hiroチャンのブログ -129ページ目

Being John Malkovich  マルコヴィッチの穴


【ジョン・マルコヴィッチ】
John Malkovich
アメリカ合衆国の俳優、映画プロデューサー。個性的な演技派俳優として世界的に活躍している。



本名:John Gavin Malkovich
生年月日:1953年12月9日
出生地:アメリカ合衆国 イリノイ州クリストファー
配偶者:グレン・ヘドリー(1982 - 1988)
ニコレッタ・ペイラン(1989 - )
《主な作品》
『シェルタリング・スカイ』
『二十日鼠と人間』
『ザ・シークレット・サービス』
『コン・エアー』 

『マルコヴィッチの穴』 

『RED/レッド』シリーズ



《受賞》
全米映画批評家協会賞
助演男優賞
1984年『プレイス・イン・ザ・ハート』
ニューヨーク映画批評家協会賞
助演男優賞
1999年『マルコヴィッチの穴』
エミー賞
助演男優賞(ミニシリーズ/テレビ映画部門)
1986年『セールスマンの死』
その他の賞

《生い立ち》
イリノイ州クリストファーにて、クロアチア系の父親とスコットランド及びドイツ系の母親の間に生まれる。両親は共に地元の雑誌や新聞社のオーナーであり、また自然保護運動にも熱心であった。
イリノイ大学で環境を専攻していたが、演劇に変更し、卒業した。

《キャリア》
俳優活動
1976年に友人のゲイリー・シニーズと設立したステッペンウルフ・シアター・カンパニーで数々の舞台に立ち、高い評価を得た。その後ブロードウェイでも『True West』や『セールスマンの死』などでオビー賞など数々の賞を受賞。1984年に映画デビュー。
スクリーンでは悪役を演じることが多いが、近年ではそれ以外でも『ザッツ★マジックアワー ダメ男ハワードのステキな人生』『チェンジリング』『バーン・アフター・リーディング』『RED/レッド』と、主役・準主役を演じることもある。

《その他》
ファッションブランドを立ち上げている。2012年にはiPhone 4SのCMに起用された。

《私生活》
女優のグレン・ヘドリーと1982年に結婚したが1988年に離婚。一時ミシェル・ファイファーとの交際が伝えられたが、1989年に映画制作スタッフのニコレッタ・ペイランと再婚して男女の子供が二人いる。
フランス語に堪能。

《政治的立場》
リベラリストが優勢なアメリカ映画界の中で、右翼的発言で注目を集めることがある。死刑を支持していることでも知られている。2002年にイギリスで公演中、イスラエルとブッシュ政権の中東政策を痛烈に批判したイギリスのジョージ・ギャロウェイ下院議員(リスペクト党)を「射殺したい」と発言し、物議を醸した。 




