去年の八月に肝臓の良性腫瘍摘出手術を受けてから、
(良性とは言えど人の握りこぶし大まで成長してらっしゃった)
思えば、様々な体の不調が雨後のキノコのようににょきにょき現れてくれました。
ここで散々嘆きましたよね。
階段から落ちるほどの目眩、耳鳴り、ふわふわ感、足の下は常に揺れる船だった。
さらに突然襲う眠気、ひどくなっていく一方の鬱、個室入院でぶり返した閉所恐怖症にパニック発作、などなど。
ああ生きるってしんどい。
わたしってめんどくさい。甲羅中にフジツボの生えたウミガメみたいだ。
のそのそ、ぶつぶつ、ぐだぐだ、ふらふら。
さらに今年の七月に受けた人間ドックで、
乳、腎臓、肝臓の腫瘤を発見されてしまった。
特に肝臓の腫瘤は去年の手術で切り取ったあとのあたりにできていて、おそらく良性ではあるだろうけど
あらゆる可能性を考えて、一応手術した病院でCT検査血液検査等々してもらった方がいいということになっちゃった。
暇だけは売るほどあるので、
どうなるかというと、当然検索魔になります。ならずにいられません。
日がなパソコンとにらめっこして、肝臓、乳、腎臓の腫瘍、悪性の場合の予後等々、
嫌な情報ばかりを出来の悪い心のポケットに詰め込み、さらに沈みゆく心。
その間も、世界は揺れ続けていて、耳鳴は墜落しつつあるジェット機のごとし。
おまけに糖尿病まで抱えているので病院に定期的に通っては担当医に「運動しなさい痩せなさい」ばかり言われる。
無理なんですセンセイ。わたしこの一年、時化た海の上の船に乗りっぱなしなんです。歩いたら転ぶんです。
だからフジツボだらけのカメなんですってば。
そして、ひどい目眩が始まってから回った病院は
脳神経外科、耳鼻科、眩暈専門病院、漢方医。
結論から言います。どこもほとんど役に立ちませんでした。
でも進歩はしました。荒れた海の上を行く船での歩き方を身に着けたんです。
だから日常生活は何とかかんとか、範囲を縮めて送れるようになったけど…
この腫瘍軍団が、肝臓の手術を機に一気に体に散らばった癌細胞だったら!
(最悪の予想にしてなぜか一番人気)
余命は、一年もあればいいくらいか?
じゃあそうだと仮定して、それなら今のうちしたいことをしよう、と考える。
したいこと……
子どもは二人とも独立して充実した毎日を送ってるし
わたしも描きたい漫画は描いたし書きたい小説も書いたし
行きたい所は行ったしで、とくにやりたいことはない。
まことにありがたい日々だったと思う。夫が年を経るにつれ優しくなっていったのが何より嬉しい。
元々優しい人だったけど。
彼においていかれるぐらいなら、わたしの方が先に死んだほうが絶対いい。それが叶うなら、嬉しい。
なんだ、何もやりたいことないじゃん。
おうちにいよう。おうちにいて、猫たちと夫を大事にして、公園をお散歩して、
そうだ、東京一美味しい讃岐うどんが食べたいな。
もともとB級グルメなのでお高いご馳走はいらない。讃岐うどんの食べ歩きがしたい。
おうどんが好きなんです。いつもははなまるを愛用してます。
(めまいが酷いので香川まで食べに行くという素敵な選択はできません)
で。
このたび、ついに診断が下りました。
「あらゆる検査様々な検査の結果、すべて良性です。しばらく様子見でいいでしょう」
は~~ん?
悪い方へばかり考えて人生の仕舞い支度をしていたけれど、まあ様子見のその先はわからないなりに一年は緩んで生きられそうだ。
元々緩んでるけどね。
じゃあやっぱり、讃岐うどんを食べるしかないな!
でも遠くはいけないし。
で、調べてみたら、吉祥寺に「おにやんま」という、讃岐うどんの名店がオープンしているではありませんか!
よしいくぞ。行列覚悟で。
でもここは、「立ち食いうどん」の店。
えー、お椅子ないのお。周りはいそいそと昼うどんをかっ込みに来る男たちばかりと見た。これはこれで難関だ。
おばさん一人食いは目立つし、うどん持ったまま目眩で倒れたらどうしよう。
じゃあ、スニーカーの紐をぎゅっと絞めて、仁王立ちで丼に顔を突っ込んで食らおうじゃないか。
それから、井の頭公園の池のカイツブリを見ながらブラックコーヒーを飲もう。
結局、そんな日常が野望のてっぺんに来る、ささやかなわたしなのでした。
ささやかな失望、ささやかな不安、ささやかな幸せ、それで満たされるならそれでいい。
きょうも、あしたも、ささやかな幸せを見つけながら歩こうっと。
(絵は娘作です。10年ぐらい前かな、わたしの小説のために描いてくれました)