸管上皮細胞膜上にあるNa+依存的高親和性カルニチントランスポ-ター(OCTN2)によって細胞内へと吸収されていきます。

このNa+依存的高親和性カルニチントランスポ-ター(以下 OCTN2 と略します)は、ヒトにおいては小腸から大腸まで幅広く分布していますが、

・特に回腸と小腸に高発現している
・上行結腸に高発現している

という2つの報告があるそうです。


※ちなみに、口から摂取した食事は
口腔→咽頭→食道→胃→小腸(十二指腸→空腸→回腸)→大腸(上行結腸→横行結腸→下行結腸→S状結腸→直腸)
の順に通過していきます。


(この画像はこちらから引用させていただきました)

(*「回腸って小腸の一部のはずだけど・・・どういう意味?汗

 

 

 

◇トランスポーターの特徴(*ここからは今回初めて触れる内容になります)

2つ上の図中にもありますように、トランスポーターは片方の孔(pore)を開けて物質を取り込んだ後、その孔(pore)をいったん閉じてから反対側の孔(pore)を開けることにより、目的の物質を細胞の外側から内側あるいは内側から外側へと移動させます。

そのため、同じ膜輸送タンパクではあるものの孔(pore)が開きっぱなしになっているチャネル(*2つ上の図の左側。2020/6/9の記事でも触れさせていただいてます)に比べると、輸送速度が1万倍以上遅いという特徴があります。

 

このトランスポーター特有の性質のために、カルニチンのトランスポーター(OCTN2)では

"吸収の飽和現象"

が認められます。


これは、

 

一度に大量のカルニチンを経口摂取しても、OCTN2によって取り込むことのできるカルニチンの量には限界があるため、吸収が頭打ちになってしまう

 

現象のことです。
 

 

実際に、食品中に含まれるカルニチンはごく少量のため効率的に吸収されますが、薬としてカルニチン製剤を大量に摂取した場合の生物学的利用率(biological availability)は10~20% だと言われています。

(*えええ・・・そんなにちょっとしか吸収されないのっ!?アセアセあせる

 

※生物学的利用率(bioavailability)とは:

静脈内投与(=腸管からの吸収を必要とせず、基本的に全量が体内に摂取される)を100とした際の、同量の経口剤の吸収率のこと。

――だそうです。
 

 

そのため、カルニチンを経口投与する場合は、一度に投与するのではなく少量ずつ頻回に投与する必要があります。

 


具体的には、

 

・『カルニチン欠乏症の診断・治療指針2018』 には「1回につき最大2g以下で、1日2-3回に分けて」

 

と記載されていますが、

 

・日本の食品安全委員会からの報告書 では「1日2g以上投与しても血中濃度はそれ以上には上がらない」

 

との結果が記されていますので、

"1日2g以下を2-3回に分けて"

が妥当な量と言えそうです。

 

 


◇サプリメントとしてのカルニチン(ちょっと脱線しますが・・・)

飽和現象のために吸収しきれず腸管内に残ったカルニチンは、腸内細菌によりトリメチルアミンなどに分解され、便中に排泄されます。


このトリメチルアミン、実はプロパンガスなどに臭いをつける際にも用いられる特定悪臭物質(低濃度では腐った魚の臭い、高濃度ではアンモニア臭がする)であるほか、 マクロファージを変化させてアテローム性動脈硬化などの心血管病変(いわゆる狭心症や心筋梗塞など)のリスクを高めるという報告があるそうです。

(*右差しwiki厚労省のHPなど)


最近では、一部のアスリートが運動能力を改善させるためにカルニチンを摂取していたり(*現在はこの効果については否定されているようです(*右差し厚労省のHPなど))、脂肪酸燃焼によるダイエット効果を期待していわゆる"健康食品"成分として注目されているみたいです。

 


一般的には、前述のカルニチントランスポーター(OCTN2)の飽和現象のために、薬やサプリメントなどのカルニチン製剤の経口摂取によってカルニチンの過剰症が生じることはありません。
(下痢・腹痛・便秘・魚のような生臭い体臭などのマイナーな副作用はありえますが)

ですが欠乏症でもない人が安易にカルニチンを摂取することにより、腸管内で発生したトリメチルアミン等が体内に吸収された結果、動脈硬化を引き起こして心筋梗塞や狭心症などの心血管イベント発生のリスクを高めてしまう危険性がある ことには注意が必要なようです。
 

 


・・・と申しましても、食品安全委員会からの報告書には

 L-カルニチンの食品を介した日本人の一日摂取量は0.77mg/kg体重/日と推定されており、この摂取量はヒトの忍容性試験の結果から得られた副作用がみられない用量である2g/日(33.3mg/kg体重/日)より低い。

