Ocean's Eleven  | hiroチャンのブログ

Ocean's Eleven 


George Timothy Clooney ー2ー



ブレイク: 1994年 - 99年
32歳のとき、NBCのテレビドラマ『ER緊急救命室』のオーディションを受ける。これで芽が出なければケンタッキーへ戻ろうと決めており、ズボンのポケットにケンタッキー行きの長距離バスのチケットを忍ばせていた。合格したクルーニーはダグ・ロス医師役を務め、アンソニー・エドワーズ、ジュリアナ・マルグリーズ、ノア・ワイリーらと共演した。クルーニーは同番組に第1シーズンから第5シーズン(1994年 - 1999年)までレギュラー出演した。2000年に第6シーズンでも1話のみカメオ出演し、そして2009年に最終第15シーズン第19話で9年ぶりのゲスト出演を果たした。クルーニーはこの番組での演技により1995年と1996年にエミー賞のドラマシリーズ主演男優賞にノミネートされた。またゴールデングローブ賞のテレビシリーズ主演男優賞(ドラマ部門)には1995年から1997年まで3年連続でノミネートされた。

『ER緊急救命室』と同時期には映画出演も本格化した。ロバート・ロドリゲス監督の『フロム・ダスク・ティル・ドーン』(1996年)はクルーニーにとって初めてのメジャーなハリウッド作品出演であった。続いてミシェル・ファイファーと共演した『素晴らしき日』(1996年)、ニコール・キッドマンと共演した『ピースメーカー』(1997年)が成功。さらにジョエル・シュマッカー監督の『バットマン & ロビン Mr.フリーズの逆襲』(1997年)ではバットマン役を務めるが、批評家には酷評され、クルーニー自身も後に「あの映画はお気づきのように全然上手くいかなかった」と振り返っている。1998年にはジェニファー・ロペスと『アウト・オブ・サイト』で共演。

成功後: 2000年 - 現在
ジョージ・クルーニーは2007年にグローマンズ・チャイニーズ・シアターに手形と足跡を残す。
『ER緊急救命室』のレギュラー出演を終えた後、出演映画『パーフェクト ストーム』(2000年)、『オー・ブラザー!』(2000年)が商業的に成功した。2001年には『オーシャンと十一人の仲間』(1960年)をリメイクした『オーシャンズ11』で再びソダーバーグと組む。同作の興行収入は全世界で4億5000万ドルに達し、2012年まででクルーニーの出演作で最大のヒット作となる。続編の『オーシャンズ12』(2004年)、『オーシャンズ13』(2007年)でも主演を務めた。





2001年、クルーニーとソダーバーグはグラント・ヘスロヴと共にセクション・エイト・プロダクションズを設立した。2002年にはチャック・バリスの自伝を原作とした『コンフェッション』で監督デビューを果たす。興行的には成功しなかったが、批評家には高く評価される。

2005年、元中央情報局職員のロバート・ベアの回顧録に基づく映画『シリアナ』に主演。撮影中にクルーニーは事故に遭い、脊髄損傷を起こした。また同年にはジョセフ・マッカーシーと論争を巻き起こした1950年代のテレビジャーナリストのエドワード・R・マローを描く『グッドナイト&グッドラック』を監督、脚本した。クルーニーは『グッドナイト&グッドラック』により第78回アカデミー賞の監督賞と脚本賞、『シリアナ』により助演男優賞にノミネートされ、そして助演男優賞で受賞を果たした。

2006年にクルーニーはソダーバーグが監督したフィルム・ノワール『さらば、ベルリン』に出演した。同年8月、クルーニーとヘズロウは新たにスモークハウス・ピクチャーズを設立した。10月にクルーニーはエンターテインメント業界への貢献者に贈られるAmerican Cinematheque Awardを受賞した。

2008年1月22日、クルーニーは『フィクサー』(2007年)により第80回アカデミー賞で主演男優賞にノミネートされた。



2008年4月には監督3作目『かけひきは、恋のはじまり』が公開された。同時期に『バラエティ』誌はクルーニーが同映画の脚本執筆において「2場面を除く全て」で貢献したにもかかわらず脚本家としてクレジットされなかったことを巡って全米脚本家組合と対立していることを報じた。最終的にクルーニーの訴えは通らず、そして彼は組合を脱退した。

