いつも身勝手な母親だった。
何の相談もなしに物事を勝手に決めて、私がそれを知ったときには終わっているか、もしくは始まる準備が完璧に仕上がっている。それを知っていながら「これでいい?」だとか確認してくるのだ。私が「うん」としか答えられない事を知っていいながら、であるからなんともいい性格をしている。
そんな母が真剣な顔をして椅子をひくものだから、今度は何の話なんだろうとどきまきしていた。夕食も済ませた午後11時のこと。父はまだ帰ってこない。
一人テーブルに座る母を反射的にソファから立ち上がってぼんやりと見つめた。何をすればいいのかわからない私の分の椅子も引いて、目で座るようにと促される。今までにない雰囲気に戸惑いながらも、おずおずと母の正面に座った。
数十秒の沈黙が耐えられなくて目を泳がすと、真剣な母の目とぶつかる。視線がぴったり合うとすぐに、母が口を開いた。
「尚実」
そしてすぐに、形のいい唇はにんまりと弧を描くのだ。
「あんた、明日から同居人と二人暮しね」
引っ越してはじめての夏の、湿った梅雨の夜のことだった。
あやかしの子
00.プロローグ
「・・・は、冗談」
目を見開いてつぶやいた私の言葉をさえぎるように「ただいまー」と暢気な父の声が玄関に響いた。ぱた、ぱたといつもと同じくらいゆっくりした父の足音もあってか、笑顔のままの母の言葉は冗談としか思えなかった。
「お母さんがこんな冗談言ったことないでしょう」
「まぁ、確かに・・・」
変に納得してしまい、テーブルの上で組んだ手をじっと見つめる。丁度父がリビングに入ってきたようで、2人に流れる変な雰囲気に一瞬頭を傾け、やがて思い出したように口を開いて「母さん、もう言ったんだね」とうなずいた。
私はそんな態度にびっくりして、背広を脱ぎだす父をあんぐりと見つめる。父は母よりも冗談を言うような人間じゃない。
「え、うそ・・・」
「だから、本当だってば」
「なんで、そんないきなり」
「尚実・・・あんた、変に思わないの?」
「だから、なにが」
「いきなり転校したの、不思議に思わないの?」
「だって、それは、父さんの転勤でしょ?」
しばらくお互いが見詰め合う空気が流れた。本当にそう思ってたんだ、というあきれた目線をよこされる。続けたように呆れたため息を吐いて長い茶色の髪を後ろにまとめる母。その隣にいつの間にやらパジャマに着替えた父が座っていた。
ふう、と一息置いて、父が口を開く。45歳のサラリーマンだったが最近部長に昇進したらしい調子のいい父が。
「まあ、母さん。この話は明日にでもしたらどうだ。今日はもう遅いし、話していたら長たらしいだろう」
「そう、ね。やっぱり今日はもう寝ましょう」
「え、ちょっと!気になるじゃない!」
そんなことを言っても母の意見が変わるはずないっていうのはわかっていた。けれど、いきなり変なことを言い出すもんだからあせった私は口を開いてしまった。「また明日ね」と手をひらひら振られて交わされてしまうことだっていつもの母だ。だけど、いつもどおりに見える母の後姿が、少しだけ小さくなって見えた。見間違いだろうか、勘違いだろうか。二階へとあがっていく両親の足音を聞きながら、今日の夜は眠れない気さえしていた。
翌日、母と父はいなかった。私が感づいたほんの小さな違いは間違いではなかったようだとそこで気づ
いた。
:あとがき
記念すべき第一話です
続くかなぁ。いや、続かせたいと思いますよ。