今年も1年の終わりを迎えました。 本当に色々あった一年ではあったけれど、印象に残ったものを改めてリストアップしてみましたひらめき電球


まず1月の末の婦人科での受診の後の採血で通常の半分以下の血液しかないと言われたことかな(^^ゞ 以前も一回そういうことがあって、しばらくほおっておいたらひどいことになっていて、今回の場合、若い先生だったからか、執拗に入院をせまる。でも本人はいたって元気だし、それに会社にいって、仕事を休めというが、派遣の場合はそれをやることは、今後の仕事が回ってこない死活問題になるため、それだけは出来ないと突っぱね、見かねた親が病院を探して、2つ目の病院で毎日造血剤を打つことと、鉄剤の服用を条件に通院治療を受託してくれた。思えばこれがよさこいは出来なくとも回復を早める結果になった。もちろん親もレバーやホウレンソウなど血を作るものを出してくれたからでもあるけれどもグッド!


後はある派遣会社から言われた言葉も印象に残っています。自分にとってはなんでそこまで・・・と最初は思ったけれど、今にして思えばそれがきっかけで、厚生労働省の非常勤職員として国家公務員待遇を受けての仕事につながったのだから、良かったのかもしれない。その後は急速な景気の悪化を受けて、何社か派遣会社から紹介はあったものの、自社枠で埋まったり、話自体がなかったことになったりといったことが続き、不安とイライラで自分を見失った時期がありました。でも今は幸いというか12月に入って登録したショートワークの仕事で元旦と2日に軽作業の仕事をすることになっています(・∀・)


実は会社に登録した最初の仕事が上の人からおしかりを受けることになって次はないと思っていたので本当にありがたいと思っています。包装の仕事をするのは初めてだけど、少しずつ覚えておこうと思います。マルチに対応できた方がいいと思うから(笑)


そんな不安定な中でもよさこいだけは継続していたんだから、やはり心の底から好きなのでしょう。親に言わせれば仕事よりよさこいが中心になってると言われたくらいだからかなりの重症だと思います。

貧血の症状が改善する中で四街道よさこい道へ参加して、知り合いが出来、その後も海幕祭で乱舞に参加。その前には大島であった祭りにも乱舞で参加。


チームとしては桜華に籍を置きながら東京学生生っ粋にも籍を置き、生っ粋をメインとして活動しました。一番印象に残ったのは彩夏祭(‐^▽^‐)


曲が出来上がったのが5月でそれから練習にせっせと顔を出し、直前練習では去年の彩夏祭のビデオを見て歴史の重みをかみしめて臨んだ祭り。千葉勢に賞をさらわれたけど、私達の踊りを町の人たちが楽しんでみてくれたことや出会いもあったことが心に残ります。暑くて水分の差し入れが本当にうれしかったことを今でも思い出しています。


原宿では2日間参加して、最初はステージ演舞だけだと言われていました。でもどうしてもパレードに参加したいという思いがスタッフを動かして全員参加と言われた時の嬉し泣きも忘れることはないでしょう。表参道のあの広い景色を来年も見ることができればいいと思います。というのも今年が来年も表参道で踊るための審査があったみたいなので、まだ白紙らしいのです。


東京よさこいは練習の時間も本当に少なくてパレードの変更があっただけの状態で本番に・・・

ともかく言われていたのが「楽しめo(^▽^)o」目一杯暴れ尽くして、その結果豊島未来賞(毎日新聞社賞)受賞。そのトロフィは練習の際に目にすることが出来、踊りに身を入れて取り組んでいます。


これが最後で後は仕事探しで一年が終わってしまいました(ノ◇≦。) 来年は安定して終われたらいいなあ・・・・ε=(。・д・。)