京都を散歩していてたどり着いたお寺は宝鏡寺(人形寺)です。


別名を、百々御所と言って、代々未婚の皇女が門跡となって


一生を送ったのです。小さい皇女を慰めるための人形が、


沢山残っています。


普段は、非公開ですが、春と秋に特別公開されます。


今も、沢山の人形がおさめられ、人形供養で全国的に有名です。


30年前にも、私は尋ねたことがあります。


その時、夜な夜な歩く、という人形を見ました。とても不気味でした。


いわくつきの人形も、おさめられているようです。


先日、4月1日も丁度、公開日で、閉門まで、40分ほどあったので、


入ることができました。いわくつきの人形は、今回はなかったですが、


和宮さまの等身大の人形や、和宮さまが、遊ばれた鶴と亀の庭もゆっくり


見れて良かったです。この時ここでしか買えないお菓子も買えました。
ときどき、かいだん-110403_2033~01.jpg

この地域は、旧暦でひな祭りをするので、今日お雛さんを


しまいました。うちの木目込み人形のお雛さんと、市松人形は、


娘の初節句に、実家から贈られたものです。実は、不精をして、


10年間も、しまいっぱなしで、飾らなかったのです。


成人式を迎えてから、娘の顔に急激に肌トラブルが起こった上に


こけて、顔を何針か縫う怪我までしてしまい、はっと、うちのお雛さんが


怒っているのかもー叫びと、思って、慌てて出したのです。


おそるおそる、市松人形を出してお顔をみたら、心なしか、


ムッとしてるような…平身低頭?謝って、飾りました。あせる


うちのお雛さんと市松人形のお顔は、ほんとなめらかで美しい。


すぐに、ご機嫌は治ったと思っています。


4月1日に、娘は上京区室町に引っ越したのですが、


近くに、人形寺があって、散歩がてらに行きました。

人間はどうすればいいのでしょう?


相曽さんは、「太陽を仰いで祈る、ただそれだけです。」と


言われていたそうです。佐藤愛子さんは、祈れば神が聞き届けて


くれるわけではない、祈れば自分の魂が浄化されていく。


これが、祈りの意味だ、と書かれています。


このたびの震災で、神も仏もないものか、と思いました。


しかし、この本で佐藤さんは、与えられた苦しみ、やってきた困苦を


不条理だと反発してもしようがない、


どんな不条理でも受け入れるしかない。


それを受けて、苦しむことが必要なのだ、


それがこの世を生きる意味なのだ、と書かれました。


天罰とは、けして言ってはいけないけれど、神の与えた、


自分を浄化させるための試練ととらえて、


無駄を捨て、本当に必要なモノだけを選んで暮らす、


毎朝とはいかないけれど、太陽を仰ぎ見て、祈り、


その恵みに感謝して生きていこうと思います。