ギフト
【ジョヴァンニ・リビシ】
Giovanni Ribisi
アメリカ合衆国の俳優。カリフォルニア州ロサンゼルス出身。

本名:Antonino Giovanni Ribisi
別名義:Vanni、Vonni
生年月日:1974年12月17日
出生地:カリフォルニア州ロサンゼルス
国籍:アメリカ合衆国
民族:シチリア系アメリカ人
職業:俳優
ジャンル:映画・テレビドラマ・PV
活動期間:1985年 -
配偶者:マライア・オブライエン(1997年 - 2001年)
アギネス・ディーン(2012年 - 2015年)
著名な家族:マリッサ・リビシ(双子の姉)
《主な作品》
『プライベート・ライアン』
『ヘヴン』
『アバター』
《来歴》
1974年、カリフォルニア州ロサンゼルスで生まれた。イタリア、ドイツ、イングランドの血を引く。母親は俳優のマネージャー兼作家で、父親はミュージック・バンドのキーボードを担当していた。
子役としてキャリアをスタートさせ、多数のテレビドラマに出演。かつてNHKでも放映された『素晴らしき日々』ではフレッド・サベージ演じる主人公ケヴィン・アーノルドの親友役での準レギュラーや『ブロッサム』のゲスト出演なども果たしている。
その後も着々とキャリアを重ねていき、徐々に映画への出演も増えていった。近年では、ビル・マーレイがアカデミー主演男優賞にノミネートされた『ロスト・イン・トランスレーション』で東京にやってきたフォトグラファーの役や、ジョニー・デップ主演の『パブリック・エネミーズ』、ジェームズ・キャメロン監督の大ヒット作品『アバター』など話題作に続々と顔を出している。
テレビドラマ『フレンズ』では、フィービー(リサ・クドロー)の弟を演じた。ちなみにプライベートの高校時代には友人であったイーサン・サプリーに役者となることを勧め、彼が俳優として活躍するきっかけも作っている。
《私生活》
1997年にマライア・オブライエンと結婚し、1児をもうけたが、2001年に離婚。2012年6月、モデルのアギネス・ディーンと結婚 。2015年1月に離婚した。
女優・脚本家である双子の姉マリッサは、歌手のベックの妻である。ジョヴァンニを含めた3人はサイエントロジストでもある。
《主な出演作品》
映画
年 邦題/原題 役名 備考
1993 しゃべりすぎた女
The Positively True Adventures of the Alleged Texas Cheerleader-Murdering Mom ピート テレビ映画
1995 アウトポスト
The Outpost スコット
1996 共犯者
The Grave ウェックス
すべてをあなたに
That Thing You Do! チャド
1997 ロスト・ハイウェイ
Lost Highway スティーヴ・V
ポストマン
The Postman バンディット20
1998 サム・ガール
Some Girl ジェイソン
エアジャック907
Alptraum im Airport 学生 テレビ映画
フェニックス
Phoenix ジョーイ
プライベート・ライアン
Saving Private Ryan アーウィン・ウエイド伍長
The Other Sister ダニエル
モッド・スクワッド
The Mod Squad ピート
2000 マネー・ゲーム
Boiler Room セス・デイヴィス
60セカンズ
Gone in Sixty Seconds キップ

The Gift バディ・コール

Shot in the Heart マイケル・ギルモア テレビ映画
2002 ヘヴン
Heaven フィリッポ
2003 ボブ・ディランの頭のなか
Masked and Anonymous
閉ざされた森
Basic リーヴァイ・ケンドル
ロスト・イン・トランスレーション
Lost in Translation ジョン
コールド マウンテン
Cold Mountain ジュニア
2004 リトル・イタリーの恋
Love's Brother アンジェロ・ドニーニ
スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー
Sky Captain and the World of Tomorrow デックス
フライト・オブ・フェニックス
Flight of the Phoenix エリオット

