書き出したら長くなりすぎるのが分かってるので間が開いちゃいました。

 

この一週間の入院生活、後から考えると毎日ひたすら「辛くて怖くて、怯えて」ました。

今までに、出産の時を覗いて四度、入院したことはあります。

激症口内炎で一週間、白内障右目と左目でどちらも二泊三日、心臓のカテーテル手術で二泊三日。

病院て楽しいところではないけれど、好奇心旺盛なわたしは、どの時も「自分はどんな体験してどんな結果になるんだろう、入院生活はどんなだろう、食事は美味しいのかしら」と、未知の体験を楽しむ余裕がありました。(劇症口内炎の時はとにかくひたすら痛かったけど、今回ほど精神的につらくはなかった)

 

だから、手術当日、焦燥感と恐怖と身の置き所のないようなざわざわ感に朝から襲われていたわたしは、「手術が怖いからこうなんだ。内臓切除するんだから無理もない、手術が終わればこの恐怖も消えてるだろう」と期待してたんです。

朝から血圧は160越え。

わたしはてっきりストレッチャーで手術室に向かうのかと思っていたら「歩いていきますよー」と看護師さんに言われ、「あ、そうなんですか」と手術着を着て横開きパンツというすかすかした下着を着て、ぺたぺたスリッパで手術室へと向かったのでした。

エレベーター横のラウンジルームには夫が来てくれていて、「頑張っておいで」と声をかけてくれました。「頑張って眠って来まーす」と手を振るわたし。だって頑張るのは担当のお医者さんたちなんだもの。こっちは寝るだけ。

金属の扉を開いてもらって入った手術室は驚くほど広く、エアコンがガンガンに効いていて寒く、様々な機器がずらりと並び、手術台もひとつではなかったと思います。(すでに眼鏡外してるのでよくわからない)何かの研究所に入り込んだような複雑構造でした。

で、とっとと眠らせてくれよと思っていたら、ここに「硬膜外麻酔」という試練が待ち受けていたんですわ。

全身麻酔前に背骨の脇に打ち込む強力な麻酔。帝王切開をしたかたなら皆さん経験済みだと思います。ここに通した管はそのまま点滴に繋がれ、手術後も、強い麻酔液を流し続けてくれるのです。

冷たい金属の台の上であれよあれよという間に手術着を引っぺがされ、薄い布をかけられて横開きパンツもべりべりと取り除かれ、もう素っ裸、まな板の上の鯉。その状態で血圧を測る看護師さん「高いですねえ……」

思わず「緊張してるんです、病気じゃありません」と言い訳したらクスリと笑われました。

そして体を横にして膝を抱えおへそを覗き込むようにして胎児のように丸くなって、とかなんとか言われて、背骨を指で何度も確認されて、まず表面に麻酔注射が打たれます。ちくり。こんなの痛いうちに入らない。だけどその次に入ってきた針は違った。

おそらくこの入院中にした一番「痛い思い」が、こやつです!

背骨の間をぐりぐりしながら、太い針がずいずいと入ってくる。麻酔が効いてるのは表面だけ。「ちょっと深く進みますよー」と言われた先は、遠慮なしの激痛ゾーンです。

痛い!深く重たく確実に、痛い。注射の痛みじゃなく、細い刀で内臓目がけて刺されてるような遠慮会釈のない痛み。それが、ゴリゴリゴリゴリ、骨と骨の間を音を立てて進んでくる感覚が、いつまでもいつまでも続きます。長っ!もう終わりでいいでしょ、もうそこで止まって、と目の回るような痛みに耐えてたら、多分二本分、刺されました。

やっと終わったと思ったら、仰向けになって今度は全身麻酔。待ってたよお、全身麻酔。もう早く自分を楽にさせてくれ。

担当医が顔を覗き込み、言います。「いいですか、これから全身麻酔をかけますが、覚め際にお名前を呼びます。酸素の送管がのどに入ってるのでお声は出ないでしょうが、手を握って、と言ったら手を握って答えてくださいね。反応を確認したら、管を抜きます」

はい、とは答えたものの、半分無意識状態でそんな約束思い出せるのだろうか。

んなこと思ってると、酸素吸入器が口に被せられ、麻酔の点滴がぽたりぽたり落ちてきて、ああふわーッとしてきたな、と思ったら、次の瞬間、「IさんIさん」と私を呼ぶ声が。

ぼんやり目を開けたら、担当医が

「Iさん、手術は終わりましたよ」

毎度思うのだけど、全身麻酔による眠りは普通の眠りと違って、あーよく寝たという実感が全然ない。自分の存在がいきなりゼロになるんです。そして「即」という感じで現実に戻る。

始まったと思ったら終わったな、と感じてたら、その間7時間。

予定では5時間と聞かされていた夫は、何か起きたのかと気が気じゃなかったそうです。

ガラガラとストレッチャーで右へ左へ移動していると、やがて夫の顔がわたしを覗き込みました。

「大丈夫?」確かそう聞かれた。

「大丈夫、でもね、寒い」震えながら答えました。

あのさむーい手術室で七時間、ほぼ裸で、わたしの体はキンキンに冷えていたのです。

手術着も下着も元に戻っていたけれど、とにかく寒くて寒くて、病室でお布団を二枚がけにしてもらい、ぶるぶると震え続けました。

でもとにかく終わった、終わったんだ。そしてわたしは生きている。

病室での、あの不安な気持ちが手術に対するものだったなら、明日からは大丈夫なはず。

と思いながら自分の体を眺めまわすと、体に繋がれているなんとたくさんの管。

胆汁を排出するドレーン、導尿管、背中に刺さったままの硬膜外麻酔の針から流れこむ麻酔薬、両手の甲に点滴の管、腕に巻かれたままの血圧ベルト、お腹を締め上げる腹帯、指先に固定された血中酸素濃度測定器。その先は機械に繋がれていて、酸素濃度が下がるたびその機械が耳障りな音でピーピー鳴りだす。顔には酸素吸入器が被せられたままで、快適なはずなのになぜか息苦しい。シューシューという音が耳障り。

両脚は血栓予防の加圧タイツでビシビシに圧をかけられてる。

とにかく操り人形みたいに管だらけになって、わたしは柵をあげられたベッドの中で右も左も向けず、文字通りの「寝たきり拘束」の状態でした。

そこへ担当医が入ってきて、ニコニコしながら

「腫瘍はきれーいに取れたからね、安心して。大きかったよお、ぼくの握りこぶしぐらいあった。御主人には切り取った腫瘍、見てもらいました。経過がいいようなら、明日から歩く練習始めてもらいますからね」

「はい。ありがとう、ござ、ました」(しゃべると喉が猛烈に痛いのは多分挿管されていたから)

本音。

え。明日から?

さっきの看護師さんの計測で、今38度6分の熱が出てるんですけど。

頭の下に氷枕、入れてもらってるんですけど。

 

そしてずんずんする内臓の痛みとともに、最悪の夜を迎えることになるのです。血圧は、当然上がったまんま。110-165状態が続いてました。

手術は終わった、わたしは生きてる。安心しなきゃ。下がれ!

ところが、体と精神が食らったダメージは、その後もおさまるどころか膨れ上がってゆくことになるのです。思いがけない方向に向かって。