その猫、名はコクーン | hiroチャンのブログ

その猫、名はコクーン


【ジャン・コクトー】
Jean Cocteau




(シャム猫のコクーン)
『私が猫好きなのは、家で過ごす方が好きだからだ。
そして(飼っているうちに)次第に、猫が家の一部に思えてくる。』



芸術家は猫好きが多いのか・・・。



フランスの芸術家。詩人、小説家、劇作家、評論家として著名であるだけでなく、画家、映画監督、脚本家としての活動も行った。自身は中でも詩人と呼ばれることを望んだという。
誕生:1889年7月5日
フランス共和国 イヴリーヌ県メゾン=ラフィット
死没:1963年10月11日(満74歳没)
フランス エソンヌ県ミリィラ・フォレ
職業:詩人、小説家、劇作家、評論家、画家、映画監督、脚本家
国籍:フランス

フランスのパリ近郊の小さな町であるメゾン=ラフィットでクレマン・ウジェーヌ・ジャン・モリス・コクトーとして生まれる。当時12歳の姉マルト、当時8歳の兄ポールに次いで生まれた末っ子である。父ジョルジュは絵を描く趣味があった。
1898年、父ジョルジュがピストル自殺。中学校時代には図工の成績はよかった。同級生のピエール・ダルジュロスは小説『恐るべき子供たち』のダルジュロスのモデルとも言われる。高校生時代には、学業には力を入れず、マルセル・プルーストらと出会うなど文学に没頭するが、大学受験に失敗し、進学を断念する。
1909年、自費にて最初の詩集『アラディンのランプ』を発表する。ニジンスキーに出会うなど、バレエ関連の人脈も増える。ここから広がるバレエ人脈の中でも、ディアギレフのバレエ団バレエ・リュスを通じて、ココ・シャネルをはじめ多くの人と出会うこととなる。1911年、ストラヴィンスキーにも出会う。
1915年、モディリアーニをはじめとするモンパルナスの画家との交流が始まる。同年、サティやピカソとも出会っている。
1917年、前年からピカソ、サティらと手がけたバレエ『パラード』初演。1918年、後に六人組と呼ばれる作曲家を集めたコンサートを開く。1920年、一時は興味も覚えていたダダに反対の立場を鮮明にする。同年、プーランクらとジャズ演奏会なども開いている。早熟の天才ラディゲと仕事を共にしていたが、1923年の彼の早すぎる死は、コクトーを悲嘆に暮れさせ、その後10年に渡り阿片に溺れる事になる。
1926年、シュルレアリスト達と激しく対立する。1929年、阿片の療養の中で小説『恐るべき子供たち』を執筆。1930年にかつてブニュエルの『黄金時代』などにも資金を出したド・ノアイユ子爵の資金で『詩人の血』を実質の初監督。1934年、演劇『地獄の機械』を初演。

1936年、日本を訪れ、相撲と歌舞伎に感心し、相撲を「バランスの芸術」と呼び、六代目尾上菊五郎に会って握手したが、その際、白粉が剥げないように気を遣ったため菊五郎を感心させている。この時観た鏡獅子が、後の『美女と野獣』のメイクに影響したという説もある。
日本に来て最初に衝撃を受けたのは、石けりをしている少女が地面にチョークで描いた円で、子供がこれほど正確で幾何学的な線を描く国は他にはない、と驚きを述べている。