The Big White テッド・ウォーターズ
2006 狼の街
10th & Wolf ジョーイ

Perfect Stranger マイルズ
2009 ミドルメン/アダルト業界でネットを変えた男たち
Middle Men ウェイン
パブリック・エネミーズ
Public Enemies アルヴィン
アバター
Avatar パーカー・セルフリッジ
2011 ラム・ダイアリー
The Rum Diary モバーグ
2012 ハード・ラッシュ
Contraband ティム・ブリッグス

Ted ドニー
2013 L.A. ギャング ストーリー
Gangster Squad コンウェイ

A Million Ways to Die in the West エドワード
グローリー/明日への行進
Selma リー・C・ホワイト
2015 成果
Results ポール
ミッシング・サン
Meadowland ティム
テッド2
Ted 2 ドニー
パパ:ヘミングウェイの真実
Papa Hemingway in Cuba エド・マイヤーズ
2016 マッドタウン
The Bad Batch ボビー(スクリーマー)日本未公開
2018 A Million Little Pieces ジョン
2022 アバター:ウェイ・オブ・ウォーター
Avatar: The Way of Water パーカー・セルフリッジ
2023 Strange Darling 声の出演(カメオ出演)兼撮影監督
2024 Horizon: An Aerican Saga - Chapter 2 ローランド・ベイリー
2025 アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ
Avatar: Fire and Ash パーカー・セルフリッジ ポストプロダクション
年 邦題/原題 役名 備考
1985 トワイライトゾーン
Twilight Zone テディ エピソード The Beacon/One Life, Furnished in Early Poverty
1991 ブロッサム
Blossom ミッチェル エピソード Blossom Blossoms
1992-1993 素晴らしき日々
The Wonder Years ジェフ 15エピソードに出演
1993 ザ・コミッシュ
The Commish ジョーイ 2エピソードに出演
1994 NYPDブルー
NYPD Blue ブルース・マッキー 2エピソードに出演
1995 Xファイル
The X-Files ダリン・ピーター・オズワルド 第3シーズン「D.P.O」
シカゴホープ
Chicago Hope マイケル エピソード Every Day a Little Death
1995-2003 フレンズ
Friends フランク・ブッフェ.Jr 9エピソードに出演
2005-2008 マイネーム・イズ・アール
My Name Is Earl ラルフ 6エピソードに出演
2008 アントラージュ★オレたちのハリウッド
Entourage ニック 2エピソードに出演
2010 メンフィス・ビート ~南部警察 人情派~
Memphis Beat ジーン・テンプラー 1エピソードに出演
2013 ファミリー・ガイ
Family Guy ランディ テレビアニメ、1エピソードに声の出演
2013-2014 オヤジ・アタック
Dads ワーナー・ウィットモア
2015-2019 スニーキー・ピート
Sneaky Pete マリウス・ジョシポヴィック(ピート・マーフィー) 主演、一部エピソードの監督
2022 ジ・オファー/ゴッドファーザーに賭けた男
The Offer ジョゼフ・コロンボ
2023 Waco: The Aftemath ミニシリーズ
.
The Last of the Mohicans
【ウェス・ステュディ】
Wes Studi
アメリカ合衆国オクラホマ州出身の俳優。純血のチェロキー族。ウェス・ステューディとも表記される。


本名:ウェス・ステュディ
Wes Studi
生年月日:1947年12月17日
出生地:アメリカ合衆国 オクラホマ州
民族:チェロキー族
職業:俳優
活動期間:1989年 -
《主な作品》
『アバター』
《人物像》
チェロキー族の両親をもつ純血のチェロキー族としてオクラホマ州に産まれる。オクラホマ州北部のCHILOCCOインディアン・スクールを卒業後に軍隊に入隊する。除隊後に大学へ入学、演技を学び始めた。ネイティブ・アメリカンの血を引いているため、出演している映画はネイティブ・アメリカン役が多いことで有名。
《キャリア》
1985年に舞台へ主演した際に、たまたま観に来ていたネブラスカを拠点にしていた映画会社の代表に見出され、その映画会社製作の教育映画に出演した。
1989年には出演した『パウワウ・ハイウェイ』のバフ役で一躍注目を集め、90年には『ダンス・ウィズ・ウルブズ』のポニー族の最強の戦士役に大抜擢される。
1992年に『ラスト・オブ・モヒカン』のヒューロン族のマグア役を演じ、シカゴ映画批評家協会賞モースト・プロミシング・アクター賞を受賞した。

