今月17日に行われた大学共通テストの世界史の問題に
「ベルサイユのばら」の一場面が引用されて、それに関する問題が出されたということでいろいろ物議をかもしていると聞きますが。
曰く
「日本人のかいたフランスの作り話をテストにすな。フランス人に謝れ!」
「オスカルばかり取り上げてるがあれ実在の人物じゃないだろw」
この連中は、ベルサイユのばらという作品が、日本だけでなく欧州で、特にイタリア、フランス、スペインでどれだけ称賛されたかを全然知らないのだな。
まずはアニメ化された「ベルばら」が人気の火付け役になって、その後原作の翻訳版が売られるようになったけど
実はあちらでも、「ベルばら」の一場面を引用してフランス革命を教えてる教科書もあるんだよ。
「聖書同様、読むべき宝」とすらいわれてるんですのよ。現在時点でもその人気は続いていて、
オスカルが死んだ7月14日は今でもレディ・オスカルのハッシュタグでツイッターが埋め尽くされるとか。
ちなみにオスカルが死んだその日には仮の葬儀さえ行われました。
欧州で火が付いたアニメ版ベルばら
池田先生は最初、マリー・アントワネットの生涯を書いた伝記に感銘を受けてこの物語を考えたと言っていますが
もうあちらではマリーなどどうでもいい状態で、オスカル様オスカル様、とその熱狂ぶりは今や日本の比じゃないほど。
フランスの教師が、フランス革命を勉強したかったらこれを読め、とベルばらを生徒たちに推奨したり、
マリーアントワネットの実像を誤解していた、という人たちが多くなったり
そもそも、この原作者が日本人だなんて! なぜフランス人でもないのにここまで素晴らしいものがかけるの?という驚きがすごく多いようです。
以下Youtube参照。
私の言いたかったことをあちらの方々がみんな言ってくれてます。
池田理代子先生はこの作品の功績で、フランスのレジオン・ドヌール勲章を受章しました。
ところで私はベルばらに関しては「原作絶対主義」でして、
24歳でたった一年であれだけ完成度の高い物語を描き切った彼女はまさに天才と思うんです。
多分池田先生の最盛期と言っていい絵柄(個人的な感想)は、ため息が出るほど美しいのです。とにかく、繊細華麗。
アニメでも映画版でも、これを超える描写は不可能でした。自分的には。
池田利代子先生の描くベルばら
アニメ版は、前期後期とも男性が監督していて脚本もかなり手を入れられていて
池田先生は一話だけ見てあとを見るのをやめたそうです。
何しろ「巨人の星」「あしたのジョー」という男くさい格闘系を作った監督たちですから
「女風情が隊長だと?」「女なんかの命令が聞けるか!」とオスカルと敵対するフランス衛兵隊が本当に
巨人の星に出てきそうな下品なヤローどもで、堂々と鼻くそほじってたりするし
オスカルと乱闘したり剣で勝負したりするときの描写は、とても少女漫画とは思えませんでした。
でも、それはいいのです。私が原作に感じた唯一の不満は
剣と銃を持つ男たちがみんな「やわな少女漫画のキャラ」でしかなかったことだから。
その荒くれ連中と互角にたたかうオスカルは、アニメでは一層力強く、かっこよかった。そこは認めます。
でも、男として育てられたとはいえ、オスカルの性自認は、原作では「女」なのです。
あれだけ誇りと理想に燃え、正義感で恐れを知らないオスカルは、女性に言い寄られるにつけ「私は女だ」と何度も言っています。
でも、王妃の恋人に恋心を持ってしまう。そして、一生お仕えすると誓った王妃マリー・アントワネットの傍から離れ、民衆の側に立つ。私と公、恋心と「軍神マルスの子」を自任する戦いの本能、それぞれのはざまで苦悩する繊細な心情は
やはり、池田先生の絵でないと……と感じてしまった。
とにかく、幼馴染から恋人へと静かに発展していくアンドレのオスカルへの片思いとその暴走が、(レイプ未遂したり毒薬を飲ませようとしたり危なすぎ。これは原作通りだけど)やがて両想いになってからの描写にうっとり……
(しすぎだと思います、皆さん、ここばかり取り上げすぎ。ベルばら二次創作漫画・小説がそろってこのふたりのいちゃこらばかり)
で、歴史的な部分の表現はアニメのほうがわかりやすく、丁寧だったかな。国民が立ち上がるまでの流れとか。
でも総合してみれば、やはり原作がすべてにおいて素晴らしいのですよ。
久しぶりに全巻読み通して、改めてその完璧さに胸打たれました。ぜひご一読をお勧めします。
(ちなみに映画は予告を見て拒否反応が出たので、見てません)
映画版オスカル。ねーちゃんすぎる。
みないで文句言うのもアレですけどね。見て感動した方、どうぞ私を叱ってください。