《主な作品》
出演
公開年 邦題 / 原題 備考
1981 新聞記者の信疑/Word of Honor テレビ映画

1984 プレイス・イン・ザ・ハート/Places in the Heart

キリング・フィールド/The Killing Fields

1985 セールスマンの死/Death of a Salesman テレビ映画 プライムタイム・エミー賞助演男優賞(ミニシリーズ・テレビ映画部門)受賞

哀愁のエレーニ/Eleni

1987 新生人 Mr.アンドロイド/Making Mr. Right

ガラスの動物園/The Glass Menagerie

太陽の帝国/Empire of the Sun

1988 マイルズ・フロム・ホーム/Miles from Home

危険な関係/Dangerous Liaisons

1990 シェルタリング・スカイ/The Sheltering Sky

1991 クイーンズ・ロジック/女の言い分・男の言い訳/Queens Logic

幸福の選択/The Object of Beauty

1992 ウディ・アレンの影と霧/Shadows and Fog

二十日鼠と人間/Of Mice and Men

ジェニファー8/Jennifer Eight

1993 生きてこそ/Alive (ナレーター)クレジットなし

ザ・シークレット・サービス/In the Line of Fire 


真・地獄の黙示録/Heart of Darkness テレビ映画

1995 メフィストの誘い/O Convento

愛のめぐりあい/Beyond the Clouds/Al di l・ delle nuvole

1996 狼たちの街/Mulholland Falls 


ジキル&ハイド/Mary Reilly

ある貴婦人の肖像/The Portrait of a Lady

魔王/The Ogre/Der Unhold

1997 コン・エアー/Con Air

1999 仮面の男/The Man in the Iron Mask 


ラウンダーズ/Rounders

見出された時 -「失われた時を求めて」より- /Le Temps retrouv・

マルコヴィッチの穴/Being John Malkovich ニューヨークク映画批評家協会賞 助演男優賞 受賞

ジャンヌ・ダルク/The Messenger: The Story of Joan of Arc

2000 シャドウ・オブ・ヴァンパイア/Shadow of the Vampire

レミゼラブル/Les Mis・rables ミニシリーズ

2001 家路/Je rentre ・ la maison

ノックアラウンド・ガイズ/Knockaround Guys

HOTEL ホテル/Hotel

2002 ダンス オブ テロリスト/The Dancer Upstairs 出演・監督・製作兼任

リプリーズ・ゲーム/Ripley's Game/Il gioco di Ripley

キング・オブ・キングス/Napol・on Charles Talleyrand ミニシリーズ

アダプテーション/Adaptation. クレジットなし

2003 ジョニー・イングリッシュ/Johnny English

永遠の語らい/Um Filme Falado

2004 リバティーン/The Libertine 出演・製作兼任

2005 銀河ヒッチハイク・ガイド/The Hitchhiker's Guide to the Galaxy

アイ・アム・キューブリック!/Colour Me Kubrick

2006 アートスクール・コンフィデンシャル/Art School Confidential 出演・製作兼任

クリムト/Klimt

エラゴン/遺志を継ぐ者/Eragon

2007 ベオウルフ/呪われし勇者/Beowulf

2008 ザッツ★マジックアワー ダメ男ハワードのステキな人生/The Great Buck Howard

チェンジリング/Changeling

ミュータント・クロニクルズ/Mutant Chronicles

バーン・アフター・リーディング/Burn After Reading

2009 メッセージ そして、愛が残る/Afterwards

2010 ジョナ・ヘックス/Jonah Hex

RED/レッド/RED 


セクレタリアト/奇跡のサラブレッド/Secretariat

2011 トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン/Transformers: Dark of the Moon

2012 皇帝と公爵/Linhas de Wellington

2013 ウォーム・ボディーズ/Warm Bodies

ゴッド・オブ・バイオレンス/シベリアの狼たち/Deadly Code

REDリターンズ/RED 2 


2014 カットバンク/Cut Bank

クロスボーンズ/黒ひげの野望/Crossbones テレビシリーズ、計9話出演

ペンギンズ FROM マダガスカル ザ・ムービー/Penguins of Madagascar 声の出演

2016 ズーランダー NO.2/Zoolander 2

バーニング・オーシャン/Deepwater Horizon  



2017 アンロック/陰謀のコード/Unlocked 


バレット・ヘッド(キラードッグ)/Bullet Head 


ワンダフル!ウエディング ~結婚できる人できない人~/The Wilde Wedding 出演兼製作総指揮

2018 マイル22/Mile 22 


バード・ボックス/Bird Box

ABC殺人事件/The ABC Murders テレビシリーズ

2018 - 2019 ビリオンズ/Billlions    テレビシリーズ計6話出演


2019 ベルベット・バズソー: 血塗られたギャラリー/Velvet Buzzsaw


テッド・バンディ/Extremely Wicked, Shockingly Evil and Vile

2020 THE VILLAINS ザ・ヴィランズ 悪党伝/Arkansas 


AVA/エヴァ/Ava


ニュー・ポープ 悩める新教皇/The New Pope  テレビシリーズ、計9話出演


2020-2022 スペース・フォース/Space Force Dr. Adrian Mallory テレビシリーズ 計17話出演 


2021 レット・ブレイク/Rogue Hostage 


サバイバー2024/The Survivalist ホ


2021-2023 Ten Year Old Tom 声の出演 計20話出演 テレビシリーズ


2022 Shattered 


Chariot 


ガンズ&バレッツ/CODE:White  White Elephant 


Savage Salvation 


Mindcage 


2023 Seneca: On the Creation of Earthquakes 


One Ranger 


Fool's Paradise 


The Line 


2024 ニュールック/The New Look テレビシリーズ計7話出演 


リプリー/Ripley テレビ


2025 Opus 


ファンタスティック4: ファースト・ステップ/The Fantastic Four: Fist Steps 出演シーンカット    


In the Hand of Dante  


Sacrifice 


2115  100イヤーズ/100 Years 完成フィルムは2115年11月18日まで保管 



《製作》
出演せずに製作・製作総指揮に携わった作品。
偶然の旅行者 The Accidental Tourist (1988)