俳優業のほかに石像彫刻家や作家の顔をもっており、児童書を2冊出版している。
《主な出演作品》
映画
公開年 邦題
原題 役名 日本公開年 備考
1989 パウワウ・ハイウェイ
Powwow Highway バフ 日本未公開
1990 ダンス・ウィズ・ウルブズ
Dances with Wolves ポニー族の戦士
1991 ラスト・オブ・モヒカン
The Last of the Mohicans マグア
1992 ドアーズ
The Doors 荒野のインディアン
1993 ジェロニモ
Geronimo: An American Legend ジェロニモ
ブロークン・チェーン
The Broken Chain セス/チーフ/部族の議長 TV映画
1994 Wolfridge ? 日本未公開
ストリート・ファイター
Street Fighter ヴィクター・サガット 1995年公開
1995 Lone Justice 2 ? 日本未公開
ヒート
Heat カザルス刑事 1996年公開

1996 Lone Justice 3 ? 日本未公開
1997 推定殺人者
The Killing Jar Cameron 日本未公開
1998 Wind River ポカテロ 日本未公開
ザ・グリード
Deep Rising ハノーヴァー

Soundman テリー・レオナルド 日本未公開
1999 ミステリー・メン
Mystery Men スフィンクス 日本未公開
2001 アイス・プラネット
Ice Planet トレーガー指揮官 日本未公開
Christmas in the Clouds 訪問者ビンゴ 日本未公開
Road to Redemption フランク・ライトフット
2002 Superfire ジョー・ナイトトレイル TV映画
デッドロック
Undisputed ミンゴ・ペイス
Skinwalkers ジョー・リーフォーン中尉 日本未公開
2003 The Ugly One 父親マイク 日本未公開
ローン・レンジャー 復讐のガンマン
The Lone Ranger ? TV映画
Coyote Waits ジョー・リーフォーン TV映画
エッジ・オブ・アメリカ
Edge of America TV映画
2004 A Warrior in Two Worlds ナレーター TV番組
A Thief of Time ジョー・リーフォーン TV映画
2005 Miracle at Sage Creek チーフ・トーマス 日本未公開
ニュー・ワールド
The New World オペチャンカノク 2006年公開
2006 セラフィム・フォールズ
Seraphim Falls シャロン 日本未公開
2009 The Hunter's Moon チェロキー族のジャック 日本未公開
The Only Good Indian サム 日本未公開
アバター
Avatar エイトゥカン
Untitled Julesworks Film カイル・モーティマー博士(医者?)
2012 ロバート・デ・ニーロ エグザイル
Being Flynn 船長
2014 荒野はつらいよ ~アリゾナより愛をこめて~
A Million Ways to Die in the West コチース
2017 荒野の誓い
Hostiles イエロー・ホーク首長 2019年公開
テレビドラマ
公開年 邦題
原題 役名 日本放送年 備考
1988 The Trial of Standing Bear ? 日本未公開
1990 Sins of the Father Roller 日本未公開
The Flash Roller 日本未公開
1992 Mountain Men シェリフ・ベンソン 日本未公開
Highlander シェリフ・ベンソン 日本未公開
1993 The Smink Brothers ? 日本未公開
Ned Blessing: The Story of My Life and Times ? 日本未公開
1994 Indian America: A Gift from the Past ナレーター TV番組
1995 500 Nations ? 日本未公開
1995 Streets of Laredo キカプー族追跡者 日本未公開
1996 Crazy Horse レッド・クラウド 日本未公開
1997 The Outrage ジェシー・レインバード 日本未公開
Promised Land ジェシー・レインバード 日本未公開
Perseverance スカー・ファイス ( 声優) 日本未公開
Adventures from the Book of Virtues スカー・ファイス 日本未公開
2002 Hunting Armando アルマンド・ウリベ 日本未公開
UC: Undercover アルマンド・ウリベ 日本未公開
2003 Edge of America ? 日本未公開
2004 Echoes from Juniper Canyon 祖父 日本未公開
2005 Into the West ブラック・ケトル 日本未公開
Animal ? 日本未公開
2006 Seraphim Falls カロン 日本未公開
2007 Cosmic Radio シェリフ・マイク・ナイトホース 日本未公開
Bury My Heart at Wounded Knee ワコバ 通称「ジャック・ウィルソン」 日本未公開
2008 Older Than America リチャード・トゥー・リバー 日本未公開
Comanche Moon バッファロー・ハンプ 日本未公開
El camino デイヴ 日本未公開
Three Priests ベン 日本未公開
2009 We Shall Remain マジョール・リッジ 日本未公開
The American Experience マジョール・リッジ 日本未公開
Call of the Wild ハッチャー 日本未公開
Kings ライナス・アブナー司令官 日本未公開
Saving Grace ? 日本未公開
21 and a Wake-Up ? 日本未公開
The Undying ウォスコ中尉 日本未公開
Palominas サム・ジョニングス 日本未公開
2010 The Hard Ride ブラック・コヨーテ 日本未公開
The Last Horseman ブラック・ホーク 日本未公開
.
Wes Studi
アメリカ合衆国オクラホマ州出身の俳優。純血のチェロキー族。ウェス・ステューディとも表記される。


