新年になり、学校があいていなかった5日までは親戚の挨拶回りをし、5日からは受験勉強はこれまで以上に熾烈を極めた。学校の授業は無かったので朝8時に大学へ行き、昼の12時半まで午前中の勉強を行い、1時から6時まで昼の勉強を行い、7時から9時まで公民館で勉強を行い、1日12時間は勉強した。センター試験は1月20日21日だった。
刻一刻とセンター試験本番が迫ってきたが何故か焦りは一切無かった。
勉強は自習室ではなく、わざわざ教室をあけて行なった。教室の方が集中できたのだ。クラスの大半は自習室で勉強していたが、一部の人は教室で行なった。彼女も教室組の一人だった。
いつも後ろの方に座り、集中が切れた時はいつも彼女の後ろ姿をみて、彼女の遠い背中を追いかけた。
とうとうセンター試験本番がやって来た。普段は緊張しいな僕だが、センター試験の前日はぐっすり眠れた。当日も普段と同じヨーグルトとバナナを食べた。
センター試験は大阪府立大学で行われた。南海高野線「白鷺駅」でおりてそこから徒歩で向かった。
府大はまだ綺麗な校舎が一部しかできていなかったので、古い校舎で受験した。
初日は文系教科だった。
国語と世界史、現代社会、英語だった。
国語は現代文は簡単だったが、古文と漢文は意味不明だった。準備しておいた助け船鉛筆を転がしてマークする番号を決めた。助け船鉛筆はかなり力を発揮した。
現代社会も難しかった。訳の分からない問題が大半だった。
世界史も英語も楽に解けた。
リスニングは読んでいる女性の呼吸がエロチックだった。
センター1日目があっという間に終わった。自信があったので帰ってすぐに答え合わせをした。
初日の4科目は得点率90%だった。
早稲田が見えてきたと思ったが儚い夢だった。2日目に大どんでん返しが待っていた。
金木犀がいつの間にか香らなくなっていた。その変化に僕は11月になって気がついた。人間、現れるものにはよく気付くが、さりげなくフェードアウトしていくものには気付かない。
11月になっても相変わらず、放課後自習と公民館での勉強は続けていた。夏休みが明けてから、学校の授業以外で1日4時間は勉強した。
11月には、某最大手予備校のセンタープレ模試があった。これは学校の生徒全員が受験するものであった。また、この模試は例年難しく、成績が下がり落ち込む人が続出するというので有名だった。
彼女との一方的な直接対決はこの模試とセンター試験本番の残り2回だったので、僕はこの模試に命を懸けるくらいの勉強をしてきた。
本当に不純な受験勉強だが、本当に必死だった。
この模試の結果はよかった。得点率は80%ジャストだったが、偏差値は67あり、文系国公立コース96名中8位だった。
彼女は10位だった。
初勝利を収めた。
彼女は2次試験に向けた勉強ばかりしているとはいえ、初めて勝ったので嬉しかった。

CMでクリスマスソングが流れ始めた。某有名鶏の唐揚げチェーンのCMは僕たちを錯乱状態にさせた。
「クリスマスが今年もやって来る♪」

クリスマスがやって来る=センター本番の1ヶ月前を切るということだった。
少しでも教室の雰囲気をよくしようと、クリスマスツリーを買って、教室のすみに配置した。セッティングを行なった放課後、彼女を含めて数人でクリスマスツリーの前で写真を撮った。僕も彼女も良い笑顔だった。

クリスマスはあっという間に過ぎ去った。クリスマスの次の日に終業式があった。終業式が終ってから新年の5日までは学校が閉鎖されたので、彼女と会うことは無かった。
大晦日は男友達と深夜に初詣に行った。合格祈願よりも彼女が出来るなら僕と幸せになれますようにと願った。
前者の願いはブジ叶った。後者は分からない。少なくとも僕と一緒という願いは叶っていない。
今、彼女は幸せだろうか。もう、3年以上会っていない。

初詣はかなり薄着で行ってしまったので本当に寒かった。だから解散も早かった。帰り道ゆっくり時間をかけて自転車をこいだ。シリウスが夜空に輝き、オリオン座が雄大に僕を見下ろしていた。
10月は本当に忙しかった。

頑張った高校最後の定期テストは彼女がクラスで3番で、僕は5番だった。

定期テストではとうとう勝てなかった。
10月の3週目の日曜日に難波のラブホ街のど真ん中にある某有名予備校のセンタープレ模試を受けた。放課後や公民館での勉強の甲斐あって、いや、それ以上に奇跡が起きて得点率は80%を越えた。偏差値も70を越えた。彼女に勝ったと思ったが、彼女はその日、神戸大学の模試を受けていた。
またもや勝つことが出来なかった。
僕は志望校を上げようかと考えた。
しかし、僕の第一志望の大学の2次試験は小論文だけだったので、全く記述の対策をしていなかった。そのため、記述模試は偏差値50ちょいだった。今更記述対策を始める気も起こらなかった。だから、センター試験だけで出願できる大学を探した。そして、センター試験が良かったら早稲田大学の商学部に出願しようと決心したが、人生そんなには甘くないことをこの3ヶ月後に知ることになる。いや、何となくだが、どうころんでも、第一志望の大学に行く気がしていたと思う。僕にはエリートコースは似合わないから。

10月の4週目には高校3年生、唯一の行事の体育祭があった。全員2種目はエントリーしなくてはならなかった。僕は一応運動部でキャプテンをしていたが、運動が嫌いだったので玉入れと3人4脚にエントリーした。3人4脚は157センチの僕が真ん中で、両端は身長180センチの長身のやつでいく作戦を決行した。僕は長身2人の両肩にぶら下がり、長身のやつらが歩調を気にせず猛ダッシュするという作戦だ。作戦は大成功で全長30メートル程のコースだったが2着に15メートル以上の大差をあけてゴールした。勿論失格となったが、大爆笑だった。彼女も大爆笑していた。体育祭の日はハメを外す日だったので、彼女は髪を編み込み軽くコーンローにして、普段は前髪に隠れているおでこをさらけ出していた。笑顔がとてもかわいかった。思い切って2人で写真を撮ってもらった。写真は無くしてしまったが、その記憶は4年経った今でも色褪せずに脳裏に焼き付いている。