こぼれんばかりに実った稲。
金色に輝く田んぼ。
出勤するときはまだこんなにたわわだったのに、
帰りに通ったら、
もう収穫されていました。
普段なら秋を感じる風景。
今年は特にそれが嬉しい。
こうして、
元気を取り戻してくださったくまもとの方がいることが。
少しずつ、
元の生活に戻りつつあることが。
それでも、
「今年はどうなるかと思ったけれど
熊本はもう稲も実っていて、ちゃんと収穫もできるようで
良かったじゃない。
元の生活に戻っているわね」
電話口の向こうから
「震災から半年」ということで
あちこちのテレビ番組で見るくまもとを
「すっかり復興した」
と捉えた母の言葉に、違和感。
農家の方がみんな、
例年通りの田植えができたわけじゃありません。
例年通りの農作物の収穫ができたわけじゃありません。
地割れなどの被害に遭わず、
農作物を育てることができる田畑を何とか復旧させ、
震災の苦境を乗り越えて農業を再開し、
梅雨を超え、
夏が過ぎ、
よかった、今年も元気に育った!
あとは収穫するだけ
というタイミングでの阿蘇の噴火。
そしてその後の大雨。
金色に実った稲には火山灰が積もり、
雨でヘドロのようになってしまった阿蘇地域を想うと、
「すっかり復興」
「良かった」
と思うことはできません。
むしろ、
このタイミングでの火山の噴火。
元の生活に戻っていたわたし、
「忘れるな」
と釘を刺された気さえしました。
「被災地支援」
最近、ちょっとずつ遠のいていました。
改めて、
おなじ恐怖を味わった身として、
寄り添っていきたい、
と思い直していたところだっただけに、
「実家の方のテレビでは
“すっかり元の生活”に捉えられるような報道をしているのか」
と、とても残念に感じたのです。
わたしは、
元の生活をしています。
でも、
くまもとは、
まだまだ元の生活とは遠いところにいます。
屋根の上の土嚢。
ついに花が咲き、
こちらも種の収穫ができそう。
植物の生命力を感じる毎日。
熊本地震があったからこそ、の景色。
そして、
今日の空。
朝晩の冷え込みとともに、
確実に
季節の移り変わりを実感しています。