本名:ウェス・ステュディ
Wes Studi
生年月日:1947年12月17日
出生地:アメリカ合衆国 オクラホマ州
民族:チェロキー族
職業:俳優
活動期間:1989年 -
《主な作品》
『アバター』
《人物像》
チェロキー族の両親をもつ純血のチェロキー族としてオクラホマ州に産まれる。オクラホマ州北部のCHILOCCOインディアン・スクールを卒業後に軍隊に入隊する。除隊後に大学へ入学、演技を学び始めた。ネイティブ・アメリカンの血を引いているため、出演している映画はネイティブ・アメリカン役が多いことで有名。
《キャリア》
1985年に舞台へ主演した際に、たまたま観に来ていたネブラスカを拠点にしていた映画会社の代表に見出され、その映画会社製作の教育映画に出演した。
1989年には出演した『パウワウ・ハイウェイ』のバフ役で一躍注目を集め、90年には『ダンス・ウィズ・ウルブズ』のポニー族の最強の戦士役に大抜擢される。
1992年に『ラスト・オブ・モヒカン』のヒューロン族のマグア役を演じ、シカゴ映画批評家協会賞モースト・プロミシング・アクター賞を受賞した。

俳優業のほかに石像彫刻家や作家の顔をもっており、児童書を2冊出版している。
《主な出演作品》
映画
公開年 邦題
原題 役名 日本公開年 備考
1989 パウワウ・ハイウェイ
Powwow Highway バフ 日本未公開
1990 ダンス・ウィズ・ウルブズ
Dances with Wolves ポニー族の戦士
1991 ラスト・オブ・モヒカン
The Last of the Mohicans マグア
1992 ドアーズ
The Doors 荒野のインディアン
1993 ジェロニモ
Geronimo: An American Legend ジェロニモ
ブロークン・チェーン
The Broken Chain セス/チーフ/部族の議長 TV映画
1994 Wolfridge ? 日本未公開
ストリート・ファイター
Street Fighter ヴィクター・サガット 1995年公開

1995 Lone Justice 2 ? 日本未公開
ヒート
Heat カザルス刑事 1996年公開


1996 Lone Justice 3 ? 日本未公開
1997 推定殺人者
The Killing Jar Cameron 日本未公開
1998 Wind River ポカテロ 日本未公開
ザ・グリード
Deep Rising ハノーヴァー


