昨日、大事な先輩と語ったこと。
例えば、母や兄弟が亡くなった時
悲しくて悲しくて、何も食べれなくて
変わりに自分が亡くなりたかった。まで、思う。
私は兄弟を亡くした時の日記に、
今、何もできない位に悲しい、ものも食べれない。
けれど、私はこのまま生きて、ものも食べれる日が来る。
その事が悔しい。
悲しみは消えないけれど、薄れはする。
でも、この悲しみを忘れたくない。
薄れなければ生きていけないのはわかるけれど。
と、書いた。
今でも、忘れた日は一度もないし、時には泣く時もある。
けれど、記憶は薄れる。
それは、悲しい悲しい生きていく為の心の回復なのでしょう。
悲しみや苦しみを紛らわせず、向き合う。
その時は辛くても、成長の過程なのかな。
きっとね。
もう、成長しなくては越えられない悲しみはいらないと思うけれど。
切なさや悲しみ、悩みがない人なんているかな……
ものは考えようだから、全てにおいて。