84歳の女性が初診外来に来院されました。かかりつけ患者さんではありません。病気を診断するには「何に困っているのか?」「いつからどういう経過をたどっているのか?」を知る必要があります。しかし病歴を聴こうとしてもどうも要領を得ません。

 

「喉が痛い」「咳がでる」「ふらつく」などの訴えがありますが、いつからどういう経過なのかをうまく説明してくれません。軽度の認知症があるのかもしれません。御家族が一緒ならご家族から病歴を知ることもできますが、この患者さんは一人で来院されました。

 

どうやら今回のこの症状で他院を3日前に受診されましたが「熱中症」「感冒」と診断されたということです。しかし症状の改善がないため当院に来院されました。

 

発熱はなく酸素飽和度も異常がありません。呼吸促拍もありません。咽頭の所見も異常がなく、聴診で呼吸音も異常がありません。

 

「一番困っている症状は何ですか?」と聞いてみました。「ふらつき」と答えます。

 

「咳」「咽頭痛」がメインなら感冒症状や気管支炎を考えますがそうではないようです。

 

ロンベルグ徴候では「体幹失調」はなく指鼻試験や膝かかと試験も問題ありません。

 

脳神経の診察や筋トーヌス、深部腱反射 眼振の評価など他覚的診察では異常がなく、表在覚や深部覚などの自覚的診察は本人の協力があって初めて正当に評価できるのですがどこまで正確に評価できているのか判断に迷います。音叉を用いたWeber試験やRinne試験で聴力障害を評価しましたがこちらも本人の自覚所見のため客観性に乏しく正確に評価できているか迷います。

 

さて「ふらつき」という訴えに対して院内を30mほど一緒に歩いてみました。実は外来診察室の中の診察だけではうまく評価できないことがあります。ロンベルグ徴候は異常がなかったのですが一緒に歩行すると10mほどで転倒しかけました。私が支えたので転倒しませんでしたが。微妙な筋力低下で足が上がっておらず平地でも躓いている可能性を考え頭部のCTを撮影したところ脳腫瘍が見つかりました。

 

最初のクリニックでは「咳」や「咽頭痛」という訴えに引っ張られて感冒による「ふらつき」と考えられたのかもしれません。患者さんの訴えを正確に評価するのはとても難しいです。特に高齢者では。

 

治療方針については脳神経外科のある病院へ紹介しました。