Soundman テリー・レオナルド 日本未公開
1999 ミステリー・メン
Mystery Men スフィンクス 日本未公開
2001 アイス・プラネット
Ice Planet トレーガー指揮官 日本未公開
Christmas in the Clouds 訪問者ビンゴ 日本未公開
Road to Redemption フランク・ライトフット
2002 Superfire ジョー・ナイトトレイル TV映画
デッドロック
Undisputed ミンゴ・ペイス
Skinwalkers ジョー・リーフォーン中尉 日本未公開
2003 The Ugly One 父親マイク 日本未公開
ローン・レンジャー 復讐のガンマン
The Lone Ranger ? TV映画
Coyote Waits ジョー・リーフォーン TV映画
エッジ・オブ・アメリカ
Edge of America TV映画
2004 A Warrior in Two Worlds ナレーター TV番組
A Thief of Time ジョー・リーフォーン TV映画
2005 Miracle at Sage Creek チーフ・トーマス 日本未公開
ニュー・ワールド
The New World オペチャンカノク 2006年公開
2006 セラフィム・フォールズ
Seraphim Falls シャロン 日本未公開
2009 The Hunter's Moon チェロキー族のジャック 日本未公開
The Only Good Indian サム 日本未公開
アバター
Avatar エイトゥカン
Untitled Julesworks Film カイル・モーティマー博士(医者?)
2012 ロバート・デ・ニーロ エグザイル
Being Flynn 船長
2014 荒野はつらいよ ~アリゾナより愛をこめて~
A Million Ways to Die in the West コチース
2017 荒野の誓い
Hostiles イエロー・ホーク首長 2019年公開
2019 ベラのワンダフル・ホーム
A Dog's Way Home ミカ警部
テレビドラマ
公開年 邦題
原題 役名 日本放送年 備考
1988 The Trial of Standing Bear ? 日本未公開
1990 Sins of the Father Roller 日本未公開
The Flash Roller 日本未公開
1992 Mountain Men シェリフ・ベンソン 日本未公開
Highlander シェリフ・ベンソン 日本未公開
1993 The Smink Brothers ? 日本未公開
Ned Blessing: The Story of My Life and Times ? 日本未公開
1994 Indian America: A Gift from the Past ナレーター TV番組
1995 500 Nations ? 日本未公開
1995 Streets of Laredo キカプー族追跡者 日本未公開
1996 Crazy Horse レッド・クラウド 日本未公開
1997 The Outrage ジェシー・レインバード 日本未公開
Promised Land ジェシー・レインバード 日本未公開
Perseverance スカー・ファイス ( 声優) 日本未公開
Adventures from the Book of Virtues スカー・ファイス 日本未公開
2002 Hunting Armando アルマンド・ウリベ 日本未公開
UC: Undercover アルマンド・ウリベ 日本未公開
2003 Edge of America ? 日本未公開
2004 Echoes from Juniper Canyon 祖父 日本未公開
2005 Into the West ブラック・ケトル 日本未公開
Animal ? 日本未公開
2006 Seraphim Falls カロン 日本未公開
2007 Cosmic Radio シェリフ・マイク・ナイトホース 日本未公開
Bury My Heart at Wounded Knee ワコバ 通称「ジャック・ウィルソン」 日本未公開
2008 Older Than America リチャード・トゥー・リバー 日本未公開
Comanche Moon バッファロー・ハンプ 日本未公開
El camino デイヴ 日本未公開
Three Priests ベン 日本未公開
2009 We Shall Remain マジョール・リッジ 日本未公開
The American Experience マジョール・リッジ 日本未公開
Call of the Wild ハッチャー 日本未公開
Kings ライナス・アブナー司令官 日本未公開
Saving Grace ? 日本未公開
21 and a Wake-Up ? 日本未公開
The Undying ウォスコ中尉 日本未公開
Palominas サム・ジョニングス 日本未公開
2010 The Hard Ride ブラック・コヨーテ 日本未公開
The Last Horseman ブラック・ホーク 日本未公開
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白い死神
【シモ・ヘイヘ】

