第8日 6月19日

ミュールハウゼン、ヴァイセンフェルス

 


ミュールハウゼン

アルンシュタットで若きオルガニストとして高く評価されたものの、

年上の聖歌隊員と大げんかするは、休暇でリューベックに行ったっきり帰らないはで、ほとんど首状態。

バッハは22歳(1707年)をもって、ここミュールハウゼン、聖ブラージウス教会オルガニストに就職。

その年の秋には、たしかチョット姉さんの、マリア・バルバラと結婚。

早速、オルガンの改造計画を示して承認され、実際に改造が始まったものの、

1年後には次の職場を先にしっかり決めて、さっさと華麗なる転職。 

 

△バッハの里はどこへ行っても風車だらけ。ドイツは本気ですね。

△美味しそうな菓子パンがズラリ。トイレをありがとうございました。

△夏の寒空にがっしり立つ聖ブラージウス教会。

△入り口の横には、少年のようなバッハ君が

ドアをノックする添乗員の○○さん。そこに、真っ赤なヤッケを着て自転車に乗るイケメン兄さんが到着。

さあどうぞと礼拝堂内に。

 

△▽狭いらせん階段を昇るとオルガンバルコニー。

振り返ると、バッハの改造計画を再現する現代の大オルガンがスックと建っていた。

ペダルに32フィートストップまである。

△さっきの自転車に乗ったイケメン若者が、実はオルガニスト。

こいつがなかなかの腕前。

バッハは1年チョットしかこの教会にいなかったけど、私は10年近くいるぞ……と

妙なことで威張っていた。でも達者な腕前だったな。

オリヴァー・シュテックバルトさん。

このオルガン建造借金返済のためにCD買ってください。サインします。

ただ神にのみ栄光

 

 

ヴァイセンフェルス

この町とバッハの関係は、ヴァイマル宮廷楽師長時代の1713年2月23日に、

この領主の誕生祝いに〈狩りのカンタータ〉を演奏したことだが、ほかにも縁がないわけではない。

この町の城内礼拝堂のオルガンの位置が、火事で失われたヴァイマル宮廷のそれとよく似ていること。

同時代人のヘンデルが7歳の時に、城内礼拝堂のオルガンを鮮やかに弾いて音楽の才能を示したという伝説。

そして、バッハのおよそ100年前には、シュッツが少年時代をこの町で過ごしている。

風車の森をバスは走る

狩りの館

「狩りのカンタータ」が流れていると格好良かったのに

シュッツ博物館

シュッツのヴァージナル?

ヴァイセンフェルス城入り口

左は未修復

 右は修復済み

天使が飛び交う城内礼拝堂の天井

三階バルコニーに設置されたオルガン

ヴァイマルの城内礼拝堂のオルガンもこうだったという

本日の旅はこれにて終了。

専用バスでライプツィヒに戻り、各自、自力で夕食。

両替屋に行こうと駅舎内の商店街をうろついている時に出くわした同じツアーのC氏と

「軽く焼きそばでも食べましょうか」と声掛けあって、ビールとコーラで乾杯。