ゴーストワールド Ghost World (2001)

JUNO/ジュノ Juno (2007)

ヤング≒アダルト Young Adult (2011)

ウォールフラワー The Perks of Being a Wallflower (2012)

雨の日は会えない、晴れた日は君を想う Demolition (2015)

.

Brass Target


【ジョン・カサヴェテス】
(John Cassavetes, 1929年12月9日 - 1989年2月3日)は、アメリカ合衆国、ニューヨーク市出身の映画監督・俳優である。ジョン・カサベテスの表記もある。








本名:John Nicholas Cassavetes
生年月日:1929年12月9日
没年月日:1989年2月3日(59歳没)
出生地:ニューヨーク
死没地:ロサンゼルス
国籍:アメリカ合衆国
職業:俳優・映画監督
配偶者:ジーナ・ローランズ
著名な家族:ニック・カサヴェテス
ゾエ・カサヴェテス
アレクサンドラ・カサヴェテス
《主な作品》
『フェイシズ』 

『こわれゆく女』
『オープニング・ナイト』
『ブラス・ターゲット』 

『グロリア』 

『ラヴ・ストリームス』 


《受賞》
ヴェネツィア国際映画祭
金獅子賞
1980年『グロリア』
ベルリン国際映画祭
金熊賞
1984年『ラヴ・ストリームス』
国際批評家連盟賞
1984年『ラヴ・ストリームス』
全米映画批評家協会賞
脚本賞
1968年『フェイシズ』
その他の賞

《来歴》
両親はギリシャ移民。高校在学中に演技に興味を抱き、卒業後アメリカン・アカデミー・オブ・ドラマティック・アーツに入り、1954年に映画俳優としてデビューする。

1956年にドン・シーゲル監督の映画『暴力の季節』に出演し、ハリウッドの注目を集める。その頃に知人と演劇のワークショップを開設し、そこでの即興演技の実験的延長として監督処女作『アメリカの影』(1959年)を製作する。

1968年に、抵当に入れた自宅を舞台にインディペンデント映画『フェイシズ』を製作した。現場における即興演出を旨とし、スタッフは無償奉仕、自らも稼いだ資金はすべて撮影につぎ込んだ。この作品はヴェネツィア国際映画祭で男優賞、イタリア批評家賞を受賞、アカデミー賞の助演男優賞、助演女優賞、脚本賞にノミネートされるなど内外で絶賛され、インディペンデント映画というジャンルを確立した。

『グロリア』(1980年)は商業作としても成功し、ヴェネツィア国際映画祭では金獅子賞を受賞した。
『ラヴ・ストリームス』(1984年)はベルリン国際映画祭金熊賞、国際批評家連盟賞を受賞した。

監督作では妻のジーナ・ローランズを始め、ピーター・フォーク、ベン・ギャザラ、シーモア・カッセルといった個性派の俳優たちが、それぞれのキャリアにおける重要な演技を残している。

俳優としても『ローズマリーの赤ちゃん』、『明日よさらば』、『特攻大作戦』などで印象的な演技を残した。これらの俳優業の多くは映画制作の資金を稼ぐためのものであったとも言われる。

公私にわたる仲間だったピーター・フォーク主演のテレビシリーズ『刑事コロンボ』にも、『黒のエチュード』の犯人役で出演している。

1989年にロサンゼルスの病院にて59歳で死去した。死因は肝硬変。



《家族》
妻はアメリカン・アカデミー・オブ・ドラマティック・アーツで出会い、1954年に結婚した、女優のジーナ・ローランズ。ローランズを主役に据えた6本の監督作品はいずれも高い評価を得ており、『こわれゆく女』ではアカデミー賞主演女優賞の候補となり、ゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞した。
カサヴェテスが主演したテレビ・シリーズ『ジョニー・スタッカート』でも共演している。

