1月26日に考えたこと、感じたことを書いていこうと思います。
大切な人の前では理解力があり、優秀な人でいないといけないと
考えて、気を使ってしまう自分。
大切な人にに良く思われたい、認められたい
今まで出会って来た人より特別でいたいという感情から出てきているものだと思います。
良く思われたい、認められたいと思って、そう思われる時と
良いところも悪いところも含めて理解している自分の状態で
接して相手から、良く思われるのとでは
どちらの自分に今後なりたいのか考えてみました。
どちらの場合も、相手がどう思うかは操作できません。
相手に主導権があります。
しかし、自分の中の感情はどうでしょうか。
前者の場合は、自分はこんなに良く、優秀に、特別に見せようとして頑張ったのに
相手は受け入れくれない、認めてくれないと不満がつのります。
これは自分だけ頑張っている感じがあるために不満がつのるのかもしれません。
自分は頑張っているのに、相手は頑張った姿で応えてくれない不公平だと。
後者の場合は、現状のありのままの自分を見せれているので
受け入れてもらえなくても仕方ないと思えるかもしれません。
また、このままの自分より、より良くなるために
変わろうと一歩踏み出すかもしれません。
前者は、相手を原因にして、相手という変えられない部分ばかりを
捉えてしまいます。
しかし、後者は変えられる可能性がある自分に意識が向いています。
そのほうがよりポジティブではないでしょうか。
私は今までは前者のまま過ごしてきたのだと思います。
自分はこんなにも、ここまで手助けしてあげたのにだったり
交際していた相手が自分がしてあげたと思ったことに対して
相手の反応がイマイチだった場合、もやもやしていました。
その時は、相手のせいばかりにしていました。
だから、感情も後ろ向きだったと思います。
これからは、大切な人の前で特別に思われないといけない
優秀に思われないといけない等を考えずに
そのままの自分でいられるように、自分について理解を深めていきたいと思います。
また、理解を深めるうえで社会的な地位や能力ではなく、大切な人の話を聞く際
一人の人間として、どのような姿になりたいのか
とういうところも合わせて考えていきます。
私は、どんな人間になりたいのか…
自分に関する謎はまだまだありそうです。