私は私の事を嫌いでいたかったのかも。

 
好きになったら、負ける気がして。
 
何に負けるのかわからんけど、好きになると試合終了みたいな。
 
だから好きになりたくなかったのかな?
 
 
人生は、より良いものを追い求めて歩み続けるものだ!
 
ってなんか根性論のような、ど根性見せろよ!みたいなのが正しいと思ってきたのよ。
 
そんなしんどいの嫌やな~って思いながら、それが正しい!正しいハズ!
正しい事をしてるから、私に存在価値がある!って思い込もうと頑張ってたのか。
 
 
最近、段々と
 
ゆるゆる生きても楽しくて
 
ゆるゆる生きても倖せで
 
ゆるゆる生きても正しいのかもしれなくて
 
そういう変化が怖かったから
 
認めたくなくて、
 
その辺の変化すべて『嫌だ』って思う事で私を守ってたのかもしれない。
 
 
変わりたくなかったんだ、倖せな私に。
 
痛い思いしたり
辛い思いしたり
病の状態だと
 
お母さん心配してくれて嬉しかったから
彼氏も優しかったから
 
ついうっかりと
 
苦しんでる私は愛されてる
 
って、とんでもなくしんどい事を正しいとしてたみたい。
 
 
大丈夫だよ~。
 
私はゆるゆる生きても倖せで
 
ゆるゆる生きても愛されていて
 
ゆるゆる生きても楽しくて
 
ゆるゆる生きても、勝ち負けに拘る私じゃなくても
 
それでも存在価値はあるんだよー。
 
大丈夫だよー。
 
負けてるって思っても思わなくても、そもそも一人相撲大好きでもさ、
 
それめっちゃ恥ずかしくても
 
愛されてるよー。
 
恥かいても愛されてるよー。
 
失敗しかしなくても愛されてるよー。
 
 
倖せでも愛されてるの。
元気でも愛されていて
健康でも愛されてるわ。
 
 
セルフよしよし、してあげるよー。