Punisher: War Zone
Punisher: War Zone
【レイ・スティーヴンソン】
Ray Stevenson
イギリスの俳優

本名:ジョージ・レイモンド・スティーヴンソン
George Raymond Stevenson
生年月日:1964年5月25日
没年月日:2023年5月21日(58歳没)
出生地:北アイルランド・リスバーン
国籍:イギリス
身長:191cm
活動期間:1993年 - 2023年
配偶者:ルース・ジェメル(1997年 -2005年)
死因の詳細は明らかにされていないが、アクション映画『Cassino in Ischia』の撮影中に突然体調を崩したと伝えられている。 |

年・邦題・原題・役名・備考
1998年
ヴァージン・フライト
The Theory of Flight ジゴロ役
1999年
G:MT - Greenwich Mean Time Mr Hardy役
2004年
キング・アーサー
King Arthur ダゴネット役
ゾンビ・ソルジャー
Outpost DC役
2008年
パニッシャー: ウォー・ゾーン
Punisher: War Zone フランク・キャッスル/パニッシャー役




2009年
ダレン・シャン
The Vampire' s Assistant マーロック役
2010年
ザ・ウォーカー
The Book of Eli レッドリッジ役
アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!
The Other Guys ロジャー・ウェズリー役
キル・ザ・ギャング36回の爆破でも死ななかった男
Kill the Irishman ダニー・グリーン役
2011年
マイティ・ソー
Thor ヴォルスタッグ役
三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船
The Three Musketeers ポルトス役
G.I.ジョー バック2リベンジ
G.I.Joe: Retaliation ファイアフライ役
2013年
マイティ・ソー/ダーク・ワールド
Thor: The Dark World ヴォルスタッグ役
2014 年
ダイバージェット
Divergent マーカス・イートン役
ビッグゲーム 大統領と少年ハンター
Big Game モリス役
2015年
ダイバージェットNEO
Insurgent マーカス・イートン役
トランスポーターイグニッション
The Transporter Refueled フランク・シニア
2016年
ダイバージェットFINAL
Allegiant マーカス・イートン役
2017年
マイティ・ソー バトルロワイヤル
Thor: Ragnarok ヴォルスタッグ役
コールド・スキン
Cold Skin グルナー役
2018年
アクシデントマン
Accident Man ビッグ・レイ役
ファイナル・スコア
Final Score アルカディ役
RRR
RRR スコット・バクストン総督役
2022年
MEMORY メモリー
Memory ダニー・モーラ継承役
アクシデントマン: ヒットマンズ ホリデー
Accident Man: Hitman's Holiday ビッグ・レイ役
TBA 1242: Gateway to the West セサリーン役 ポストプロダクション 死後に公開
テレビシリーズ
A Woman's Guide to Adultery(1993)
傷だらけの報復 Band of Gold(1995 - 1996)
Drover' Gold(1997)
Peak Practice(1997)
City Central(1998 - 1999)
Love in the 21st Century(1999)
Holby City(2000)
The Bill(2000)
At Home with the Braithwaites(2001)
Dalziel and Pascoe(2001)
Red Cap(2003)
Murphy's Law(2003)
Waking the Law(2004)
ROME[ローマ] Rome(2005 - 2007) ティトィス・ブッロ役
The Super Hero Squad Show(2009)