(1940年撮影。顎に戦傷の跡が残っている)
渾名:白い死神
生誕:1905年12月17日
フィンランド大公国
ヴィープリ州 ラウトヤルヴィ
死没:2002年4月1日(96歳没)
フィンランド 南スオミ州
南カルヤラ県 ルオコラハティ
所属組織:フィンランド国防陸軍
軍歴:1925 - 1940
最終階級:少尉
除隊後:猟師兼猟犬の繁殖家
現在のロシアとの国境近くに位置する小さな町ラウトヤルヴィで生まれる。軍人になる前は猟師兼農民として働いていた。20歳の頃に民兵組織「白衛軍」に加入。射撃の大会にもたびたび参加し、彼の家にはその腕前によって得た多くのトロフィーが飾られていた。
1925年、15ヶ月の兵役義務によりフィンランド国防陸軍入隊。新兵訓練期間を第1自転車大隊で、下士官学校を経て兵長となり、残りの任期を第2自転車大隊で過ごす。兵役期間後は予備役となり、民間防衛隊に入隊する。
1939年から1940年にかけて起こった冬戦争では、予備役兵長として招集され、フィンランド国防陸軍第12師団第34連隊第6中隊(通称カワウ中隊)に配属され、故郷の町に近いコッラー川の周辺での防衛任務に就いた。
同第6中隊の指揮官は、フランス外国人部隊勤務経験を持ち「モロッコの恐怖」と綽名されたアールネ・ユーティライネン中尉。ユーティライネン中尉は、民間防衛隊での射撃成績等から判断し、ヘイヘを特定の小隊に配属せず、最も能力を有効に発揮できる狙撃兵の任務を与えた。
平均気温-20℃から-40℃という酷寒の中で、純白のギリースーツに身を包んで狙撃を行い、その活躍によって赤軍兵士から“白い死神”("Белая Смерть"(ベーラヤ・スメルチ、フィンランド語では"Valkoinen Kuolema"))や“災いなす者”などとあだ名された。
冬戦争中のコッラーの戦いにおける丘陵地を巡る戦闘では、ヘイヘを含むフィンランド軍32人が4000人の赤軍を迎撃、拠点防衛に成功し、この丘陵地は“殺戮の丘”と呼ばれた。フィンランド軍は終戦までコッラー河付近の領土を守り抜き、この戦果は後に“コッラーの奇跡”と称されるようになった。
冬戦争参戦時の狙撃においては、フィンランドが独立後、旧宗主国のロシア帝国が開発したモシン・ナガンM1891を土台に改良したモシン・ナガンM28を使用していた。ヘイヘは身長約152cmと小柄であったが、120cm以上あるこの銃を手足のように自由に扱ったと言われる。後にその活躍から、サコ社によって調整された特製のモシン・ナガンを与えられている。
モシン・ナガンには3.5倍から4倍の倍率を持ったスコープが装着できたが、ヘイヘはスコープを使用せず、銃身に付いた鉄製の照星と照門のみで狙撃を行った。これは、猟師時代からの射撃姿勢への慣れと装備の軽量化に加え、スコープのレンズによる光の反射で位置を悟られるのを嫌ったことによる。ヘイヘの使用したモシン・ナガンのうちの1丁は現在もフィンランド国立軍事博物館に展示されている。
