N side









ここには卒業生の友達もよく来てくれるから、話のネタにはちょうど良くて。喋れないオレの代わりに、このアルバムはたくさんの話題を振りまいてくれていた。




でも…先生に卒業アルバムを見つけられた時、しまった!って思った。

だって、櫻井先生の写真、これしかなくて
いつもこのページを開いては見つめていたから。ちょっと、汚れてんだよね、他のページよりも。




あの頃のオレは、今よりもどこか大人びてて、早く先生の年齢に追いつきたくて背伸びをしていた。でも、先生がいなくなっちゃって、そっから、段々と声が出なくなってきて。オレにしてみると、高3の時のオレは、どこかギスギスしてて嫌な写真なのに、

先生が、そのオレの写真を見ながら
愛おしそうに指でなぞってた。



先生、そんな顔して俺の事を見てくれるとか、今さら反則だよ。そんなの…そんなの、諦めろって方が無理で…涙が出そうでたまらないよ。




先生…
あの頃のオレですよ


先生の事が好きで
会いたくてたまらなくて
とにかく声が枯れるほどに泣いていた


先生が『好きだ』と言ってくれた
あの頃の…オレ。



オレの視線に気づいた先生と、視線が絡まった。ドキンと胸が高鳴るのが、もうさ、度を越えて痛いのよ。



少しの間先生を見つめていたら
先生から視線を外して席を立った。



『じゃあな、ごちそうさま』



そう言う先生の背中に抱きつきたい。
でも、もう、先生は他の誰かのもので
もう、結婚してて…



遠ざかる先生の背中に



行かないで!



心の中で何度も叫んだ。



もっとここにいて、先生っ
今度いつ会えるかわからないじゃん
ねえ、オレ、ずっと会いたかったんだよ?

先生っ…お願い…こっちを向いて…



喉の奥が熱くて
咳が出そうになる。

喉を手で押さえると


先生が、ドアに手をかけるところだった。




ガシャン!



咄嗟に手を掛けてコップを落とした。
オレの声の代わりに
大きな音で先生を引き止めた。



バタフライエフェクト…



いつもとはほんの少し違う事をすると、後々劇的な変化が起こるとか…


もしそうなら、先生…
オレ…何でもするよ。



いつもより早い時間に店を閉める。
鍵を閉めて先生の手を…握った。


今から行こう。
オレの住んでるところに行けば
もしかしたら、オレの気持ちが伝わるかもしれないから。







オレの部屋で、ビールを飲みながらノートパソコンを開いた。これなら字を書くより何倍も速く会話ができるから。


「なるほどな。これならカズとも会話ができるな。」



ですね。



『先生、今日はこれからどこかに行くんですか?まあ、ここに勝手に連れて来てなんだけど。』



奥さんが待ってるよね。
でも、今日だけは、このまま…


「ん?んー。ちょうど色々と下見に来たから、その辺のカプセルホテルにでも泊まろうかなって思ってた。うち、今長野だから。」

『長野?』

「あ、そっか…うん。長野の私立教師で、今度転勤になったんだ。東京にね。」






嬉しい反面、複雑だった。
先生のご家族が一緒に来るなら
もしかして、うちのカフェでバッタリ…てこともありえるじゃん。オレ…そんなの耐えられるかな。



恐る恐るキーを打つ。



『ご家族も一緒の引越しだと大変ですね』

「あー。いや。両親は残してくるよ。もうあの歳で地元離れるのとか考えらんねーってさ。」




ご両親て…

つい、先生の左手の薬指を見てしまった。



「え?…あ、これね。…離婚、したんだよ。で、色々面倒臭いから付けっぱなしなんだ。」




離婚…?



離婚…したんだ、先生…


思わずほーっと
安堵のため息が漏れた。

でも、1度は結婚したってことですよね。女性と。……そんな事、オレが口にする筋合いもないけど、それでもやっぱり、胸がチクチクと痛んだ。



「それよりお前は?…恋人とか…いるんだろ?」



首をふるふると横に振った。

いませんよ、そんな人。
オレはあれから…
誰も受け付けることが出来なくて。



「え、いないの?大野は?」

『どっか外国で個展とか開いてます。もう、何年も帰って来ていない。』




驚いた表情の先生。

智は、あれからオレを避けたんです。
大学を卒業すると『一緒にいると傷つけちまう』って手紙を置いて、どっかに行っちゃった。でも、あの事については、最後まで謝らなかった。智らしいけど。



「そっか…。遠距離恋愛も大変だな」

『え?だから、智とは何ともないし。恋人とかじゃないし。従兄弟だし。』



途端に眉根を寄せる先生。またオレが嘘をついてると思ってるのかも。

いま…言う?あの時の事を。でも、そんな過去の事をぶり返したところで、誰が得をするんだろう。

…だけど、このまま誤解されたままなのは
嫌だ。絶対に。だって…次、いつ会えるかわかんないから。



『先生、オレ、美術室で智に…無理矢理ヤられて…。それを、松本先生が助けてくれました。でも、絵を見せると言った智について行ったのはオレの意思で。先生との約束を先に破ったのも、オレですし…。すみませんでした。』




キーを打ちながら、今まで蓋をしてきた胸の痛みが、また…湧き上がってきた。智にではなくて、先生に。


あの時もし、オレが勇気を持って先生に伝えていればって、何度も後悔してた。だから、また先生と再会できたら、今度はきちんと謝ろうって。


パソコンの上から手を引いて
先生の方へ向き直る。


「カズ…お前、それって…」


先生が信じられないというように
俺の肩を掴んだ。



ごめんなさい、先生。
約束破って。本当に、ごめんなさい。



目をつぶって頭を下げる。



言えた。
言えてないけど。でも。
先生に、謝ることが出来た。



「カズ、え、お前さぁ、ウソだろ…?お前、なに謝ってんだよ。そんなの、お前が謝ることじゃねーだろ。なあ…なんであの時何も言わなかったんだよ。いや…俺が言わせなかったってのもあるけど…でも…」



逆に、先生の方が混乱してる。



待って、先生。
オレはもう大丈夫なんです。


ただ、先生に謝りたかったから。
ごめんなさい。って。



先生を見上げて首を横にふる。
先生に謝りたかっただけ。
本当に、ただそれだけだから。


それと…




オレの肩に両手をついて顔を歪めた先生が、
ギュッと…オレを抱き締めてくれた。







You達、そのままチューしちゃいなよ!
(.゚ー゚)キュピッ





2017.5.17