 

と記載されていますので、カルニチン欠乏のない人でも、体重60kgの場合薬やサプリメントとして1.95g/日までなら摂取しても大丈夫な計算になります。


 

ただし、別のサイトにはこのような記載がありました。

カルニチンの食事摂取基準(DRI)や推奨栄養所要量(RDA)はありません。
しかし厚生労働省は、過度のカルニチン摂取を防ぐことを目的に、外国の摂取目安量(スイス:1g/日、アメリカ:20mg/kg/日)を参考にして、1日の摂取上限の目安量を約1g/日としています。

 

ということは、薬やサプリメントとして摂取する量は、60kgの人の場合1日0.95g=950mgまでにした方がよい、ということになりそうです。

 

※ちなみに:
娘(体重45kg)はカルニチンの薬を、L-カルニチン(レボカルニチン)として1日1.5g服用しています。

・・・げげっ、これって多すぎません滝汗あせる!?

 

 

ただ、ADHDでは最大4-6g/日が有効との記載もありますので、欠乏症の人には多く投与しても大丈夫ってことでしょうか??あせる



そしてこの量を1日3回に分けて毎食後に服用しているのでついつい忘れてしまうらしいですが、トランスポーターの飽和現象があるので、頑張って飲むしかないってことですねショック

 

 

 


・・・かなり脱線してしまいましたので、本題に戻りたいと思います。

 


●カルニチンの吸収障害と疾患

このように、食事中に含まれるカルニチンは腸管細胞のカルニチントランスポーター(OCTN2)を介して吸収され、体内へと取り込まれます。

そしてその速度は、OCTN2の活性(=機能の高さ)と密度とに左右されることが分かっています。


ところがこのOCTN2の機能に異常があると、腸管からのカルニチンの吸収が上手くいきません。


そのような病態を来す病態としては、現時点では

全身性カルニチン欠乏症 (systemic carnitine defi-ciency; SCD) 』

という疾患1つだけが知られています。


これは、

血中および組織中におけるカルニチン濃度が著しく低下するヒトの遺伝性疾患

で、新生児マススクリーニングの二次対象疾患にもなっているそうです。


※新生児マススクリーニングとは:
日本では国の事業として、生まれてきた赤ちゃん全員に「新生児マススクリーニング」という検査が実施されています。

これは、知らずに放置するとやがて神経障害が出たり、生命にかかわるような障害が発生する可能性のある生まれつきの病気(先天代謝異常など)を早期に見つけて治療を開始し、赤ちゃんに障害が起こるのを予防するシステムです。

1977年に実施が始まった当初は、発見できる先天性代謝疾患はわずか6種類でしたが、2011年に検査方法がガスリー法からタンデムマス法に変更となってからは、25種類程度の病気を追加で検査できるようになっており、この『全身性カルニチン欠乏症』も二次対象疾患に含まれています。
(ただし先天性甲状腺機能低下症と先天性副腎過形成はこの方法では診断できないため、今もガスリー法で検査が行われています)

(*生後数日の新生児の踵から血液を数滴採取する検査で、通常はお産後の退院前に行われ、針の後も残らないほどで、異常がない限りお母さんには結果の連絡もないため、こういう検査が行われていることすら知らない人がほとんどなのだそうですびっくり

 

 

*1977~2011年までの新生児マススクリーニング検査で早期発見が可能であった先天性代謝疾患

(この画像はこちらから引用させていただきました)

 

 

*2012年以降、新生児マススクリーニング検査で分かるようになった先天性代謝疾患

 

(これらの画像はこちらから引用させていただきました)

 

 


※ちなみに・・・
カルニチンのトランスポーターであるOCTN2を発見・命名したのも、全身性カルニチン欠損症(欠乏症)の原因がトランスポーターの機能欠損であることを突き止めた(1999年)のも、日本の研究グループだそうですポーンハッ
睡眠の分野でも日本人の研究が目立っておりましたが、ここでも・・・。

何だかとてもスゴイです王冠2



全身性カルニチン欠乏症(SCD)とは

この疾患の特徴を以下に列挙してみます。

・遺伝子の突然変異により、OCTN2の機能がほぼ完全に欠損または低下し、高度の低カルニチン血症とそれによるさまざまな全身性の障害を発症する疾患。

常染色体劣性遺伝の形式をとる。
・OCTN2(*正確には、OCTN2をコードする遺伝子SLC22A5)の遺伝的変異は、現時点では138種類あることが報告されている。