デクスター ~ 警察官は殺人鬼 Dexter(2012) アイザック・シルコ役
クロッシング・ライン~ヨーロッパ特別捜査チーム~ Crossing Lines(2014) マイルズ・レノン役
信じる者とよそ者 Saints & Strangers(2015)
Black Sails/ブラック・セイルズ Black Sails(2016 - 2017) “黒髭”エドワード・ティーチ役
スターウォーズ 反乱者たち Star Wars Rebels(2016 - 2017) ガル・サクソン役 声の出演
メディチ Medici(2019)
ヴァイキング ~海の覇者たち~ Vikings(2020)
スターウォーズ クローン・ウォーズ Star Wars : The Clone Wars(2020) ガル・サクソン役 声の出演
アソーカ Ahsoka(2023) べイラン・スコール役 死後に公開
舞台
York Mystery Plays (2000)
Mouth to Mouth (2001)
The Duchess of Malfi (2003)
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【パニッシャー: ウォー・ゾーン 】
Punisher: War Zone
2008年製作のアメリカ映画。
監督:レクシー・アレクサンダー
ニック・サントラ
脚本:アート・マーカム
マット・ホロウェイ
製作:ゲイル・アン・ハード
主演:レイ・スティーヴンソン
マーベル・コミック社の人気シリーズ『パニッシャー』の実写映画化作品。過去の作品も含めると3度目の実写化となるが、それぞれの作品に関連性は無い。
1作目ではドルフ・ラングレン、2作目ではトーマス・ジェーンズが主演。
主役のフランク・キャッスルの生い立ちや家族を失うまでの経緯と各設定が変更されていたが、本作は原作の数あるシリーズの中から「Punisher: Max」シリーズの設定がそのまま用いられている。また、3度目となる映画化に準じて、パニッシャーを象徴するスカル( 髑髏)のシンボルも変更が加えられている。
製作元はマーベル・スタジオ。本作は同社が独立してから製作された3本目の作品だが、初めて「マーベル・ナイツ」(Marvrl Knights=マーベル作品の中でも大人向けのものにのみ与えられる社標)としてクレジットされている。
(ストーリー)
元アメリカ軍兵士のフランク・キャッスルがマフィアに家族を殺され、法では裁けない悪に処刑を下す『パニッシャー』として暗躍するようになってから6年。
ある夜、フランクはニューヨークを牛耳る巨大マフィアのパーティー会場を襲撃する。
幹部たちが次々と処刑されていく中、「ハンサムビリー」の異名を取るビリー・ルソッティはその場から逃走してしまう。事件現場に居合わせた市警の刑事からビリーの潜伏先が波止場の倉庫であると聞き、フランクは 後を追う。倉庫で鉢合わせとなったビリーの腹心であるドナテッリを射殺。続いて手下たちを次々に処刑し、ビリーをガラス粉砕機の中へ突き落とす。
処刑を終えたフランクだったが、ドナテッリがFBIの潜入捜査官と知り衝撃を受ける。
自身が護るべき “善” である人間の命を奪ってしまったことに苦悩するフランク。
ドナテッリの家を訪れるも、娘であるグレースの無垢な眼差し、そして妻アンジェラの憎しみを目の当たりにし、フランクはパニッシャーの活動を辞める決意をする。
その頃、顔面包帯で覆われた男が、場末の違法医師を訪ねる。男の正体は、死んだはずのビリーだった。粉砕機で顔面を切り刻まれ、無くなった皮膚の代わりに馬の皮膚を縫いつけられたビリー。「ハンサムビリー」と呼ばれた面影は消え去り、見るも無惨な容姿へと変貌したビリーは、違法医師を殺害し、自らを「ジグソウ」と名乗り、パニッシャーへの復讐を誓う。
アンジェラとグレースがジグソウたちに連れ去られたことを知ったフランクはパニッシャーとして動き出す。
ニューヨーク中の犯罪組織を集めパニッシャーを迎え撃つため、古びたホテルにおびき寄せる。
母娘を救出するため、フランクはジグソウたちマフィアが待ち受けるウォーゾーン(交戦地帯)へと自ら飛び込んで行った。
登場人物
フランク・キャッスル
演:レイ・スティーヴンソン