2009年11月、ユアン・マクレガーとケヴィン・スペイシーと共演し、ヘズロウが監督した『ヤギと男と男と壁と』が公開された。また同時期にはクルーニーが声優を務めたウェス・アンダーソン監督のアニメーション映画『ファンタスティック Mr.FOX』が公開された。さらに同年12月、クルーニーの主演作でジェイソン・ライトマン監督作である『マイレージ、マイライフ』が公開された。クルーニーはこれにより第82回アカデミー賞で主演男優賞にノミネートされた。

2011年、クルーニーはクリエイティヴ・アーティスツ・エージェンシーの共同経営者であるウライアン・ロードと契約した。同年にはアレクサンダー・ペイン監督の『ファミリー・ツリー』にマット・キング役で主演した。クルーニーは同作により第69回ゴールデングローブ賞主演男優賞(ドラマ部門)を受賞し、第84回アカデミー賞で3度目となる主演男優賞候補となった。また同年には出演の他に監督・製作・脚本を兼任した『スーパー・チューズデー ~正義を売った日~』も公開され、こちらではアカデミー脚色賞にノミネートされた。

2012年にはベン・アフレック監督の『アルゴ』を製作し、アフレック、ヘズロウと共に第85回アカデミー賞作品賞を受賞した。





《政治的言動》
2008年と2012年アメリカ合衆国大統領選挙ではバラク・オバマのキャンペーンに協力した。またゲイの権利を支持している。

《人道的活動》
クルーニーはブラッド・ピット、マット・デイモン、ドン・チードル、デヴィッド・プレスマン、ジェリー・ワイントローブと共に大量虐殺を阻止するためのチャリティー団体であるNot On Our Watch Projectに参加している。

2009年2月、クルーニーは『ニューヨーク・タイムズ』のコラムニストのニコラス・クリストフと共にチャドのゴズベイダを訪れた。
2010年1月、『Hope for Haiti Now』を開催し、ハイチ地震被災者への寄付を募った。

2012年3月、クルーニーはダスティン・ランス・ブラック脚本による同性結婚を禁止した条例を巡る裁判劇『'8'』にマーティン・シーン、ブラッド・ピットらと出演した。同作はAmerican Foundation for Equal Rightsの資金集めのためにWilshire Ebell Theatreで限定上演され、またYouTubeでも放送された。2012年9月、クルーニーはGLSEN(ゲイ・レズビアン・ストレートのための教育ネットワーク)への寄付金確保のため、自身と食事する権利をオークションにかけた。

《ダルフール問題への取り組み》
クルーニーはダルフール紛争解決を主張している。
クルーニーはワシントンD.C.で行われた2006年のセーブ・ダルフール・コアリションで公演した。同年4月。ダルフール難民の現状を捉えたテレビスペシャル『A Journey to Darfur』の製作のためにクルーニーは父と共にチャドとスーダンで10日間過ごした。このドキュメンタリーはアメリカ合衆国のケールブルテレビの他、イギリスやフランスでも放送された。2008年にはDVDが発売され、売上はInternational Rescue Committeeに寄付された。同年9月、彼は紛争の解決策を見つけ、ダルフールの人々を救済するためにノーベル平和賞受賞者のエリ・ヴィーゼルと共に国連安全保障理事会を訪れた。12月、クルーニーはドン・チードルらと共にエジプトと中国を訪れ、両政府にスーダンへの圧力を求めた。
2007年3月25日、クルーニーはドイツのアンゲラ・メルケル首相に対し公開書簡を送り、欧州連合がスーダン大統領のオマル・アル=バシールに「断固たる行動」を取るように求めた。彼は2007年のドキュメンタリー『Sand and Sorrow』でナレーションと共同製作総指揮を務めた。また2007年11月公開のドキュメンタリー映画『Darfur Now』に出演し、ダルフール危機を止めるように世界中の人々に訴えた。2007年12月、クルーニーとドン・チードルはローマで開催されたサミットで平和賞を受賞した。2008年1月18日、国連はクルーニーを同月31日より平和大使に任命することを発表した。

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