ローランズとの間に3人の子供をもうけている。息子のニック・カサヴェテスは父と同様に俳優兼監督で、父の遺した脚本を映画化した『シーズ・ソー・ラヴリー』の監督を務めた。
映画監督として『ブロークン・イングリッシュ』でデビューしたゾエ・カサヴェテスは次女。
長女のアレクサンドラ・カサヴェテスも俳優、監督として活動している。

《レガシー》
アミール・ナデリはジョン・カサヴェテスを20世紀で最も重要な映画作家だとしている。

《フィルモグラフィー》
- 出演作品 -
暴力の季節 Crime in the Streets (1956)

殺人者たち The Killers (1964)

デビルズ・エンジェル Devil's Angels (1967)

特攻大作戦 The Dirty Dozen (1967)

ローズマリーの赤ちゃん Rosemary's Baby (1968)

俺はプロだ! Roma come Chicago (1968)

明日よさらば Gli intoccabili (1969)

火曜日ならベルギーよ If It's Tuesday, This Must Be Belgium (1969)

ハズバンズ Husbands (1970)

ビッグ・ボス Capone (1975)

マイキー&ニッキー Mikey and Nicky (1976)

パニック・イン・スタジアム Two-Minute Warning (1976) 

オープニング・ナイト Opening Night (1977)

フューリー The Fury (1978)

ブラス・ターゲット Brass Target (1978) 



チャンピオンへの道 Flesh & Blood (1979) テレビ映画

この生命誰のもの Whose Life Is It Anyway? (1981)

死霊の悪夢 The Incubus (1982)

テンペスト Tempest (1982)

ライク・ファーザー・アンド・サン Marvin & Tige (1983)

ラヴ・ストリームス Love Streams (1984)

- 監督・脚本作品 -
アメリカの影 Shadows (1959) 監督・脚本

よみがえるブルース Too Late Blues (1961) 監督・共同脚本

愛の奇跡 A Child Is Waiting (1963) 監督

フェイシズ Faces (1968) 監督・脚本

ハズバンズ Husbands (1970) 監督・脚本

ミニー&モスコウィッツ Minnie and Moskowitz (1971) 監督・脚本

こわれゆく女 A Woman Under the Influence (1974) 監督・脚本

チャイニーズ・ブッキーを殺した男 The Killing of a Chinese Bookie (1976) 監督・脚本

オープニング・ナイト Opening Night (1977) 監督・脚本

グロリア Gloria (1980) 監督・脚本 



ラヴ・ストリームス Love Streams (1984) 監督・共同脚本

ピーター・フォークのビッグ・トラブル Big Trouble (1986) 監督

===============

【ブラス・ターゲット】
(原題:Brass Target)は、1978年制作のアメリカ合衆国の映画。

監督:ジョン・ハフ
脚本:アルヴィン・ボレッツ
原作:フレデリック・ノーラン
製作:アーサー・ルイス
出演者
ソフィア・ローレン
ジョン・カサヴェテス
ジョージ・ケネディ
ロバート・ヴォーン
パトリック・マクグーハン
音楽:ローレンス・ローゼンタール
撮影:トニー・イミ
製作会社:メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
配給:メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
MGM=CIC
公開:(米国)1978年12月22日
(日本)1980年9月27日
上映時間:111分
製作国:アメリカ合衆国
興行収入:$5,011,158

第二次世界大戦終結直後のヨーロッパを舞台に、ナチスが隠匿した巨額の金塊をめぐって展開する国際的陰謀を、ジョージ・パットン将軍の暗殺計画があったという大胆な設定を絡めて描いたサスペンス映画。フレデリック・ノーランの小説「アルゴンキン計画」(The Algonquin Project)の映画化。
《あらすじ》
第二次世界大戦終結直後の1945年、アメリカ軍は、ナチス・ドイツの帝国銀行が隠匿した2億5千万ドル相当の金塊を発見した。
金塊は総司令官パットン将軍の命令でフランクフルトの大金庫へ輸送されることになったが、途中で金塊が何者かの手によって奪われてしまう。
パットン将軍は犯罪捜査部に犯人と金塊の捜索を命じ、情報部のベテラン将校のデ・ルーカ少佐がその任に当たることになる。
デ・ルーカはその任の最中、昔の恋人マーラと再会した。マーラはデ・ルーカの上司であるマッコーリー大佐の愛人になっていた。
そのマッコーリーは、パットン将軍直属の司令部将校のロジャーズ大佐と秘かに接触していた。実はこのロジャーズ大佐こそ、金塊強奪の黒幕だった。パットンの捜査の手がのびていることを知ったロジャーズはパットン将軍の暗殺を計画する。
それを知ったデ・ルーカとマーラは暗殺計画を阻止しようとするが・・・。

.

