泣くことも忘れ、

おびえた目でじ~っとわたしを見つめるたっくん。


今朝。


“糸”ではなく、わたしのなかの“綱”が

ブチッと大きな音を立てて切れました。


わたし、いったいダレ!?

というくらい、尋常ではない怒り方をしたんです。


ちょうど、たくさんの

ウィークリーリフィルとマンスリーリフィルを

わずかなスキマ時間で印刷しており、

「さわらないでね」

と言ったのに、

仮面ライダーウィザードになって戦闘モードのたっくん、

プリンターに手を出し、紙を詰まらせ、

そこからプリンター、

動かなくなりました。。。


幼稚園に送ってからテニステニスへ。

洗濯物も干さなきゃいけないから、

スキマ時間は15分。

その間にプリントしようと思っていたのに、

まずプリンターを直さなければいけなくなった。

つまり、今の時間帯のプリントアウトはムリ。

→予定を狂わされた。残念。悔しい。


プリンターが修理となれば、

今月末までに打ち出したい書類の

あれこれが間に合わない。

→困った。残念。悲しい。


今、時間と戦いながら

プリンターの印刷設定だけしていた、

わたしのこの時間はなんだったの!?

→むなしい。悲しい。


さわるなって言ったじゃないの!!

→「触るな」といえば「触らないだろう」と期待していた。

 役割期待のズレ。残念。


先日、いちごさんがブログに書かれていましたね。


怒りの感情は2重構造になっている|前をむいて ♪

怒りの本質は、

「怒り」そのものにあるのではなく、

起こったことに対する

自分のこころの叫び、悲しみが

表にでてきたものだ、と、

こちらの本にも書かれています。

「怒り」がスーッと消える本―「対人関係療法」の精神科医が教える/大和出版

その怒りの正体が見えれば、

「怒り」もスーッと消える、と。


今朝は時間がかかりましたね~、わたし汗


でも、ものすごい剣幕で怒りながら、

「わたし、いったい何が悲しかったんだろう?

どうしてここまでヒートするくらい、

傷ついているんだろう?」

と、一歩引いて考えている自分もいるんですよね。


要するに、↑赤字部分が、

わたしの怒りの本質だったのです。


だからと言って、

あの尋常でないわたしの怒り方。


「だってしょうがないでしょ~。

わたしだって人間なんだから~。

触るなって言ったのに、

触っておかしくしちゃったたっくんが

悪いんだもん。」

と正当化するつもりはありません。


ただ、事実として、一気に

いろいろな悲しみ、悔しさ、困惑がわたしに押し寄せ、

猛烈な怒りとなって表に出てきた、

ということ。


そしてそれを抑えられなかったわたしがいた、

ということ。


最近、怒りながらも

こうして自分を分析している自分がいて、

改めてセルカン効果なのかなぁ、

と思っています。