1940年、エディット・ピアフのための演劇『Le Bel Indifferent』。この年に阿片から足を洗っている。
1945年、代表的映画作品『美女と野獣』を監督。1955年、アカデミー・フランセーズ、ベルギー王立アカデミーの会員に選出された。
1960年、アンドレ・ブルトンの反対を受けながらも「詩人の王」に選ばれる。
1963年10月11日、歌手のエディット・ピアフが癌により死去。彼女のファンであり親友でもあったコクトーはそれを知って多大なショックを受け、その日の夜就寝中に心臓発作を起こし急死。あたかもピアフを追いかけるように亡くなってしまった。二人とも没年月日は同じである。
主な作品
『ジャン・コクトー全集』(全8巻、東京創元社、1980-1987年)『詩集I』『詩集II』『小説』『評論I』『評論II』『評論III』『戯曲』
『映画シナリオ ほか』。※未収録の訳書、新訳版もある。
詩集
『アラジンのランプ』La Lampe d'Aladin,1909年
『浮かれ王子』Le Prince Frivole,1910年
『ソフォクレスの踊り』La Danse de Sophocle,1912年
『ピカソへの頌歌』Ode・Picasso,1919年
『喜望峰』Le Cap de Bonne-Esp・rance,1919年
『寄港地』Escale,1920年
『ポエジー』Po・sies(1917-1920),1920年
『用語集』Vocabulaire,1922年
『フランソワの薔薇』La Rose de Fran・ois,1923年
『平調曲』Plain-Chant,1923年
『天使ウルトビーズ』L'Ange Heurtebise,1926年
『オペラ』Op・ra,1927年
『神話』Mythologie,1934年
『謎』・nigmes,1939年
『寓意』All・gories,1941年
『レオーヌ』L・one,1945年
『はりつけ』La Crucifixion,1946年
『数字7』Le Chiffre Sept,1952年
『幽明抄』Clair-Obscur,1954年
『パラプロゾディ』Paraprosodies,1958年
『不死鳥のスペイン風儀典書』C・r・monial Espagnol du Ph・nix,1961年
『鎮魂歌』Le Requiem,1962年
『コクトー詩集』
小説
『ポトマック』Le Potomak,1919年
『大胯びらき』Le Grand ・cart,1923年
『山師トマ』Thomas l'Imposteur,1923年
『白書』Le Livre Blanc,1928年
『恐るべき子供たち』Les Enfants Terribles,1929年
『ポトマックの最後』La Fin du Potomak,1940年
戯曲
『エッフェル塔の花嫁花婿』Les Mari・s de la Tour Eiffel,1921年
『アンティゴネ』Antigone,1922年
『ロミオとジュリエット』Rom・o et Juliette, 1924年
『オルフェ』Orph・e,1926年
『哀れな水夫』Le Pauvre Matelot,1927年
『人間の声』La Voix humaine,1930年
『地獄の機械』La Machine Infernale,1934年
『未亡人学校』L'・cole des Veuves,1936年
『オイディプース王』・dipe-Roi,1937年
『円卓の騎士』Les Chevaliers de la Table Ronde,1937年
『恐るべき親たち』Les Parents Terribles,1938年
『聖なる怪物』Les Monstres Sacr・s,1940年
『タイプライター』La Machine ・ ・crire,1941年
『ルノーとアルミード』Renaud et Armide,1943年
『双頭の鷲』L'Aigle・Deux T・tes,1946年
『バッカス』Bacchus,1952年
『パレ=ロワイヤル即興劇』L'Impromptu du Palais-Royal,1962年
『ベスト・オブ・コクトー』
評論
『雄鶏とアルルカン』Le Coq et l'Arlequin,1918年
『白紙』Carte Blanche,1920年
『職業の秘密』Le Secret Professionnel,1922年
『無秩序と考えられた秩序について』Le Rappel・l'Ordre,1926年
『ジャック・マリタンへの手紙』Lettre・Jacques Maritain,1926年
『阿片』Opium,1930年
『僕の初旅』Mon Premier voyage,1937年
『グレコの神話』Le Greco,1943年
『美女と野獣』La Belle et la B・te,1946年
『存在困難』La Difficult・ d'・tre,1947年
『ぼく自身あるいは困難な存在』
『アメリカ人への手紙』Lettres aux Am・ricains,1949年
『知られざる者の日記』Journal d'un Inconnu,1953年
『一詩人の歩み』D・marche d'un Po・te,1953年
『アカデミー・フランセーズ入会演説』Discours de R・ception・l'Acad・mie Fran・aise,1955年
『オックスフォード大学講演』Discours d'Oxford, 1956年
『臍帯』Le Cordon Ombilical,1962年
『美と王妃たち』
映画
『詩人の血』Le Sang d'un po・te(1932年)監督・脚本
『悲恋』L'・ternel retour(1943年)原作・脚本
『ブローニュの森の貴婦人たち』Les dames du Bois de Boulogne(1944年)台詞
『美女と野獣』La Belle et la b・te(1946年)監督・脚本
『美女と野獣』シナリオ
『ルイ・ブラス』Ruy Blas(1948年)脚本(ヴィクトル・ユゴー原作)
『アモーレ』L'amore(1948年)原作
『双頭の鷲』L'Aigle ・ Deux T・tes(1948年)監督・脚本・原作
『恐るべき親達』Les Parents terribles(1948年)監督・脚本・原作
『オルフェ』Orph・e(1950年)監督・脚本・原作
『恐るべき子供たち』Les Enfants Terribles(1950年)原作・脚本
『サント・ソスピール荘』 La Villa Santo-Sospir(1952年)監督
『オルフェの遺言 ―私に何故と問い給うな―』 Le testament d'Orph・e, ou ne me demandez pas pourquoi!(1960年)監督・脚本・出演
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