数日前、デンマーク&スウェーデン旅行から帰ってきた娘がカフェでお土産渡したいと言うので夫とスコーンのおいしい店で会った。
で、お土産とお土産話は別にして……

10月に結婚式を控えた弟(というか息子)の話になったとき、
「それにしても大学時代にバイト頑張ったよね。天丼チェーン店で四年間、一番接客業に向いてないタイプなのに」と私が話出したら娘が
「あれねえ、横暴な先輩に無茶苦茶いじめられて嫌味言われて罵倒されて、私だったら即やめてたよ。覚えてる?大学院卒業してから聞いた話。お母さんの誕生日をイタリアンのお店でお祝いしたとき聞いたこと」というので
「バイトの当初からいろいろ聞いてたよ。毎日毎日、お前って本当になっんにもできねえのな、お前みたいに使えないやつ見たことねえ、何べん言ったらわかんだよ!とメタメタに言われて、僕って本当に使えないんだなとしょげてたもん」と言ったら
「それどころじゃないよ。バックヤードに引きずり込まれて、人目につかないところで殴られてたんだよ。忘れた?」
「ええっ!?」
 

びっくりした。相当ショックな話なのに、まったく聞いた覚えがない。
 

「殴られてたの? ほんとに? 全然記憶にないんだけど」
「お母さんビックリしてたよ。それで、なんでうちで言わなかったのよ?って聞いてた。
そしたら、言ったら辞めろと言われるだろうし、ここでバイト辞めたら自分の負けになる、あいつに認めさせるまではやめない、って決心したからだって」
「……」
 

なんと、夫もこの会話を覚えていないというのだ。
もちろん、現役の時聞いたら、そんなバイト今すぐやめなさい、と言っただろう。それがわかっていたから、息子は言わなかったという……
多分、あまりショックだったので、聞いたこと自体をわたしは記憶から消してしまったのだと思う。

だいたい、バイト探しをしていた時期、〇ん〇に決めた、と聞いてびっくりした。
 

飲食店で接客(調理も)なんて、対人関係が苦手で表情もあまりなく感情を表に出さない息子には一番むいてないと思ったので
「なんで家庭教師とかにしなかったの、接客業って大変なんだよ」と言ったら
「別に構わない」と淡々と言っていた。
そして、毎日毎日罵倒されて深夜に帰ってからも
「今日も使えない奴って怒鳴られた」としょんぼりしながらも、やめてやるとかあんなやつとか、愚痴や先輩の悪口は聞いたことがなかった。自分から見れば、信じられない忍耐力。

鮮明に覚えていることが一つある。
バイトを始めて二か月ぐらいたったころ、えらくハイテンションで帰ってきて
「やった!初めて先輩に、最近お前なかなかやるじゃん、って褒められた!」と
そんなに嬉しいか? というぐらい、超ニコニコ状態ではしゃいでいたのだ。
そして、ホール、調理、レジ閉めまで任されるようになり、
色々とひしゃげてはどんどんやめていくバイトの中で先輩格になった頃、あの「ボコボコにした後褒めてくれた先輩」は店を辞めた。
そして、職場で仕事を教える立場になった頃、
「やっぱ初心者に仕事教えるのが一番難しいかも」と言っていたので
「覚えが悪い子に腹は立たない?」と聞いたら
「全然。自分がそうだったから。それに最初はできないのはみんな当たり前だから。腹が立つのは、やっと一通り覚えたと思ったらやっぱり向いてないってんでケロッと辞めていくやつが多いこと」と言っていた。

「お店に行っていい?」と聞いたことがある。
「いいよ、いつごろ来るか教えて」というので「夕方の六時ごろ」と言っておいたら
その時間、多分調理していると思っていた息子が、入り口近くに立っていて
「いらっしゃいませー!お一人様ですか?」と威勢よく声をかけてくれたのだけど
家にいるときとあんまり雰囲気が違っていて、なんというかシュッとビシっとしていて、
その時一瞬息子だと気が付かなかった。
そしてテーブルに着くと、メニュー表を見せながら
「本日のおすすめはですね……」と、てきぱきと説明をしてくれる。お茶なんて三回もつぎ足しに来た。
生き生きと張り切っているな、表情が凄く豊かになったな、動きがテキパキとしてて周り中に目を配っているな、というのがありありとわかって
ああ、この店で息子は大学で学べないことを学ばせてもらって成長したんだ、と感じることができた。

大学院の卒業の時期が迫り、就職試験の面接の模擬みたいのを大学でやっていた時
面接官役の先生から
「きみは表情が明るくて受け答えがはきはきしていていいね。なんのバイトしてた?」と聞かれて

「飲食店です」と答えたら、

「ああやっぱり」と納得されたという。

確かに、いい修業の場だったのだ。

店のバイトをいよいよ辞めるとき、店を閉めてから後輩からケーキを渡され、お別れの飲み会をしたという。店での付き合いも増え、バイト仲間と旅行に行ったりもしていた。

いくら初心者バイトとはいえ人を殴るのは絶対よくないことだけれど、あの時やめなかったから、経験がのちに生きたと私は感じている。


息子が中学ぐらいの時、将来の夢はある?と聞いたことがある。

「まじめに勉強して、いい大学に入って、一流企業に就職して沢山お金を稼いで結婚して、社会人として成功者になりたい」という答えが返ってきた。
この私の子とは思えないぐらいえらくつまんない奴に育ったな、と思ったのだけど……

 

今31歳の息子は10月に結婚式を挙げる。お相手は同じ職場で知り合った、半導体の技術者だ。その彼女の存在を知るまで、およそ異性と付き合ったという話を聞いたことがなかった私はたまげた。一生、恋愛とはかかわりなく生きていくのだろうと思うほどカタブツだったのに。

実は何度も旅行に行き、彼女の親戚の家に招待されて水餃子を共に作り、赤いバラを送ってプロポーズして、とにかくその、水を置いといたら湯になるぐらいアツい二人、らしいのだ。

今では、私の子の癖に本人の願い通りまともなオトナに育ちやがって、と、ちょっと自慢したい気持ちにもなっているのです。あー結局息子自慢になっちまったか。

人生どこでどうころがるかわからないものなんだなあ。