「キミが、潤の、……息子ってこと?」
「そうです。……松本潤、僕の父親がコレをくれたんです。」
「なんで。…それは、その懐中時計は…」潤が俺に言った、
どこに居ても二人の時間は変わらない。
と。
じゃあ、お前は、もう俺との時間は必要ないって事なんだな。
本人を目の前にした訳でもないのに
こんな間接的にフラれるとは。
この歳まで独り身でいた俺は。
俺の時間は。
一体何だったんだろうか。
「櫻井さん、その懐中時計、中を見てもらっても良いですか?」
「中……?」
「はい。」
カチリと乾いた音を鳴らし時計の蓋を開けると、中の時計はすでに止まっていて、秒針も何も動いていなかった。
と、その蓋の部分に
「写真の切り抜きです。その男の子、櫻井さんですよね?」
「……大学時代の俺だわ。」
「やっぱり……。だから、初めて会った時に櫻井さんの若い頃から知ってるって……勘違いしてたんです。」
「……そう」
「僕、絶対にこの懐中時計が欲しくて、何度も何度も父に頼んでたんですけど、やっと貰えて。」
「……そう。」
そっか。
この写真も時計も
潤が西園寺くんにあげたのか。
ならそれは、もう……
俺達の時間や関係は、過去の話と言うこと。
俺は、まだまだ進行形だったけどね。
「コレだけは欲しいって僕が頼んだんです。父は悲しそうな顔をしてたけど。……でも、『お前のこれからの時間、一緒に過ごしてやれなくてごめんな』って言いながら、最後に」
「…最後?」
待て。
潤はあの日、
生命があと僅かって言ってなかったか?
もしかしてアイツはもう……
「出て行ったんです。家を。」
「え……」
「離婚と言えば聞こえがいいけど、父は追い出されたんですよ、西園寺から。」
生きてた。
潤が生きてるなら、なんで。
「まあ、…ご想像にお任せします。」
西園寺グループ。
やっぱり、キミはあそこのお坊ちゃんだったのか。
ライバル会社の業績を悪化させ、その会社を吸収合併させ更にシェア拡大を計ったとされる財閥。
潤の親父の会社もやられてた。
潤には悪いが、あの親父にはいい薬だななんてニュースを見て感じてたんだった。
俺は、そのやり方は好きでは無いし、一度新聞で目にしていたが、その世界を離れてからは面倒臭い事しか起きないその線の話には完全に蓋をしていた。
でもまさか 潤が、
そこの令嬢と結婚していたなんて。
なんというか
相変わらず上のやり方は汚ねーって事だ。
「僕は、松本の名前が好きです。だから、松本のままでいたかったんですけど、親権が母親になったので名字が西園寺なんです。でも、……実はバイト先では『松本』って言ってて。」
「へ?」
「それで、今日、僕が名前2つあるってことがバレちゃってw」
なるほど。
だからあの店員さんがジッと俺を見てたのか、どこか物言いたげに。
「ごめん、俺、なんか悪いことしたな。」
「いえ。親の離婚の話をしたら、周りは納得してくれましたから。」
「なんか、複雑にさせてしまってすまない。」
「ふふっ 大丈夫ですよ。」
そう言ってニコニコと微笑む表情の中に、
あぁ、これか。と納得がいった。
西園寺くんの中には、確実に潤がいる。
その表情、笑い方、声の抜き方、言葉の…選び方。
全てに柔らかな優しさが含まれている。
「もしかして、お父さん子?」
「はいっ。 僕、世界で1番、父を尊敬しています。」
「……良かった。」
心から安堵した。
潤が、自分の親父のようにはならず
こんなにも息子との関係を暖かく築いていたなんて。不思議ではあるが、心の中に柔らかな灯火を灯したようにじんわりと暖かくなった。
「仲、良いんだ。」
「そうですね。父は忙しくてあまり一緒にはいられなかったけど、二人でいる時はいつも櫻井さんの話をしていました。」
「は?……俺?」
「はい。 中学の先輩で、父を大学まで導いてくれた恩人だって。」
「恩人…ね。」
「でも、もしかしたら、…その、…2人って、、」
『うん?』と、その先の言葉を促す。
俺からは言えないけど
潤の息子から見た俺達は、一体どう写っているのか。潤が、俺をどう伝えていたのか…恥ずかし気もなく知りたくなった。
「多分ですけど、父は、……櫻井さんの事が大好きなんだと思います。」
「そう……見えた?」
「はい。だって、櫻井さんの話をする時の父は、それはそれは幸せそうな表情をして楽しそうにするんですけど、必ず最後は…『悪いことしちゃったから、もう会えないんだ』って、寂しそうに笑うんです。」
「…………。」
会えない、ね。
ある意味、合ってはいる。
けど、
俺はその深い意味合いさえ求めてしまう。
「お2人って、もしかして昔付き合ってましたか?」
「ブッ!」
唐突な質問に、思わず吹いた。
何を根拠にそんな事を言い出したのかと
マジで焦る。
「や、絶対にそうですよね!だって、母もそれが離婚の原因だって言ってたし。父が、絶対に自分のことを見てくれないって。…そうなんですか?」
「いや、それを俺に聞かれても。」
「じゃなくて、昔、2人は……」
「仲は良かったよ。……でも、ただ、それだけだよ。そこに深い意味なんて、無いから。」
離婚した息子に時計を渡した潤。
もう、俺との事は終わったことだと。
……それが答えだよ。
「もうこんな時間だ。西園寺くんは明日…大学だろ?」
「僕は、まだ秋休みです。」
「何だそれ。羨ましいなw 俺は会社あるから帰るね。色々見せてくれてありがとう。」「え、あの、じゃあまた今度会えますか?今度は、櫻井さんの時計が見たいです。」
「そんなことまで知ってんのかよ…。」
へへっ とイタズラっ子のように笑う西園寺くんは、全く悪気のない顔をして微笑んだ。
持ってるよ、今も。
何ならポケットの中に手を入れて
何かと手の内で感触を確かめてんだ。
でも
ごめんな…
今はまだ俺は、キミを見てると
胸がチクチク痛むんだわ。
「今度の土曜日午後2時に、うちのカフェで。」
「いいの?色々と聞かれたくないんでしょ?」
「いいんです。もう。」
「投げやりだなぁ。」
「来てください。絶対。僕、ふたつの時計、見てみたいです。」
『絶対ですよ!』という西園寺くんの声を背に、俺は重い足で家路に着いた。
続きはまた明日の7時に。