おまたせ致しました
アンが感じる、人間関係の中で聴こえなくて困るなぁ〜…ということを、書いていきたいと思います。
人と会話がしにくいのは、もちろん困ります。
聞き取れないところは唇を見て補完しているので、マスクをされると会話できなくなったり
(本当マスクは天敵です…お願いすれば大抵は外してくれますが
)
マスクを外してもらったり、
場合によっては筆談をお願いしたり。
相手にお願いすることもあります。
これ…相手に負担をかけてしまうだけでなく…
お願いする方もけっこう、疲れるんですよね…
ご面倒をおかけして、なんかほんともう、生きててすいません…!てな感じで(笑)アンは毎回思ってます(笑)
申し訳なくて申し訳なくて、内心は気疲れがハンパないっす。
それから困ることとは少し離れてしまうけど、
みんなが何かを話して笑っている。
聴こえないから自分だけが分からない。
みんなが笑っているのをただ眺めることしかできない。
これ…かなり寂しいんです
耳が聴こえないこと自体は(もはや慣れただけかもですが)大して気にならないんです。不便はもちろんあるけどね。
でもこの寂しさだけは、何度経験しても慣れません。
で、こんなこと毎日、何回でも起こります(笑)
同じ空間に、目の前にいるのに
みんなと自分の間には見えない壁があって
それはどう頑張っても埋められないもので。
…積もり積もると、今でも家に帰ったあと、一人でぽろり
してしまいます(笑)
アンはわりと涙もろい(泣き虫?)ので…(笑)
聴こえないこと自体は、(あまりよくない言い方かもしれないけれど)慣れます。
実際聴こえないということよりも、
聴こえないのが見た目では分かりにくい=気づいてもらえないことのほうが、アンは困ると感じることが多いです
アンはもともとは健聴者でした。
だから発音には(自分で思っているぶんには)あまり問題がありません。
だからこそ、実際面と向かって話しても相手から見たら普通だから耳が聞こえないとはまず気づかれません。
(相手の唇を注意深く見て、常に神経を研ぎ澄ませて会話してるから、内心はとても必死
なのですがw)
発音にあまり問題がない、ということも
聴覚障害を隠してしまう要因かもですよね…。
眼鏡みたいに、補聴器はぱっと見分かりませんしね(女性の場合は髪で隠れてしまうから)
そんな中うまくやっていくにはどうしたらいいか。
障害を持ってからアンなりに、けっこう考えました。
結論はずばり、
カミングアウトが一番です(笑)
あ、もちろん障害があることを隠したい方はいますよね
(アンも初めはそうでした
)
絶対カミングアウトした方がいいというわけでなく、
あくまでも持論なので
さらりと聞き流しちゃってください。
アンは毎日、試行錯誤しながら人と関わっています。
それと同時に、相手も耳が聴こえない人にどうやって話せば分かってもらえるのか、分からないんですよね
分からないからこそ敬遠したり、
時には疎ましく思ってしまうことも、あると思うんです。
だからこそ先手を打って
自分はこうしたら聞き取りやすい、
どうしても分からなければ筆談してほしい、
などと話しあえたらお互い気楽に付き合えますよね
やっぱり人間、“分からない”ことは怖いんです。
相手にお願いしなければならないときは、きちんと自分のことを開示していくのも、礼儀かなぁとアンは考えています
すれ違いがなくなったら、相手の負担を少しでも減らせるかもしれませんしね。
お互い気持ちのいいコミュニケーションを
…こんな真面目なこと、障害が無かったら考えませんでした(笑)
長々と書きましたが以上です。
…と言いたいところですが。
このコミュニケーション問題には、
まだまだ書きたいことがたくさんあるので、これからもちょこちょこ書いていきたいと思います
お楽しみに!(需要はあるのかな←)
アンが感じる、人間関係の中で聴こえなくて困るなぁ〜…ということを、書いていきたいと思います。
人と会話がしにくいのは、もちろん困ります。
聞き取れないところは唇を見て補完しているので、マスクをされると会話できなくなったり
(本当マスクは天敵です…お願いすれば大抵は外してくれますが
マスクを外してもらったり、
場合によっては筆談をお願いしたり。
相手にお願いすることもあります。
これ…相手に負担をかけてしまうだけでなく…
お願いする方もけっこう、疲れるんですよね…
ご面倒をおかけして、なんかほんともう、生きててすいません…!てな感じで(笑)アンは毎回思ってます(笑)
申し訳なくて申し訳なくて、内心は気疲れがハンパないっす。
それから困ることとは少し離れてしまうけど、
みんなが何かを話して笑っている。
聴こえないから自分だけが分からない。
みんなが笑っているのをただ眺めることしかできない。
これ…かなり寂しいんです
耳が聴こえないこと自体は(もはや慣れただけかもですが)大して気にならないんです。不便はもちろんあるけどね。
でもこの寂しさだけは、何度経験しても慣れません。
で、こんなこと毎日、何回でも起こります(笑)
同じ空間に、目の前にいるのに
みんなと自分の間には見えない壁があって
それはどう頑張っても埋められないもので。
…積もり積もると、今でも家に帰ったあと、一人でぽろり
アンはわりと涙もろい(泣き虫?)ので…(笑)
聴こえないこと自体は、(あまりよくない言い方かもしれないけれど)慣れます。
実際聴こえないということよりも、
聴こえないのが見た目では分かりにくい=気づいてもらえないことのほうが、アンは困ると感じることが多いです
アンはもともとは健聴者でした。
だから発音には(自分で思っているぶんには)あまり問題がありません。
だからこそ、実際面と向かって話しても相手から見たら普通だから耳が聞こえないとはまず気づかれません。
(相手の唇を注意深く見て、常に神経を研ぎ澄ませて会話してるから、内心はとても必死
発音にあまり問題がない、ということも
聴覚障害を隠してしまう要因かもですよね…。
眼鏡みたいに、補聴器はぱっと見分かりませんしね(女性の場合は髪で隠れてしまうから)
そんな中うまくやっていくにはどうしたらいいか。
障害を持ってからアンなりに、けっこう考えました。
結論はずばり、
カミングアウトが一番です(笑)
あ、もちろん障害があることを隠したい方はいますよね
絶対カミングアウトした方がいいというわけでなく、
あくまでも持論なので
アンは毎日、試行錯誤しながら人と関わっています。
それと同時に、相手も耳が聴こえない人にどうやって話せば分かってもらえるのか、分からないんですよね
分からないからこそ敬遠したり、
時には疎ましく思ってしまうことも、あると思うんです。
だからこそ先手を打って
自分はこうしたら聞き取りやすい、
どうしても分からなければ筆談してほしい、
などと話しあえたらお互い気楽に付き合えますよね
やっぱり人間、“分からない”ことは怖いんです。
相手にお願いしなければならないときは、きちんと自分のことを開示していくのも、礼儀かなぁとアンは考えています
すれ違いがなくなったら、相手の負担を少しでも減らせるかもしれませんしね。
お互い気持ちのいいコミュニケーションを
…こんな真面目なこと、障害が無かったら考えませんでした(笑)
長々と書きましたが以上です。
…と言いたいところですが。
このコミュニケーション問題には、
まだまだ書きたいことがたくさんあるので、これからもちょこちょこ書いていきたいと思います
お楽しみに!(需要はあるのかな←)