法では裁けない犯罪者を処刑する男。軍の特殊部隊教官を務めていたが妻子を殺害され、パニッシャーとなった。極悪とみなせば女性でも躊躇なく裁く。悪人には容赦ない鉄槌を下す。
ビリー・ルソッティ
演:ドミニク・ウェスト
惨劇の地下鉄
2014年
台湾新北市の台北捷運板南線で男子大学生が乗客らを無差別に切りつけ、4人が死亡、24人が負傷。(台北地下鉄通り魔事件)【台北地下鉄通り魔事件】
2014年5月21日(水曜日)に台湾新北市板橋区で発生した無差別殺人事件である。
4人が死亡、24人が負傷した。
事件名:台北地下鉄通り魔事件
場所:台湾新北市板橋区
犯行日時:2014年5月21日午後3時30分ごろ
攻撃手段:刃物で切り付け
武器:果物ナイフ × 2、アーミーナイフ
死亡者:4人
負傷者:24人
犯人:男子大学生(21歳)
動機:「大事件を起こしたい」
現行犯として逮捕された被疑者(2016年に銃殺刑)は21歳の男子大学生であり、以下は“A”と略する。
《経緯》
2014年5月21日午後3時30分ごろ、Aは刃物をポケットに隠し、台北捷運板南線江子翠駅にて南港展覧館行きの列車に乗り込み、国父紀念館駅で降車し、そしてホームの反対側に移り、来た道を引き返すように永寧方面行きの列車に乗車した。
4時30分ごろ、龍山寺駅から発車した後Aは突然包丁を取り出して乗客らを次々に刺した。Aはその後また江子翠駅で列車を降り、包丁を振り回しながらプラットホームをぶらついたが、駅を出ようとしたところ駅員と乗客に取り押さえられ警察に現行犯逮捕された。
《救急活動》
この凶行に対する救急活動は迅速に始まった。現場にいた通行人はAがまだ逮捕されていないにもかかわらずプラットホームで被害者達に対してCPRを行った。
『CPR』とは、心肺蘇生法(しんぱいそせいほう、 CardioPulmonary Resuscitation )の略で、呼吸が止まり、心臓も動いていないと見られる人の救命へのチャンスを維持するために行う循環の補助方法である。
《被告人》
Aは板橋区出身の21歳の東海大学学生であり(国防大学を退学し東海大学に転校)、「襲撃は以前から考えていたことで、大学卒業後に決行する予定であったが、事件当日に授業がなかったため決行した」と語っている。
動機については定かでないが、何かショッキングな大事件を起こしたいと思っていたという。
小学生の頃、「将来は大したことをやりたい」と言った。高校の時、クラス班長を担当するものの、クラスメートに同級生の女性を何人も殺したいと言った。そして、卒業アルバムで、「私は、自分の家を放火したことがないよ」と書いている。大学の時、友達があまりいなく、趣味は暴力的なオンラインゲームで、電車殺人事件などに関する猟奇小説も書いた。フェイスブックでよく衝動的な発言をする。
Aは台湾メディアでは「殺人鬼」と呼ばれている。
《刑事裁判》
Aは殺人罪で起訴され、一審の新北地裁は2015年3月6日に(4人を殺害したということで)4回分の死刑と公民権剥奪を言い渡された。
Aは「何も後悔していない」「死刑判決が出ても気にしない。一審が死刑判決なら、すぐに控訴すればいい」と述べ、被害者遺族に激しく罵倒されても「全然気にならない。罵られてもおれはちっとも痛くない!」と述べた。
2016年5月10日にAの死刑(銃殺刑)が執行された。
《民事裁判》
台北捷運公司は保険会社新光産物保険の「旅客運送責任保険」を付保していた。
契約では、まず台北捷運公司が医療費などの費用を支出し、その後に被害者に代わって新光産物保険に対して保険金給付を申請できると約定していた。しかし、先に医療費用を立て替えた健保局が新光産物保険に保険金給付を申請したところ、新光産物保険は「Aの犯行は通常の『公共の安全に関わる事故』ではなく、契約で除外事由とされている『テロ行為』に該当する」と主張して支払いを拒否したため裁判となった。この裁判で台北地方法院は2015年11月9日、「テロ行為とは、個人または団体が、政治、宗教などイデオロギー上の目的(政府転覆や市民らを恐怖に陥れることを含む)を達成するための武力行使および暴力、脅迫、威嚇、破壊などの行為をいう。しかしながら、本件のA被告による殺傷行為の主たる目的は個人的なストレス発散であり、社会を恐怖に陥れることではないため、テロ行為には該当しない」とし、新光産物保険に保険金の支払いを命じた。
