M side
半年前、大野さんと初めて会った日
この人は初対面の俺によく話しかけて来た。
それ何飲んでんの。
それ、うめーの?
一口いい?
どーでもいい会話。
よく笑う柔らかな表情。
緊張感ある毎日を酒で流してきた俺には、目の前の大野さんの姿がすげー新鮮だった。
だから
「オレなら我慢できないね。」
「俺だってそうでした。だから、カズを連れ出したんだし。」
「え、潤て、不倫してたの?」
「違います。連れ去るは連れ去るでも、…あー、なんかうまく説明できねー。」
好きな奴が他の誰かに抱かれる。
そんなの誰だって我慢できない。
そんな話題で盛り上がった。
でも
たぶん、大野さんと俺の決定的な違いはあって。それは言うならば、大野さんは誰かに話せる恋愛で、俺は誰にも説明できない恋愛ってコト。
「じゃあ、潤はぁ、…今はラブラブか?」
「あー、……ラブラブ?」
「え、お前、ラブラブ知らないの?(笑)」
「何それ。初めて聞く。」
「マジ?オレ、色々教えてやろっか?」
なんでかドギマギしながらドヤ顔しだした大野さんは、それから『好きな奴にはプレゼント攻撃だ』とか言って、俺にカクテルを1杯奢ってくれた。
「え、大野さん、俺のこと好きなの?」
「潤くん…だいっすき…」
「は?」
「んふふふっ 潤は真面目なんだよ。だからそうなんだよ。」
「そうって、…なに?」
「んふふふふ」
「笑って誤魔化すなって。」
不思議だ。
大野さんになら聞いて欲しい
って思えて
簡単に説明した。
俺とカズのことを。
「何度か聞いた。アイツが喘いでる声を。」
「マジ。大興奮じゃん。」
「…まぁ。でも次の感情は、嫌悪…だよ。」
「まあ…な。他のやつに抱かれてんだもんな。…てお前、どんな状況でそんな声聞いたの?…え、盗聴?」
「ちげーよ。そこまで趣味悪くない。見えちゃっただけ。」
ウソ。
園長は、わざと俺に見せた。
いつもより深い時間に呼ばれて行った園長室。ドアを開けて入ると、薬で朦朧としてるカズが来客用の机の上で園長に組み敷かれてた。
幼いながらに妖艶な啼き声。
カズの白い肌がピンクに染まり、イヤイヤと首を振る仕草さえ扇情的で、俺は一気に
…勃った。
そして、園長がほくそ笑むのがわかった。
見んなよ。
見んな。
俺は見てないし、何も
何も…
『潤、お前もしたいか? カズはいいぞ?今までのヤツらん中では上出来だ。』
パンパンと腰を打ちつけ、カズを揺らしながら俺を侮蔑する園長に心底腹が立った。
でも、
あの頃の俺は余りにも幼すぎて
その場から逃げ去ることしか出来なかった。
アイツらと同じようになった自分に強烈な嫌悪を覚え、
カズの……扇情的な声でさえ、気に食わなかった。
今でもその場面がフラッシュバックされる。
だからカズには、『声を出すな』なんて言ってきたけど。…実際には、もう一度あんな風にカズを啼かしてみたい。
なんて。
俺は、もう綺麗な場所へは戻れない。
なら、穢れついでに俺だけが堕ちて行けばいい。カズは、俺の後ろに着いて来るだけで十分だ。お前は堕ちてるんじゃない。ただ俺のそばにいて、俺に付き合ってるだけだ。
「潤はさ、好きな子にちゃんと『好きだよ』って言えてる?」
「なんで?」
「なんか、潤なら、いつまでもそう言ってくれそうだから。」
「なんの確認だよ。(笑)」
好き…ね。
俺がカズに言えるわけねーだろ。
カズを抱けば抱くほどに思い返される悪夢。
カズと園長達との情事。
アイツらの見よう見まねしか出来ない俺に
カズへ気持ちを伝えたところで何になる。
カズが俺の傍にいたいって言ったんだ。
だから、…これからも俺がそばにいて、アイツに住むところも、金もやればいい。これからも。ずっと。
だから、今回の大金が入れば、カズを連れて逃げる。
今度こそ俺たちの新しい生活を手に入れるんだ。こんなヤツらの下でヘコヘコしなくても、もう俺達は充分大人になった。もう、2人でならどこへだって行ける。
「好きなら好きって言えや、中学生かっ。」
「俺、中学行ってないよ。」
「え。マジ。」
「? …うん。大野さんは中学、出てんの?」
「一応、……出た。…お前、苦労してんな。イケメンなのに。」
イケメン…は認めらんねーけど
なんで涙ぐんでんの、この人。
