自分のことって知ってますか?

 

私は知りませんでした。いえ、知ってるつもりでした。でも、素直になって自分の内面とよ~く対話をしてみたら、知らないことばかりでした。知らないというより、勝手にそうだと思い込んでいた、ということがたくさんあって、

 

「自分は今までなんて思い違いをして、自分に合わないものを与えてきたんだろう…。ごめんね、自分ぐすん

 

そんなことを思う場面が、この半年本当によくありました。

 

それは性格的なことだけではなくて、外見というか外側の肉体部分に関してもそうで、体は物質なので思い込みがなくなった後の変化は分かりやすくておもしろかったです。

 

例えば。

 

私はずっと自分は肌が丈夫だと思ってました。脂性で真顔年齢を重ねてからも、せいぜい混合肌かなぐらいに。

なぜなら若い頃はニキビがよくできたし、化粧をして時間が経つと脂が浮いてきます。さらに、同い年の友人が肌のカサカサや踵のひび割れに悩んでいても、私は一切ハンドクリームやボディークリームは必要ありませんでした。

 

ところが、昨年は肌の調子が本当に悪く、ずっと皮膚科に通いました。原因もよく分からず、年齢のせいかと思っていました。

 

が!

 

「ウサギ当番ちゃんて、すごい敏感肌なんだね。」

友人の言葉にはっと目覚めたのです。

…え?真顔ビンカンハダ?私が?

そうなのかな?

たしかに…

若い頃から試供品使うとよく荒れたな。美容室でもたまに頭皮乾燥してるって言われたな。そういえば、スキーに行くと必ず顔が腫れて皮膚科に行くまでがセットだったからスキーやめたんだったな。知り合いの自然に優しい化粧品メーカーさんにお手入れしてもらった時もパックが沁みてすぐ洗い流してもらったっけな。

 

あ、私ってもしかして乾燥性敏感肌?

 

とようやく「私の肌は丈夫。」の思い込みがはずれ、試しに乾燥性敏感肌用の化粧水やシャンプーを使うようになったら、史上最高に肌が絶好調なんです。すっぴんで出歩きたいくらいちゅー

 

あんなにサイン出てたのに思い込みって怖いね滝汗

 

さらに私、最近何着てもどんなメイクしても似合わないなって、これも年齢のせいかなって思って。色柄物は好きだったけど、断捨離ついでに無地の白、黒、グレー、紺、ベージュ…みたいな服しか残してなかったんです。メイクも世の中でみんながいいって言ってるような色味を使って。

メイク好きなのに、どうもイマイチぱっとしない。なんか顔がダサい。これも年齢のせい?私、アジア人だから黄色系が似合うはずなのに…。

 

アジアジンダカラ黄色系?

 

ここで、最近よく見るイエベ、ブルべとかいうのを本気で調べてみました。

結果。

ワタシ、ブルべ冬でした笑い泣き

黄色系似合わないはず…。

 

私が勝手にイエベだと思い込んだのには、日本人だから黄色系…っていう思い込みの他に、母が昔、自分の肌が黄色いって言ってたのを聞いた記憶があって、親子だから同じく黄色いはずだって思い込んでたんですよねニヤニヤ

 

友達や同僚からも色白いとか、美容師さんからも知ってるお客さんの中で一番本当の色白だと思うって言われてたのに全然入ってなかった真顔

 

ブルべだと分かって、改めて似合う色の服とメイクを合わせたら、なんとしっくりポーン

 

外側だけでもこれだけの思い込みがあって、いつの間にか自分を年だとか、ダサいとかってなってたことを思うと内側はいかばかりか!と思いました。特に親からの刷り込みは強い!あれだけ周りから言われたり、サインがあったりしたのにニヤニヤ

 

というわけで、内面も外見も、意外と自分のことをちゃんと知っていたようで知らないこと、勝手な思い込みってあるんだなっていう例でした。

 

ちゃんと自分のことを知って、自分の好きも大事にしていくと、なんかいろいろ楽しくなります。

 

髪が短い方が似合うって言われてたけど、実はロングにしたことがないからロングも似合うのかもしれない。流行ってたから若い頃はずっと髪を明るくしてたけど、ブルべと分かった今、本当は黒髪の方が素敵だったのかもしれない。パンツやボーイッシュが似合うと思ってたけど、パッと目がいくのはワンピースや花柄だったり。

 

同じ感じで「自分は○○だ。」ってほんと無意識に思い込んで、自分を制限してることってたっくさんあると思う。特に昔親に言われたこと。もっともっと自分をちゃんと見つめて対話をして、自分で自分を知って、制限外して本当の自分に還っていきたいなって、今すごく思ってます。

半年ぶりに開いたブログ。

 

どこから書けばいいだろう。

 

現状、目の前の現実は変わってないけれど、心の中が、私自身の在り方が、大きく変わった。

書きたいことが変わったし、記録としての日数を忘れてしまったから、このブログは消して別のブログに一から書き始めようかなと思っていた。

そのつもりで、新しいブログも立ち上げてもいた。あるいは、インスタ中心にしようかな…とも思ってインスタにも初めて写真をあげてみたけど、どうもしっくりこない。

 

意識の世界に振り切って現実を創造しようと始めたこのブログ。読み返すと、あの頃の私は気づいたと思っていたけど、今は違うな…と思うところもたくさんある。

 