《事件の反響》
施設の安全対策
台北市長 龍斌と新北市市長 朱立倫はそれぞれ記者会見を行い、事件の再発防止策の検討を指示した。事件後、台北捷運の駅や車内には模倣犯防止のため、警察が多数配置されており、不審者に対しては職務質問を随時実施している。
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狂気の21歳、惨劇の結末・・・。
または津山三十人殺しは、1938年(昭和13年)5月21日未明に岡山県苫田郡西加茂村大字行重(現・津山市加茂町行重)の貝尾・坂元両集落で発生した大量殺人事件。まれに見る残忍な事件で「津山33人殺傷事件」として有名である。また、犯人の姓名を取って都井睦雄事件ともいう。
犯行が行われた2時間足らずの間に28名が即死し、5名が重軽傷を負った(そのうち12時間後までに2名が死亡)。なお、犯行後に犯人が自殺したため、被疑者死亡で不起訴となった。
横溝正史が同じく大量殺人を扱った八つ墓村のモチーフにした事件とも言われる。
犯人の都井睦雄は1917年(大正6年)3月5日、岡山県苫田郡加茂村大字倉見(現・津山市)に生まれた。2歳で父を、3歳で母を、ともに肺結核で亡くしたため、祖母が後見人となり、その直後一家は加茂の中心部である塔中へ引っ越した。さらに、都井が6歳のときに一家(都井以外に祖母と姉。戸主は都井)は祖母の生まれ故郷の貝尾集落に引っ越した。
都井は尋常高等小学校を卒業直後に肋膜炎を患って医師から農作業を禁止され、無為な生活を送っていた。同年代の人間と関わることはなかった。一方で、自身が子供向けに作り直した小説を近所の子供達に読み聞かせて、彼らの人気を博した。近隣の女性達とこの地域での風習でもあった夜這いなどの形で関係を持つようになった。
1937年(昭和12年)、都井は徴兵検査を受け、結核を理由に丙種合格(入営不適、民兵としてのみ徴用可能。実質上の不合格)とされた。その頃から、都井はこれまで関係を持った女性たちに、都井の丙種合格や結核を理由に関係を拒絶されるようになった。心無い風評に都井は不満を募らせていった。
同年、狩猟免許を取得して津山で2連発散弾銃を購入。翌1938年(昭和13年)にはそれを神戸で下取りに出し、12番口径5連発ブローニング猟銃を購入。毎日山にこもって射撃練習に励むようになり、毎夜猟銃を手に村を徘徊して近隣の人間に不安を与えるに至った。都井はこの頃から犯行準備のため、自宅や土地を担保に借金をしていた。
しかし、都井が祖母の病気治療目的で味噌汁に薬を入れているところを祖母本人に目撃され、そのことで「孫に毒殺される」と大騒ぎして警察に訴えられたために家宅捜索を受け、猟銃一式の他、日本刀・短刀・匕首などを押収され、猟銃免許も取り消された。
都井はこの一件により凶器類を全て失ったが、知人を通じて猟銃や弾薬を購入したり、刀剣愛好家から日本刀を譲り受け、再び凶器類を揃えた。
都井の元から去って他の村へ嫁いだ女性が村に里帰りしてきた1938年(昭和13年)5月21日の未明、犯行が行われた。
都井は事件の数日前から実姉を始め、数名に宛てた長文の遺書を書いていた。姉に対して遺した手紙は、「姉さん、早く病気を治して下さい。この世で強く生きて下さい」という内容である。
1938年(昭和13年)5月20日午後5時頃、都井は貝尾集落だけを停電させるため、電線を切って貝尾の送電を停止させた。村人は驚いたものの、当時はこうした突然の停電は日常茶飯事であり、特に気に留めなかった。
翌5月21日1時40分頃、都井は自宅の屋根裏で用意していた装備を身につけ行動を開始する。詰襟の学生服に軍用のゲートルと地下足袋を身に着け、頭にははちまきを締め、小型懐中電灯を両側に1本ずつ結わえ付けた。首からは自転車用のランプを提げ、腰には日本刀一振りと匕首を二振り、手には改造した9連発ブローニング猟銃を持った。その姿たるや、正に悪鬼のようだったという。
都井は集落を歩きまわって、次々と村民を襲いかかり殺していった。以下に、襲った順で被害者の状況()には犠牲者の累計を記していく。
最初に手にかけたのは実の祖母だった。祖母に明確な恨みはなかったが、事件後に一人残していくのは不憫だとして、眠る祖母に手を合わせた後、斧で首を刎ねて即死させた。首は50cmほど先まで転がっていたという。(1名)