一発目の弾は心臓近くを撃ちぬき、二発目は頭部を正確に射抜く・・・。 その3


【三毛別羆事件】- 3 -


12月13日
この日、旭川の陸軍第7師団から歩兵第28連隊が事態収拾のために投入される運びとなり、将兵30名が出動した。

一方、ヒグマは村人不在の家々を荒らし回っていた。飼われていた鶏を食い殺し、味噌や鰊漬けなどの保存食を荒らし、さらに、服や寝具などをずたずたにしていた。中でも特徴的なのは、女性が使っていた枕や、温めて湯たんぽ代りに用いる石などに異様なほどの執着を示していた点だった。

三毛別川右岸の8軒がこの被害に遭ったが、ヒグマの発見には至らなかった。
しかし、その暴れぶりからもヒグマの行動は慎重さを欠き始めていた。味を占めた獲物が見つからず、昼間であるにもかかわらず大胆に人家に踏み込むなど警戒心が薄れていた。そして、行動域がだんだんと下流まで伸び、発見される危険性の高まりを認識できていなかった。

菅隊長は氷橋を防衛線とし、ここに撃ち手を配置し警戒に当てた。

そして夜、橋で警備に就いていた一人が、対岸の切り株の影に不審を感じた。六株あるはずの切り株が明らかに1本多く、しかも微かに動いているものがある。
報告を受けた菅隊長が、「人か、熊か!」と大声で誰何(すいか)するも返答がない。隊長の命令のもと撃ち手が対岸や橋の上から銃を放った。すると怪しい影は動き出し闇に紛れて姿を消した。やはり問題のヒグマだったのだと、仕留めそこないを悔やむ声も上がったが、隊長は手応えを感じ取っていた。

12月14日
最期
空が白むのを待ち対岸を調査した一行は、そこにヒグマの足跡と血痕を見つけた。銃弾を受けていれば動きが鈍るはずと、急いで討伐隊を差し向ける決定が下された。

一行の他に、10日の深夜に話を聞きつけて三毛別に入った山本兵吉(当時57歳)という熊撃ちがいた。

鬼鹿村温根(現在の留萌郡小平町鬼鹿田代)に住む兵吉は、若い頃に鯖裂き包丁一本でヒグマを倒し「サバサキの兄」と異名を持つ人物で、軍帽と日露戦争の戦利品であるロシア製ライフル(ロシア軍制式小銃であるボルトアクション方式ライフル、ベルダンタイプIIモデル1870。本銃は命中精度と信頼性、威力において高い評価を得ており、制式小銃がモシン・ナガンに切り替わって以降も猟銃として1930年まで製造された。)を手に数多くの獲物を仕留めた、天塩国でも評判が高いマタギだった。

彼が11月に起こった池田家の熊の出没さえ知っていたなら、9日の悲劇も10日の惨劇も起こらなかったものと、だれもが悔しがった。

孫によれば、(兵吉は)時に飲むと荒くなることもあるが、いたって面倒見もよく、優しい面を持ち合わせていたという。

兵吉は討伐隊と別れ、単独で山に入った。ヒグマは頂上付近でミズナラの木につかまり体を休めていた。その意識はふもとを登る討伐隊に向けられ、兵吉の存在には全く気づいていない。

音をたてぬように20mほどにじり寄った兵吉は、ハルニレの樹に一旦身を隠し、銃を構えた。銃声が響き、一発目の弾はヒグマの心臓近くを撃ちぬいた。しかしヒグマは怯むことなく立ち上がって兵吉を睨みつけた。兵吉は即座に次の弾を込め、素早く放たれた二発目は頭部を正確に射抜いた。

