"Because it's there." | hiroチャンのブログ

"Because it's there."


1999年
エベレストでジョージ・マロリーの遺体が発見される。死後75年にわたって謎に包まれていたが、1999年5月1日に国際探索隊によって遺体が発見された。

【ジョージ・マロリー】
ジョージ・ハーバート・リー・マロリー
George Herbert Leigh Mallory
イギリスの登山家。



生誕:1886年6月18日
イングランド、チェシャー
死没:1924年6月8日?(37歳没)
エベレスト北壁
出身校:ケンブリッジ大学モードリン・カレッジ
職業:登山家、教師
配偶者:ルース・ターナー



1920年代にイギリスが国威発揚をかけた3度のエベレスト遠征隊に参加。1924年6月の第3次遠征において、マロリーはパートナーのアンドリュー・アーヴィンと共に頂上を目指したが、北東稜の上部、頂上付近で行方不明となった。マロリーの最期は、死後75年にわたって謎に包まれていたが、1999年5月1日に国際探索隊によって遺体が発見された。以来、マロリーが世界初の登頂を果たしたか否かは、未だに論議を呼んでいる。

マロリーが「なぜ、あなたはエベレストに登りたいのか?」 "Why did you want to climb Mount Everest?"と問われて「そこにエベレストがあるから」 "Because it's there." と答えたという逸話は有名であるが、日本語では、しばしば「そこに山があるから」と意訳されて流布している。

マロリーに関する手掛かりは意外なところから得られた。1979年、日本偵察隊メンバーだった長谷川良典が協力していた中国人クライマーの王洪宝(Wang Hung-bao )から1975年に標高8,100m付近でイギリス人の遺体を見たという証言を得た。1999年に入って英国放送協会とアメリカのテレビ局WGBH製作のドキュメンタリーシリーズ「NOVA」が共同で企画したマロリー捜索隊が組織され、エリック・サイモンスン(Eric Simonson )をリーダーに、山岳史家でマロリーに詳しいヨッヘン・ヘムレブ(Jochen Hemmleb )らをメンバーに加えてエベレストに向かった。一行の1人コンラッド・アンカーは5月1日に、頂上付近の北壁でうつ伏せになった古い遺体を発見、状況的に滑落して死んだものと推定した。一行は初め、漠然とアーヴィンの遺体ではないかと考えたが、所持品からマロリーの遺体であることがわかり仰天した。ヘムレブは遺品にカメラ(ヴェスト・ポケット・コダックのモデルB)があればマロリーが登頂したか否かという歴史的疑問が解かれると考えたが、なぜかカメラはみつからなかった。一行はマロリーの遺体を囲んで聖公会式の葬儀を行い、露出していた遺体に土をかけた。

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