突然ですがここを覗いてる通行人その他の中に
「ザ・ワールド・イズ・マイン」というコミックをごぞんじのかたはいらっしゃいますでしょうか。
作者は新井英樹。
20世紀最凶の衝撃作といわれ
ヤングサンデーに連載されて話題をまいていたのは10年くらい前かなあ。

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ファンの間ではWIMと呼ばれていました。
MWと似てますね。
バイオレンスものの極限といわれるロードムービー風コミックで
今や伝説です。
私はこのコミック以上にクオリティの高い作品バイオレンスものに
個人的にであったことがありません。
(手塚氏のはバイオレンスというより社会派エンターテイメントね)

MWみてたら
これをちょくちょく思い出しちゃったので、今日はこれについて語ります。

主人公はモデルがいるなら北京原人じゃないかとしか思えない
野生の魔王、モンちゃん。
ちっとも美しくはないです、ただひたすらに野性的。
そして、そのモンちゃんの圧倒的な力と魔力に引きずられて旅を共にする
元郵便局員の小心者、爆弾マニアのトシ。
モンちゃんに心酔し崇拝する、彼のシンパです。

途中からこの二人に加わるのが
人質として拉致された、浮世離れした女子高生マリア。
強い救済願望があり、また当初モンちゃんを恐れず
彼の瞳の美しさにひかれるという
鋭い感性があります。

モンちゃんは、育ちが愛情に恵まれず悲惨だったといういきさつはあれ
ここまでの化け物に育つには理由としては薄いと思うくらい
突出した存在です。
トシに作らせた爆弾を爆発させ、犯罪を重ね、ただ東京から北を目指して移動する。
極端に無口で、爆破するか犯すか殺すかしかしてませんが
「命は、平等にに価値がない」
「使え。力は絶対だ」
等々、殺戮の合間にぽつりとトシに向かって
つぶやく言葉は何か宗教的な重みがあります。
で、それにまたトシはうっとりしちゃうという。

が、モンちゃんはトシをただの便利な道具、
手下くらいにしか思っていないので
扱いがひどく、いつも散々な目にあわされては置いて行かれたり警察に垂れこまれてつかまったり
そのたびにトシは、モンを恨んで泣いては悶絶。
でも、彼からは離れられないので
結局「俺にかまってくれ」「置いて行かないでくれ」とすがるしかないみじめさ…

自分がやらされていること、巻き込まれている運命に時々寒気を覚える初期のトシは
「お前は鬼や!」と叫びますが…
モンちゃんはそんな彼を見下ろして

「俺は、…俺を喜ばす奴が好きだ。」

それでもう抵抗できないトシです。

モンちゃんは生まれつき桁のはずれた人物ですが
トシはただの俗物なので
殺戮の手伝いを重ねるうち明らかに狂気に走り
後戻りできないレベルまで来ると
前以上にモンちゃんにすがります。
おれをこんなにしたのはお前だと、だからけしておいていくなと。
ところがそのモンちゃんが、まさかの人質の女子高生に魂をつかまれてしまう!
女子高校生ごときに!

実はこのマリア、トシが世界を相手に爆弾テロかますぞ~と
ネットで息巻いていた時
「町はばか面阿呆面愚鈍の群ででむせかえるようです。」と、ネット上で話しかけてた匿名の女性なんですよね。
そして同時に、
「私があなたを愛します」とも。
得体のしれない相手に
トシは「いつかキミを爆破したる」と返事。そこにはある種のつながりがあったんですよね。

でも彼女はモン・トシと出会い人質となり、モンちゃんの野生の奥の美しい瞳と
止められない殺戮本能に引きずられることに。
本能的に、彼女は「本物」である孤高の魔王モンちゃんを愛します。
そして、彼女なりの言葉で懸命に殺戮を止めようとする。
でも、魔王モンちゃんの回心は、シンパのトシにとっては死を意味します。
考えても見てください、
MWで(続編があったとして)こともあろうに心の美しい女性に結城が説得されて
賀来を捨てて去るようなもんです。

ありえませんよね。

けれど、誰であれ虫けらのように殺せるモンちゃんが
「人を殺してはいけない」とお説教するマリアを殴ることもできない。
トシならばかすか殴ってるとこなのに。

トシのたくらみで、マリアの友達+その赤ん坊が住むアパートに三人は転がりこみ
二人を人質にとります。
いずれ人質が殺されることを実感したマリアは必死にモンちゃんを説得。


