最初に、わたしの長い自己紹介をしたいと思います
2016年1月18日現在、23の女です
身長148センチ、体重35キロ
ひとつ上の結婚前提で付き合っている遠距離の彼氏がいます
昨年、診断書に書かれた病名は、うつ病
わたしの両親共に、小学校教諭をしており、裕福で厳格な家庭に育ちました
しかし、両親はわたしが高校のときに離婚しました
いまは母と姉、わたしの3人暮らしです
幼いころから特に父親から虐待を受けていたわたしは、徐々に病んでいきました
いま考えると、躾というより、やはり虐待です
わたしが親の思い通りにならないと、叩かれたり、閉じ込められたり、わいせつな写真を撮られたり、食事を作ってもらえなかったり
姉はわたしをストレスの捌け口にしました。気に入らないことがあると先に手が出るタイプの姉でした
まあ、そんなことが日常茶飯事でした
母は極度の心配症というか、過干渉というか、とにかくわたしが話したくない内容について、よく詰問してきました
わたしが友だちと遊びに出かけるときには
「誰と遊ぶの?、どんな子なの?、どこで遊ぶの?、なにして遊ぶの?、何時に帰るの?……」
こんな調子でした
そんな心配症の母に、わたしはなかなか悩みを相談することができず、気がつけば、悩みをひとりで抱え込む子になりました
中学校に入って、気の弱いわたしは、早速クラスのほぼ全員からいじめられました
高校に入ってもイジメはつづき、塾でもいじめられ、最終的に大学でも一部の人間から嫌がらせを受けていました
特に女子からいじめられることが多かったかな。理由は主に嫉妬です
「可愛い子はいいよね〜」と嫌味ったらしく言われ、体育でのドッヂボールのときにはよく顔面を集中攻撃されたものです
学生時代はやはり友だちはほとんどいませんでした
そんなわたしは、大学に入ってから自殺未遂を繰り返したり、輸入したありとあらゆる精神薬を過剰摂取するようになりました
当時は、自殺未遂はするくせに、多種の精神薬を自己管理で飲んでいたため、飲み合わせに因って死んでは困る、と大学の図書館から分厚い薬理学の本を借りて熟読していました
大学を卒業し、実家に戻ったころ、ようやく意を決して母に精神的に滅入っていることを伝え、いっしょに病院に来て欲しいとお願いしました
そうして、わたしは病院でうつ病と診断され、母が紹介してくれた新しい病院での投薬治療が始まりました
大抵、処方されたのは安定剤です
最初は薬の効きが悪く、不安感や倦怠感が拭えませんでした
それをカバーするようにわたしは、医者の言うことを聞かず、こっそりお酒を習慣的に飲むようになり、アルコール中毒になりました
本来、精神科での投薬治療中にアルコールの摂取は良くないことももちろん、医師に言われる前から知っていました
そんなある日、わたしは母にお酒を取り上げられ、
「もう入院するしかないね、あんたはもう、手をつけられないわ」
と言われました
精神科に入院なんて、わたしにとって恐ろしいイメージしかなく
医者やナースに不適切な治療をされて殺されるのではないかと思ったり、
ニュースでナースが点滴に毒を混入させた事件を報道されていたのを思い出してゾッとしました
また、ほかの患者になにををされるかわかりません
怖くなったわたしは、入院は嫌だ!と泣きわめいて暴れました
そして母に今まで思っていたことをすべてぶつけました
「こうなったのはお前のせいだ
お前が勝手に産み落として
思い通りに育てようとして
恐怖でわたしをコントロールして
わたしはお前のペットかよ
謝るくらいなら産むんじゃねえよ
どうしてお父さんの虐待から守ってくれなかったの
ねえ、どうして
ねえ、どうして
ねえ、どうして
酷いよ
幼い子が大の大人に体力でも言葉でも勝てるわけないじゃん
わたしは、お前らのせいで脳に損傷受けたんだぞ
お前は取り返しのつかないことをしたんだよ
もう遅いんだよ
わたしが死んだらお前らと虐めてきた奴らを呪い殺してやるからな
今更変わらなくていいよ
今までどおり、気に入らないなら制裁をすればいい
顔が倍に腫れるくらい殴ってみろよ
ペットみたいな存在なんだから檻にでも入れろよ
可愛くなくなったら棄てろよ」
母は、押し黙って泣き崩れました
結果、わたしは、17日に母といっしょに病院にいくことになりました
もし、強制入院になったらどうしよう、入院は絶対に嫌だ
そう考えたわたしは、彼氏に電話で相談しました
彼氏は
「もし、強制入院になったら飛行機でこっちにおいで」
そう言ってくれました
つまり、強制入院の指示が出たらわたしは、診察室から脱走し、空港まで急いで彼氏のもとへ逃げ込むつもりでした
いよいよ診察の時間になり、先生は
「調子はどうですか」
「順調です。確かに、お酒を飲みたいなっていう気分にはなるんですけどずっと我慢してます。」
「それが正直な気持ちでしょうね。前は、杖をついて歩いてましたが今日は持ってないんですね」
「はい、前回も本当は杖なしでも歩けたんですが、寝たきりの生活が続いていて筋力が落ちていて、ちょっと心配だっただけなんです」
横にいた母は何も言いませんでした
こうして何事もなかったかのように診察は終わり、17日は無事に帰ったわけです