・OCTN2の遺伝子は、男女の差なくヒトが23対持っている常染色体上に存在し、両親からそれぞれ1本ずつ受け継ぐ。診断されているすべての全身性カルニチン欠乏症患者は、両親からそれぞれ受け継いだ2つのOCTN2遺伝子の両方に変異を抱えており(*これを"ホモ"と言います)、OCTN2機能の完全な欠損が発症の原因であることが示された。
・しかし実は、片方の親からだけ変異OCTN2遺伝子を受け継いでいる(つまりもう1本のOCTN2遺伝子は正常)"ヘテロ"個体においても、 その血中カルニチンレベルは正常人に比較して明らかに低いことが分かっている。
・日本国内における解析の結果、一般正常人中において変異OCTN2遺伝子を持つ人の頻度は0.8%と予想以上に多く、ここから全身性カルニチン欠乏症の発症頻度を計算すると、新生児6万人に1人という驚くべき高さであった。
・この疾患は、1973年に最初の患者が報告されて以来、 世界で30数例の症例報告がなされているに過ぎず、正確な疫学的調査による報告は現在まで存在しない(2000年時点)。日本での発症頻度は新生児26万人に1人とされている。
・この差は、ヘテロで変異を持つ人は、ホモの遺伝子異常を持つ患者のような早期の激しい症状が出現しないため、見逃されている例が相当数あることを示していると考えられる。実際、近年(2020年時点)の米国における乳幼児突然死症候群(SIDS)の症例においても、全症例の数パーセントは全身性カルニチン欠乏症が原因であることが明らかにされており、見過ごしの可能性が示唆されている。
・OCTN2の遺伝子変異の頻度は、全身性カルニチン欠乏症のリスクという点からだけでなく、ヘテロで変異を持つこと、すなわち普段から軽度の低カルニチン状態が持続していることによる健康障害リスクという点からも重要な問題である
・ヘテロで遺伝子変異を持つ人における、恒常的なカルニチンレベルの低さが長期的にどのような影響をもたらすかについては、まだ分かっていない。老化に伴って低カルニチン傾向となり、ミトコンドリアにおけるβ酸化の効率が低下することはほぼ確証された現象であるが、 ヘテロ個体においては血中カルニチンレベルが正常人に比較して明らかに低いため、正常老化以上にミトコンドリアにおけるβ酸化の効率が低下する可能性がある。特に中枢神経系、循環器系、腎臓の老化促進、筋肉の運動能力の早期低下が想定される
・重要なことは、全身性カルニチン欠乏症を早期に診断できればカルニチンの大量投与により突然死や症状を防ぐことが可能であり、ヘテロ個体においても、予想される老化過程における健康リスクについてはカルニチン投与が有効である可能性がある点である。

 

※一瞬、「え?OCTN2の機能が欠損しているなら、少量だろうが大量だろうがカルニチンは吸収できないのでは?ハッ」と思いましたが、大量にカルニチンが投与された場合、腸管のアミノ酸トランスポーターなどの非特異的で親和性は低い(*=カルニチンを優先的に取り込むものではなく、カルニチンとの結合力も弱い)がキャパシティーの大きな(*=一度に取り込める量が多い)トランスポーターなどを通じてわずかに吸収され、組織に取り込まれると考えられているそうです。





・・・なるほど。

つまり先天性の『全身性カルニチン欠損症(欠乏症)』として診断されているのは、カルニチン欠乏が高度なため症状が強く出る"ホモ"で変異を持つ人のみ(約26万人に1人)で、世の中には"ヘテロ"で変異を持つ、実際にはカルニチンは欠乏しているけれど高度ではないので症状がはっきり出ないため本人すら気付かず放置されている人が0.8%=6万人に1人存在する、ということなのですね。



それよりも私が気になったのは、上の赤字部分です。


激烈な症状は出ないとはいえ、低カルニチンという状態は、

確実に神経の健全な発達や健康に害を及ぼしてそう・・・ゲッソリゲッソリゲッソリ

 


そしてこのことは、全身性カルニチン欠乏症のみならず原因が何であれ、娘のように慢性的に低カルニチン状態にある人にもいえることだと思われます。

こ・・・怖い。怖すぎますチーンもやもやチーンもやもやチーンもやもやガーン


救いは、最後の

「重要なことは、これらの予想される(中略)健康リスクについては、カルニチン投与が有効である可能性がある点である」

という一文です。
 

 


――というわけで、やはり娘には

カルニチンをきちんと1日3回(決して多くなりすぎないように)飲むよう、

 

強く伝えたいと思いましたゲロー
なぜなら娘、ある時点から勘違いして1日2回しか飲んでいなかったようなのでムキーッむかっむかっ