みなさま、こんばんは。
布澤英介です。
先日の『多忙は言い訳』の続きです。
『時間を降ってくるものではなく、創り出すもの』
ここで終わりましたね。
『忙しくて出来なかった』
『もっと時間があれば出来たのに』
よく耳にします。
このブログを書いている布澤も
以前は何度も言っていました。
最初の
『忙しくて出来なかった』ですが
裏を返せば
『忙しくなければ出来た』です。
ここで質問。
忙しくなくなるときは
いつ来ますか?
このご時世、みんな忙しいはずです。
産まれたばかりの赤ちゃんですら
生きることを精一杯全うしています。
忙しくない人なんていないのです。
運動を例に上げると
『忙しいから運動出来ない』
一方で
『忙しくても運動出来ている』
前者においては
『運動する』ための『動機』が弱く
考えていない自分を認めず
『忙しい』という一言で
自己正当化しているように感じます。
後者の人は
『忙しいけど、運動するためには、どう過ごしたらいいか』
といったことを考えたはずです。
つまり
『時間がない』というのは
『その物事をするための時間を作る努力をしない自分を自己正当化したもっともらしい言い訳』
だと感じます。
今回は、ここまで。
もう少し、続き、あります。
では、また。
布澤英介
