N side








「今日もお疲れ様でしたー。お先にね」


そう言って笑顔で帰る結子さんを見送ると、賄いのオムライスを食べる。今日は色んなお客さんが来たからか、少しだけいつもより体が疲れていた。



きっとでも、原因はアレ…



松本先生とまーくん、籍を入れたよって連絡が来た。

オレは喋れないから、連絡の方法はもっぱらLINEだ。男同士の籍は入れられないから、まーくんが松本先生の養子になったとかなんとか。これで、名実ともに家族になれたね。



嬉しいよ。オレも、さ。
二人の歴史を見てきたようなもんだもん。
感慨もひとしおなのよ。



好きって感情は
時にはとっても残酷で
オレには永遠に解けない問題でもある。




『多分、今日はカズが一番驚く日になると思うよ』



まーくんの言う通りだったよ。
驚きました。あなた達2人には。



オムライス。
最後の一口を頬張ると






カランコロン



スーツ姿の男性が入って来た。
見たことない感じの人で
周りをキョロキョロしていた。



まずいな…今はオレ1人しかいないんだけど



取り敢えずカウンターから大袈裟に手を差し伸べて、席の案内をする。




そんなオレの気配に気づいたのか
その人が、こちらを向い…た……





「…………カ、ズ?」



低くて掠れた声。
聞き慣れた心地好い声。
懐かしい声。
聞きたかった…あの人の、声。





「え、本当?お前…カズ、だよな……」



カウンターへと歩きながら
言葉をなくす、オレの…愛しい人。



先生…



櫻井先生…




お久しぶりです…なんて言えたらいいのに。オレの意味をなさないこの喉が、今日に限って恨めしい。




先生、座ってください。



カウンター席の椅子を引いて
先生にニッコリと微笑んだ。



「え?座るの?ここに?お前、どうした。声…出ないのか?」



そう。風邪なんです。
咳のしすぎで、声が出なくて。




ほんの…小さな、ウソ。
先生は何も疑わずに、スグに信じてくれた。



「あ、そうなんだ。そりゃキツイな。」


眉毛を下げる先生の表情に
胸の鼓動がどんどん速まっていく。






何飲みます?
メニューはここにありますから。



…落ち着き払った笑顔で
先生から注文を聞くのにやっとだ。


「じゃあ、ラテ。いれてくれるか。」


はい。
かしこまりました。



ラテの場合はコーヒーマシーンでエスプレッソを落とす。それから、牛乳に熱と泡を…



ミルクジャグを持つ手が震える。
平静を保つのにやっとで
胸のドキドキは、時間を追うごとに増していく。





どうして先生がここに?
こんな事って…

突然すぎて頭が回らない。
あんなに会いたかった人が目の前にいるというのに、何から伝えたらいいのかさえ…わからない。




先生は、最初はキョロキョロとあたりを見回していたけど、今はオレの事をじっと見ている。出来れば見ないで欲しいんだけど。ラテだけでは心もとなくて、今日作ったいちごのケーキもお皿に出した。



「俺、頼んでないけど」


サービスですよ。
是非どうぞ。


「そっか、じゃ、ありがたく頂くわ。
ん、うまいな。これ本当にカズが作ったの?」



『うまいな』
その音の響きに心が共鳴して
鼻の奥がツンと痛くなった。


ダメダメ。
先生はここにオレがいるって知らずに来たんでしょ。ならさ、オレはカフェのマスターとして精一杯おもてなしをしないと。




失礼な。
オレが作ったんですよ、コレ。



クスクス笑いながら、カウンターの下で
手のひらをきゅっと握った。




フォークを持つ先生の右手は、相変わらずしなやかで長い。とてもキレイな指先で。カウンターに乗せたもう片方の手。



左手の薬指に…キラリと光る指輪が…




「あ、コレ。結婚…したんだ、俺。」


オレの視線に気づいたのか、聞いてもいないのに、先生が話してくれた。



まあ、もうそんな年齢だよね。
子供の1人や2人いてもおかしくないでしょ。


自分でも信じられないほど平静な顔で
でもオレの胸に……ポッカリと穴が…できた



先生…出来ればオレは…聞きたくなかったかな。オレはここで、先生の事…待ってたんだよ。この街にいれば、もしかして会えるかなって。懐かしくて、先生が遊びに来るかもって。



櫻井先生が…好き………



あなたへの、このぬぐい去る事の出来ない
『好き』という感情…

オレには、とことん縁のない感情なんだな。






カズ…やっと会えたのにね……(´;ω;`)



2017.5.15