都井はまず隣家に侵入、寝入っていたその家の妻、長男、次男を殺害した。妻は首を突かれた後、口の中に刀を突き立てられた。息子達はめった刺しにされていた。最初に銃を使わなかったのは、いきなり騒ぎを大きくしないためであった。(4名)
次のB家では妻を猟銃で撃ち殺した。卵大に空いた腹の穴からは内臓がぶちまけられていたという。銃声に気づいて起きてきた旦那も撃ち殺され、2人の娘も容赦なく殺害された。この家は一家全滅させられた。(7名)
3件目では、新婚だった夫妻を射殺。さらにたまたま農業の手伝いで訪れていた親戚(甥)も殺されてしまった。甥はわずかに抵抗したが、銃で殴られ顎が陥没し、怯んだ隙にすぐ撃ち殺された。夫の母親は「頼むけん、こらえてつかぁさい」と命乞いし、それを聞いた都井は「ばばやん、顔をあげなされ」と一瞬許すような格好を見せたが、気を許した母が顔をあげると猟銃で撃った。母はこれによって全治5ヶ月の重傷を負ったが命だけはなんとか助かった。この頃、悲鳴と銃声によって村の人間は目を覚まし始めていた。(10名)
4件目は、都井が最も憎むべき女性(この家の四女)がいる家だった。まず「何事か」と出てきた家の主を射殺、その後は内妻や四女の兄弟を追い回し、容赦なく殺していった。5人もの命が奪われたものの、肝心の四女は逃げ出して隣家に助けを求めていた。(15名)
5件目は、4件目の家の四女が逃げ込んだため狙われた。だが、実はこの家そのものに憎き人はいなかった。四女から事の次第を聞かされたこの家は鍵をかけ籠城の構えをとった。都井は開けるよう銃で脅し呼びかけた。この時、家の祖父が様子を見ようと雨戸を開けた瞬間撃ち殺された。銃を乱射して再三出てくるよう要求したものの、四女の喉を弾が掠めたくらいで状況は変わらず、都井は渋々四女の殺害を諦めた。(16名)
6件目は母と息子の二人暮らしだった。母子は揃って猟銃で撃ち殺され、一家全滅に追いやられた。(18名)
7件目は主の内妻と養蚕業の手伝いに着ていた二人の女性が撃ち殺された。手伝いの女二人は脳などをぶちまけながら死んでいたという。手伝いの女性と都井は関係があり、それ故に狙われたとされる。この家の祖父は死を覚悟して唖然としていたが、都井は「お前は悪口を言わんかったからこらえてやるけん。ああ、わしが死んだらまた悪口をいうことじゃろう」と言って、殺さずに去っていったという。(21名)
8件目は主の妹と妻を射殺。母はなんとか息があったものの、搬送先の病院で死亡した。騒ぎを聞きつけたこの家の主は、このことを隣町の警察に知らせるために逃亡した。ようやくこの惨劇が外部に知られる時が来たのだが、都井の計算通りそれは酷く時間のかかる往復だった。(23名)
9件目、助けを呼びに行かれている間も、都井の凶行は続いた。その家の主であった両親と妻、そしてまだ5歳と幼かった四男を殺害した。(27名)
10件目、都井は戸主の名を呼んだ。妻が顔を出して夫に状況を伝えようとした所、撃たれてしまった。妻は息があったが、搬送先の病院で12時間後に死亡した。(28名)
最後となる11件目では、その家の夫妻が射殺された。ここだけは都井の住んでいた貝尾ではなく、隣接していた集落である坂元で起こった。こちらも一家は全滅した。(30名)
約一時間半に及ぶ犯行後、30人もの人間を殺した都井(厳密にはその時点では28人、2人は搬送先で死去)は、遺書用の鉛筆と紙を借りるため、隣の集落の一軒家を訪れた。家人は武装し血まみれとなった都井を見て硬直したが、その家の子が以前から都井の話を聞きに来ていた顔見知りであったため、その子に頼み鉛筆と紙を譲り受けた。都井は去り際にこの子へ「うんと勉強して偉くなれよ」と声をかけている。
都井はその後、3.5kmほど離れた峠まで移動し、遺書を書き始めた。既に遺書は用意されていたが、これは凶行に及んだ後の懺悔にも似た別の内容のものだった。遺書の中で都井は「うつべきをうたず、うたいでもよいものをうった」という後悔の念も綴っている。うつべき、とは、恐らくは4件目の四女のことを指していると思われる。
自分の心臓に猟銃をあて、引き金を弾き、自らその惨劇を終結させることとなった。21歳だった。
21日の朝、都井の遺体は発見された。彼を合わせれば死亡者は31名となる。
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