狙撃の技術は入隊前に営んでいたケワタガモ猟で培われたものと言われ、これは元猟師だった赤軍のヴァシリ・ザイツェフや、アボリジニーの猟師出身者が多い現代のオーストラリア陸軍SAS狙撃兵などの経歴と共通する。
ヘイヘの狙撃は連続的な射撃と精度を両立していたと言われ、狙撃訓練課程では150mの距離から1分間に16発の射的に成功したという逸話が残されている。実戦でも、300m以内ならほぼ確実に敵兵の頭部を狙撃したという。
公式確認戦果の542人は世界最多記録として知られるが、このなかには狙撃銃以外の火器による殺害数は含まれていない。サブマシンガンの名手でもあり、“殺戮の丘”の戦闘ではKP31サブマシンガンを用いて、記録では200人以上、非公式なものを含めれば狙撃で殺害した542人よりも多くの敵兵士を殺害したと言われている。これらの記録は戦争開始から負傷するまでの約100日間のうちに残されており、1939年のクリスマス直前の12月21日だけでも25人の赤軍兵士を殺害し、クリスマスの夜には通算殺害数が138人に達していたという。
重大な脅威であるヘイヘを排除するべく、赤軍は大砲による攻撃やカウンタースナイパーの配置などの対策を講じた。1940年3月6日に起きた戦闘で赤軍兵士の銃撃により顎を撃ち抜かれる重傷を負う。意識不明の状態で友軍に救出された際、ヘイヘを収容した兵士が「彼の頭は半分なくなっていた」と述べるほど深い傷だったが、一命はとりとめた。戦傷から1週間後の3月13日に意識を回復したが、その時は既にモスクワで講和条約が締結され冬戦争が終結していた。また、傷が癒えた後も顎には生涯消えない傷痕が残った。
終戦後、グスタフ・マンネルヘイム元帥と面会し、第一級自由十字褒章とコッラー十字章を受勲。さらに、兵長から少尉へと5階級もの特進を果たした。その後は戦場に出ることはなく、猟師兼猟犬の繁殖家として余生を過ごした。猟師としてはヘラジカを対象にし、第8代フィンランド大統領であるウルホ・ケッコネンと一緒に狩りを楽しんだこともあった。
1998年にインタビューを受けて、狙撃の秘訣を聞かれた際、ただ一言「習熟だ」と答えた。また、多くの人間の命を奪ったことについて後悔の念はないかと問われて、「やれと言われたことを、可能なかぎり実行したまでだ」と述べている。
2002年4月1日、かつて自らが守ったロシアとの国境線近くの町、ルオコラハティにて、96歳でこの世を去った。死後の2004年、フィンランド国営放送が発表した「最も偉大なフィンランド人」ランキングにて視聴者による投票の結果、第74位(全体第1位のマンネルヘイム、全体52位のラウリ・アラン・トルニに次いで軍人としては3位)に選定された。
.
1905年12月17日 - 2002年4月1日)は、フィンランドの軍人。フィンランドとソビエト連邦の間で起こった冬戦争では、ソビエト赤軍から“白い死神”(белая смерть)と呼ばれ、恐れられた。スナイパーとして史上最多の確認戦果542名射殺の記録を残している。愛称は「銃撃王」「シムナ」。フィンランド現地語の発音にあわせる場合、シモ・ハユハ、もしくはシモ・ハウハと表記するのが近い。