けれど、自分に一生懸命向き合って、一歩一歩気づきを重ねてきた私を消すことも、無かったことにすることもできなかった。いや、したくなかった。自分を愛するからこそ、もがいていた自分も、気づいたと思っていた自分も、どんな自分も全部大事にしたい。今の私だって、未来の私からは違うものに見えるのだろうから。過去の私も今の私も未来の私も、全部丸ごと愛したい。

 

だから、これまでと記録のスタイルは変わるけれど、気づきの軌跡を残したこのブログに、あれからの続きと、私のこれからの続きを記していこうと決めた。

 

どこから書けばいいだろう。

 

ともかくも、今の私の心の内は、ただただ幸せの位置にある。

外側は大きく変わってない。

 

断捨離して家がより一層天国化したとか、自分の事をよく知り始めたら、自分の正確な肌質とお手入れ法が分かり、肌が人生初と言っていいほど絶好調だとか、初めて自分がブルべ冬であることを知って、プチプラでもよく似合うメイクや洋服を選べるようになったとか、友達や両親に頼み事をして甘えられるようになったとか、好きなものを好きな時に好きなだけ食べても太らないとか、ご近所さんがやけに優しくなって役員変わってくれたとか、基本周りの人がみんな優しくしてくれるとか、そろそろ働かなくちゃと思って口にしたらすぐに紹介話が来たとか…。

 

変わったと言えば変わったところもあるけれど、去年と比べればのんびり穏やかで、何も嫌なことはなくて、好きにダラダラ生きているだけって感じで、見る人が見れば大きく変わったのかもしれないけど。

 

私の周りに起きていることは全て嬉しいことだけど、なんだかそうなっても当然というような気持ちもあって、そうでなくてもいい。それがあるから幸せなのではなくて、あってもなくてもどっちでもとにかく私は幸せ。何もなくても幸せ。それは生きてるだけで、幸せなんだけど、なんなら今死んでも幸せとも思える。

 

あれだけあった焦燥感とか、自己卑下する感情とか、不足感とか今はほぼない時間が通常運行。

 

時々ふっとモヤった時はチャンスで、なぜモヤるのかを深追いすると、思いがけない自分の思い込みに出会って、こんなこと思ってたのか~って、自分を知って、また心が晴れていく。それをくり返してここまで来た。

 

初めは、モヤる気持ちに向き合うことも、深追いすることも怖くて逃げていたけど、少しずつ少しずつ自分を癒しながら励ましながら向き合っていったら、その度に自分を許せていって、許された自分でいることが心地よくなっていって、むしろモヤりをそのままにしておくことができなくなっていった。自分をもっと知りたいし、モヤる自分も許したいし認めたい。

 

今、史上最強に自分が好き。

 

そうしたら、何があってもなくてもどうでもよくなった。

こんなことを望んでたわけじゃない。当初の望みが叶ったわけではない。それでも。

こんな自分になれたことが嬉しい。

 

今に至った過程を、157日目まで遡って書くのは難しいけれど、気づきのメモを基に少しずつ記したいと思う。思い通りにいかない現実に苦しむ、あの頃の私へ。

改めて私、猛烈に思い込みが激しいことに気づいた真顔


私は、未だ世の中の人やモノ、ほとんどのことに対して、強烈に思い込みを持ってる。しかも真顔


彼と連絡とれて嬉しい反面、あらゆる疑念がムクムク雷感情が昂り、初めて彼の前で泣きながら電話越しだけど電話で思いの丈をぶつけた結果。


エゴと分かってて流しながらも、捨てきれてなかったさまざまな疑念が、全く当たってなかったニヤニヤ


全ては頭の中で勝手に作り出した巨大化したオバケで、それが怖くて身動きできないでいた。


疑心、暗鬼を生ず真顔


ことわざは時に真実。


あはは🤣


大好きな彼なのに信じられなくて、思いは決めたけど、彼を信じられないから、決めた思いもどこか信じ切れなくて、騒いでるエゴを流しきれず、いつの間にか溜め込んで大きなオバケを作ってたみたい。


最も、彼のことは信じられなくなるようなことをされたっていうのはある真顔


けど、全般的に私、人のことを悪意的な面を見るところがあるし、基本被害者意識が強いのだと分かった。


自分が人にしてしまったことは忘れてたり許したりしてるけど、誰かに何かされたことや言われたことは絶対忘れないし、時間が経ってもやり返す真顔


人をなかなか信用できない。

人の好き嫌いも激しいしね。


だから裏切られるんだろうね。

ようやく分かった。


これ、多分記憶にはないけど赤ん坊の頃に、実父やその家族に捨てられたことが残ってたんだと思う。本当なら愛して守ってもらえるはずの人たちに、裏切られた記憶。で、人を信じられない。時に自分さえも。


なんか、前まで意識に上がってこなかった実父のことが出てきてから、色々自分の心の鍵が開いていくみたい。


人をもっと信じてみよう。人ってもっとあったかいのかもしれない。


ともかく、彼を信じられるようになったら、急に力が湧いてきて、決めた思いにどっしりいられるような気がする。


行動は必要ないって言うけれど、私は今回自分で動いてよかった。気持ちは上下したけれど、彼を信じられる安心が手に入った。これも必要な過程なのかもしれない。


今日もありがとうございました😊

明日も良い一日を。