モン「…なんで泣く?」
マリア「悲しいから。」
以下名前略
「なんで悲しい?」
「人がいっぱい死んだから!」
「人が死ぬと悲しいのか?」
「人はみんなつながってる、世界中のどんな人間とも思いでつながってる!
みんなお互いがお互いを生かしてる、生かされ会ってる、それは一番大切なことだ。
好きな者同士が、親が子を、愛して幸せにしようとするその温かさが分かるから
他人の不幸にも気持ちが揺れて何とかしようと思うんだよ。」
「…お前は生きることの話ばかりだな」
「生きること、死ぬこと、しゃべることは同じだ。」
「お前は、…俺が好きか?」
「わからない、お前を見てると切なくなるんだ。初めて会った時から、愛さねばならないんだって…」(マリアは男ことばというか原文は津軽弁です)
「お前は俺がわかるか?」
「お前は人間だ、モンちゃん!」
「…」
「私には、、モンちゃんがどうして人を殺すかわからない」
「…生きてるから」
「どっちが?お前が?殺される人が?」
「両方」
「両方生きてるから殺すのか?なんのために」
「…殺さないでおくやつもいる」
「私は人は殺せない、でもいまなら死ねる。私が死んでもお前は悲しくないか?想像して!」

モンちゃんは考え、想像し、、マリアの手を取り、涙を一粒こぼし、自分のほほに押し当てて言うのです。
「…どうすればいい?マリア。」
マリアは号泣します。

そげな~~~~!

いやMWならありえない、でもこの話ではこれがすごく自然。

マリアは、自分を愛しているなら友達親子を殺さないようにトシに命令してといいます。これ全てバスルームの中の会話ね。
かくしてマリアは野獣モンちゃんの操縦権を手に入れた。

しかしバスルームを出ると、嫉妬に狂ったトシの手で
友達親子はすでに血まみれ姿で惨殺されている。
狂気の笑いを浮かべるトシ。
あっというまに真っ白になってゆくマリアの髪。そしてモンの手の中に失神。

モンちゃんっはトシを殴り倒して、
失神したマリアを抱え、機関銃を手に街へ出ます。
腰を抱き、手は自分とともに銃の引き金に掛けさせ
ゆっくりと人々に向かい、ふたりで乱射をはじめます。

マリアを抱いたままダンスするように。

目を開けて、驚愕するマリア。
モンちゃんと一緒に殺戮している自分。

「マリア。…ずっと、俺といろ。」

マリアは受け入れられない状況に正気を失い、ゆったりと笑いながらモンちゃんに抱きつきます。

マリアの自我を壊すことでしか、自分とともにいさせられない。
自分とともにあることを望むなら、こっちの世界に引き入れるしかない。
これがモンちゃんの選択でした。
これ以降、マリアは狂気の人となります。話の最後まで。


もうおわかりかどうか、この長い解説の中で
私が重ねていたのは、トシ=賀来ではなくて、なんとなく
マリア=賀来だったのでした。

だからもし続編があるなら、二人して世界の滅亡を望むというより
賀来くんには、人の世の平和とまともな心を
結城に望む素地があったほうがおいしいのです。
でないと、話に振幅が出ない。相思相愛同じ志じゃあ
つまんないこともあるんです。

これだけ長々かたっといてそっちネタで終わりかい!て?

いやいや、ともかく
死と破壊に取りつかれて、その世界の中に安住できる本物と
そのレベルにいないのに、運命を共にすることで相手を救えると思うものは
魂のレベルが違う限り、同じ次元で幸せにはなれないということが確認したかったのでした。

で、どういういきさつであれ
気を失った賀来を片手に抱き
ともに引き金に手をかけて踊るように乱射する美しいシーン…

あの二人で見たいと、どうしても思うのでした。

(あるいは、続編のガライの最後?ってそこまで想像するかって)


モンちゃんの選択は、…話としてとても鮮やかだったと思います。
私は鬼畜だから。

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機会があったら漫喫で読んでみて!素晴らしいですよ。この先三人がどうなるか知りたい向きにもお勧め。