N side






必要最低限な荷物と
櫻井さんの大切な皮の手帳を手に
朝の空気を吸い込んだ。



湿度の高い朝の空気は

昨日の夜と違って、

身を引き締めるような重さを含んでいる。



アスファルトから砂利の道へ。


きっと、遠くに見えるあの池が、菊池さんの言ってた池なのかも知れない。


何も無ければ櫻井さんと一緒に来れたのに、

…残念だよ。




胸の奥が、昨日からずっと痛い。

緊張なんかしないと思ってたのに

自分の鼓動がこんなに速くなるなんて

少し誤算だったかな。







少し足元の悪い石畳を越えると、
椿の生垣が目に入った。


ここから先が、若の言ってた駐車場。
この奥で会うことになっている。



1つ、大きく深呼吸をして
生垣の間を抜けていくと
黒緑の、趣味の悪い車が見えた。



直感で、あの車だとわかる。
車種を変えてもあの色にするって
潤くんが言ってた。


きっと、潤くんは部屋に残ってるよね。
…残ってて欲しい。


緊張で、心臓が痛い。
手に変な汗をかいてるのもわかってる。


でも、


行くと決めたから。


大きく息を吐いてから
ゆっくりと一歩を踏み出す。


オレが歩くたび、

砂利の音がどこか遠くに聞こえた。



その車に近づいて行くと
運転席と助手席から、それぞれ
若と潤くんが降りてきた。



「潤くん……」





少しだけ早歩きで潤くんの方へ駆け寄ると、いつの間にか若もオレらの方へと近づいて来ていた。





潤くん、怒ってるかな。
オレが若に着いてくって言ったから。

本当は……
ここにいて欲しくなかったのにな。




「カズちゃん、おはよう♡」
「おはようございます。」
「朝から可愛いね。」
「…………、手帳、持って来ました。」
「ふふふふっ 俺とは、余計な話はしたくないかな?」
「確認、お願いします。」




手帳の写真を撮って潤くんに確認した時、これで合ってるって言ってた。


でも、若の気まぐれで『違う』なんて言われるかもしれないし。



少しの緊張感。


若はオレから手帳を受け取ると、ニヤニヤしながら手帳の表紙を開いた。数枚のページを捲りながら、本当に嬉しそうにしていた。



「櫻井は、これを今でも大事にしてたんだな。」
「若は、…これが何かご存知ですか?」
「昔、俺が渡したんだよ。櫻井の誕生日に。」
「……え。」




若が……?



「まさか、嫌味で送った誕プレだったのに、これで小説家になるとはね。ほんと、昔からムカつくやつだよ。」
「ハッ……」





櫻井さんが大切にしていた手帳。

その事を、コイツは十分に理解してたってことで。これを無くしたら、今後の創作や出版社との信頼関係さえ危ぶまれるのに……


カッと沸騰するように体温が上がった。
体内中の血液が逆流するように
頭へと登っていく。


昨日の話を聞いてから
オレの気持ちは決まってた。



若をこのままにしてたら
きっと今後も、櫻井さんを執拗に追い立てるだろう。



櫻井さんは、コイツのせいで足を悪くして全ての未来が作り変えられたのに
それでもまだ、コイツは……




「カズっ!」


潤くんの『やめろ!』って叫び声が
遠くで聞こえた。



オレは、
持ってたナイフで若の心臓を狙った。


でも
やったことも無い暴力は
オレには向いてなかったみたいで
すぐにナイフを若に叩き落された。




「いいね〜 それでこそ男だよ。穴はメスでも、やっぱりカズちゃんは男の子だったか。」
「痛っ……、、」




腕を取られて
地面へと体を押し潰された。

砂利からは
昔遊んだ懐かしい土の匂いがする。




「若、すみません。カズはきっと」
「うるせー」
「潤く、」



パシュッと空気を割く音。
と同時に、潤くんが自分の腰に手を当てた。


その指の間からは、
ドクドクと赤い液体が、溢れていた。












潤きゅん……っ;(´;ᾥ;`);