12月14日午前10時、轟いた銃声に急ぎ駆けつけた討伐隊が見たものは、村を恐怖の底に叩き落したヒグマの屠(ほふ)られた姿だった。

ヒグマは金毛を交えた黒褐色の雄で、重さ340kg、身の丈2.7mにも及び、胸間から背中にかけて「袈裟懸け」といわれる弓状の白斑を交えた大物であった。推定7 - 8歳と見られ、頭部の金毛は針のように固く、体に比べ頭部が異常に大きかった。これほど特徴のある熊を誰も見たことがないという。隊員たちは怒りや恨みを爆発させ、棒で殴る者、蹴りつけ踏みつける者など様々だった。やがて誰ともなく万歳を叫びだし、討伐隊200人の声がこだました。終わってみると12日からの三日間で投入された討伐隊員はのべ600人、アイヌ犬10頭以上、導入された鉄砲は60丁にのぼる未曾有の討伐劇であった。

ヒグマの死骸は人々が引きずって農道まで下ろされ、馬ぞりに積まれた。しかし馬が暴れて言うことを聞かず、仕方なく大人数でそりを引き始めた。すると、にわかに空が曇り雪が降り始めた。事件発生からこの三日間は晴天が続いていたのだが、雪は激しい吹雪に変わりそりを引く一行を激しく打った。言い伝えによればクマを殺すと空が荒れるという。この天候急変を、村人たちは「熊風」と呼んで語り継いだ。

猛吹雪に、5kmの下り道を1時間半かけてヒグマの死骸は三毛別青年会館に運ばれた。雨竜郡から来たアイヌの夫婦は、「このヒグマは数日前に雨竜で女性を食害した獣だ」と語り、証拠に腹から赤い肌着の切れ端が出ると言った。あるマタギは、「旭川でやはり女性を食ったヒグマならば、肉色の脚絆が見つかる」と言った。山本兵吉は、「このヒグマが天塩で飯場の女性を食い殺し、三人のマタギに追われていた奴に違いない」と述べた。解剖が始まり胃を開くと、中から赤い布、肉色の脚絆、そして阿部マユが着用していたぶどう色の脚絆が、絡んだ頭髪とともに見つかり、皆は悲しみを新たにした。犠牲者の供養のため肉は煮て食べられたが、硬くて筋が多く、味は良くなかったという。皮は板貼りされて乾燥させるため長い間さらされた。その後肝などとともに50円で売却され、この金は討伐隊から被害者に贈られた。毛皮や頭蓋骨は消息不明である。

頭部に傷を負いながらも気丈な姿を見せたヤヨは順調に回復したが、背負われたまま噛みつかれた明景梅吉は、後遺症に苦しみつつ2年8ヶ月後に死亡した。この少年を含め事件の死者を8人とすることもある。同じ家でヒグマの襲撃から生還した明景勇次郎は、事件の27年後に太平洋戦争で戦死した。長松要吉も回復し翌春には仕事に戻ったが、川に転落して死亡した。ヒグマに受けた傷が影響したのかは定かではない。
事態は解決しても、村人に心理的恐怖を残した。村外を頼れる者は早々に六線沢を去ったが、多くはそのようなつてを持っていなかった。壊された家屋を修理し、荒らされた夜具や衣類の代わりに火に当たりながら、なんとか越冬した。しかし春になっても村人は気力を取り戻せず、家族を亡くした太田三郎は家を焼き払って羽幌へ去り、その後生まれ育った青森に移ったというが早くして死去したという。六線沢は、ひとりまたひとりと村を去り、下流の辻家を除いて最終的に集落は無人の地に帰した。

ヒグマを仕留めた山本兵吉はその後もマタギとして山野を駆け回り、1950年に92歳で亡くなった。彼の孫によると、生涯で倒したヒグマは300頭を超えるという。

区長の大川与三吉の息子・大川春義(当時7歳)は、その後名うてのヒグマ撃ちとなった。これは、犠牲者ひとりにつき10頭のヒグマを仕留めるという誓いによるもので、62年をかけ102頭を数えたところで引退し、亡くなった村人を鎮魂する「熊害慰霊碑」を三渓(旧三毛別)の三渓神社に建立した。また春義の息子・高義も同じくハンターとなり、1980年には、父・春義も追跡していた体重500kgという大ヒグマ「北海太郎」を8年がかりの追跡の末に仕留めている。さらにその5年後には、他のハンターと2人で、体重350kgの熊「渓谷の次郎」も仕留めている。

.