渾名:白い死神
生誕:1905年12月17日
フィンランド大公国
ヴィープリ州 ラウトヤルヴィ
死没:2002年4月1日(96歳没)
フィンランド 南スオミ州
南カルヤラ県 ルオコラハティ
所属組織:フィンランド国防陸軍
軍歴:1925 - 1940
最終階級:少尉
除隊後:猟師兼猟犬の繁殖家
現在のロシアとの国境近くに位置する小さな町ラウトヤルヴィで生まれる。軍人になる前は猟師兼農民として働いていた。20歳の頃に民兵組織「白衛軍」に加入。射撃の大会にもたびたび参加し、彼の家にはその腕前によって得た多くのトロフィーが飾られていた。
1925年、15ヶ月の兵役義務によりフィンランド国防陸軍入隊。新兵訓練期間を第1自転車大隊で、下士官学校を経て兵長となり、残りの任期を第2自転車大隊で過ごす。兵役期間後は予備役となり、民間防衛隊に入隊する。
1939年から1940年にかけて起こった冬戦争では、予備役兵長として招集され、フィンランド国防陸軍第12師団第34連隊第6中隊(通称カワウ中隊)に配属され、故郷の町に近いコッラー川の周辺での防衛任務に就いた。
同第6中隊の指揮官は、フランス外国人部隊勤務経験を持ち「モロッコの恐怖」と綽名されたアールネ・ユーティライネン中尉。ユーティライネン中尉は、民間防衛隊での射撃成績等から判断し、ヘイヘを特定の小隊に配属せず、最も能力を有効に発揮できる狙撃兵の任務を与えた。
平均気温-20℃から-40℃という酷寒の中で、純白のギリースーツに身を包んで狙撃を行い、その活躍によって赤軍兵士から“白い死神”("Белая Смерть"(ベーラヤ・スメルチ、フィンランド語では"Valkoinen Kuolema"))や“災いなす者”などとあだ名された。
冬戦争中のコッラーの戦いにおける丘陵地を巡る戦闘では、ヘイヘを含むフィンランド軍32人が4000人の赤軍を迎撃、拠点防衛に成功し、この丘陵地は“殺戮の丘”と呼ばれた。フィンランド軍は終戦までコッラー河付近の領土を守り抜き、この戦果は後に“コッラーの奇跡”と称されるようになった。
冬戦争参戦時の狙撃においては、フィンランドが独立後、旧宗主国のロシア帝国が開発したモシン・ナガンM1891を土台に改良したモシン・ナガンM28を使用していた。ヘイヘは身長約152cmと小柄であったが、120cm以上あるこの銃を手足のように自由に扱ったと言われる。後にその活躍から、サコ社によって調整された特製のモシン・ナガンを与えられている。
モシン・ナガンには3.5倍から4倍の倍率を持ったスコープが装着できたが、ヘイヘはスコープを使用せず、銃身に付いた鉄製の照星と照門のみで狙撃を行った。これは、猟師時代からの射撃姿勢への慣れと装備の軽量化に加え、スコープのレンズによる光の反射で位置を悟られるのを嫌ったことによる。ヘイヘの使用したモシン・ナガンのうちの1丁は現在もフィンランド国立軍事博物館に展示されている。
狙撃の技術は入隊前に営んでいたケワタガモ猟で培われたものと言われ、これは元猟師だった赤軍のヴァシリ・ザイツェフや、アボリジニーの猟師出身者が多い現代のオーストラリア陸軍SAS狙撃兵などの経歴と共通する。
ヘイヘの狙撃は連続的な射撃と精度を両立していたと言われ、狙撃訓練課程では150mの距離から1分間に16発の射的に成功したという逸話が残されている。実戦でも、300m以内ならほぼ確実に敵兵の頭部を狙撃したという。
公式確認戦果の542人は世界最多記録として知られるが、このなかには狙撃銃以外の火器による殺害数は含まれていない。サブマシンガンの名手でもあり、“殺戮の丘”の戦闘ではKP31サブマシンガンを用いて、記録では200人以上、非公式なものを含めれば狙撃で殺害した542人よりも多くの敵兵士を殺害したと言われている。これらの記録は戦争開始から負傷するまでの約100日間のうちに残されており、1939年のクリスマス直前の12月21日だけでも25人の赤軍兵士を殺害し、クリスマスの夜には通算殺害数が138人に達していたという。
重大な脅威であるヘイヘを排除するべく、赤軍は大砲による攻撃やカウンタースナイパーの配置などの対策を講じた。1940年3月6日に起きた戦闘で赤軍兵士の銃撃により顎を撃ち抜かれる重傷を負う。意識不明の状態で友軍に救出された際、ヘイヘを収容した兵士が「彼の頭は半分なくなっていた」と述べるほど深い傷だったが、一命はとりとめた。戦傷から1週間後の3月13日に意識を回復したが、その時は既にモスクワで講和条約が締結され冬戦争が終結していた。また、傷が癒えた後も顎には生涯消えない傷痕が残った。
終戦後、グスタフ・マンネルヘイム元帥と面会し、第一級自由十字褒章とコッラー十字章を受勲。さらに、兵長から少尉へと5階級もの特進を果たした。その後は戦場に出ることはなく、猟師兼猟犬の繁殖家として余生を過ごした。猟師としてはヘラジカを対象にし、第8代フィンランド大統領であるウルホ・ケッコネンと一緒に狩りを楽しんだこともあった。
1998年にインタビューを受けて、狙撃の秘訣を聞かれた際、ただ一言「習熟だ」と答えた。また、多くの人間の命を奪ったことについて後悔の念はないかと問われて、「やれと言われたことを、可能なかぎり実行したまでだ」と述べている。
2002年4月1日、かつて自らが守ったロシアとの国境線近くの町、ルオコラハティにて、96歳でこの世を去った。死後の2004年、フィンランド国営放送が発表した「最も偉大なフィンランド人」ランキングにて視聴者による投票の結果、第74位(全体第1位のマンネルヘイム、全体52位のラウリ・アラン・トルニに次いで軍人としては3位)に選定された。
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