久しぶりの、風☆俗時代の思い出?ブログ更新〜。
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初めてその仕事をした場所は
大阪梅田の繁華街。
年齢は
覚えていない。
推察するに、22歳頃だけど
時期に関する事は何も思い出せない。
でも流石に、
その頃の彼氏と別れてたかな?
多分ね。
寂しさを埋めたくて、
埋めて欲しくて
その仕事にハマっていった気がする。
その頃、別れた彼の家を出て一人暮らし再開してたはず。
その私の部屋にはぬいぐるみが溢れかえってた。
寂しさを埋めたくて
何かで埋めたくて
埋まらなくて
苦しかった。
でも何もわからなかった。
多分、その寂しさを直視できなくて
精神科の薬に溺れていった。
仕事の話に戻すと
最初の仕事場はあんまり長く続かなくて
直ぐにキタでは有名な別の
風☆俗街に移って楽しんでた。
最初から私は
昭和の雰囲気だったらしくて
お客さんは年配の人が多かった気がする。
パネルでお客さんを沢山取れるタイプでも無いし
フリーで入ったお客さんが多かったのかな。
その頃の私は
言いたい事は全く言えなかった。
お客さんに逆らうなんて
あり得なかった。
痛い事、嫌な事をされても
お金を頂いてるのに
嫌だなんて言うてはいけない
私に言う資格はない
嫌われたら、お金が貰えない
自分を自分がいじめ抜いてた。
だからお客さんにも大切になんてされなかった。
そんな状態で仕事してたから
ある寒い日に
おじいさんのお客さんに
レ☆イプ された。
その当時働いたいた、風☆俗は
ホテ☆ルヘル☆スだったから、
一応本番はナシのお店なんだ。
オンナノコ独自の判断で
先のサービスは往々にあっただろうが
断っても、大丈夫。
私も嫌なら断ってたし
まぁいいっか〜って思う時もあったし
結構テキトーに楽しんでた。
でも、あえてレイ☆プと書くような事が起きた。
嫌だったけど、無理矢理されたんだ。
押さえ込まれたら
おじいさんなのに
動けなかった。
逆らうことも
怖かったから
ヤられながら
早く終わってくれと
心の中で祈っていた。
その後
お腹が痛くて痛くて
待機場所で座ってる事すら出来なくなって
一人ソファーで休憩させてもらってた。
横になってて
痛みはどんどん酷くなり
皆んな帰る時間(深夜)
私は痛みで全く動けない。
自分でも流石に危ないと思い
携帯でなんとかマネージャーを読んだ頃には
もう、起き上がる事すら出来なかった。
救急車を呼んでくれたんだけど、
待機場所になってた雑居ビルは
階段しかなくて
私は起き上がる事すら出来ないし
身体を動かすと激痛だし
男性スタッフさんと救急隊員さんに
慎重に抱えてもらって
なんとか、救急車に乗せてもらった。
運良く、産婦人科医が居る搬送先が見つかった。
診断は
卵巣出血。
お腹の中が血まみれになっていたみたいでした。
排卵時に卵巣に刺激があると
誰でもなる可能性があるものらしく
それを聞いてホッとした。
「(仕事が)バレずに済むなぁ」と。
その頃の彼に内緒でバイトしてたから。
その日は激痛でまったく眠れず。
血圧が下がり過ぎて、座薬すら入れてもらえなくて
ボルタレンなんて効かないし
もう酷かった。
仕事先で倒れた訳で
普段から大量に飲んでた精神科の薬も
手元にある分が少なくてすぐ無くなり
最初は痛みでキツかったが
数日後には精神科の薬が無くて
そっちの方がキツかった。
お店はそのまま辞める事になった。
23才になる前のはず。
それで仕事を卒業した訳ではなかった。。。
続く☆