※『七夕』にポンと浮かんでしまったお話
※青さん視点・高校生パロ。願い事を欲張ってもいいですか?
※緑青さんと言いますか倉安要素を含みます。苦手な方は特にご注意
『七夕』には、実はちょっぴりトラウマがあったりする。
勿論イベント類は大好きだし、この日に恨みがある訳じゃない。
──思い返すこと、小学生の頃。
学校の行事で、七夕をテーマにした催しがあった。
体育館等の施設には大きな笹も準備され、飾りと短冊は児童が準備するというものだ。
短冊は基本・ひとり一枚。
願い事と名前を書いて、各々結び付けていく。
…そんな中、俺はこっそり、二枚目の短冊を飾っていたのである。
『大倉くんが好きです、もっと仲良くなれますように』。
無記名で、お願い事だけ。一字一字、想いを込めて書いた。
恋心を自覚してしまった、同い年の幼馴染みの事だ。
気が付けばもうずっと一緒だったし、いつも一番近くに居てくれる、大切な存在。
子供ながらに、叶わない恋である事は察していた。それこそ、願掛けでもしないと無理なのだと。
むしろ、バレたら嫌われてしまうんじゃないかと怯えていた。
ずっと自分の胸の内に隠しておきたかったが、誰にも相談出来ないのも苦しくて。
単純で、自分勝手で、勢いだけの考え無しな行動だったと思う。
ちょっと想像すれば分かるじゃないか。そんな短冊を他の誰かに読まれてしまった場合、迷惑を被るのは大倉自身であるという事を。
小さい子供のイジりというのは中々に残酷なものだ。
すぐにこの『大倉くん』に該当する人物は特定され、あっという間に揶揄いの的にされてしまったのだ。
彼当人は殆ど相手にしていなかったようだが、相当嫌な思いをしただろう。
こっそり短冊を外してしまおうと何度か試みたが、誰も見ていないタイミングを探るのは非常に困難で。
取り付けた位置自体も分からなくなってしまって、結局回収出来なかったのである。
…申し訳無くて、恥ずかしくて、哀しくて。
一番情けないのは、この一件を高校生となった今でも謝れていないという事実。
大倉との縁は途切れること無く、未だ仲良く友人関係を築いていて。
謝罪するイコール、あの短冊が俺が書いたものだと認めると同時に、彼に「好きです」と告白するも同じ。
困り果てては、罪悪感は残り続けている。毎年7月7日が近付く度に、胸の奥がチクチク痛むのだ。
* * *
7月某日。
いつも俺達が通学の為に利用している駅で、七夕関連のイベントが有る事を知った。
一定期間中・大きな笹飾りが用意され、駅の利用者が短冊に願い事を書いて彩っていくというものだ。
大倉と共に下校中、掲示された告知ポスターを眺めていた。
「ヤス、こんなん好きそうやな」
「おん!好きー」
お祭り・行事・イベント大好きな俺が、またソワソワしていると思ったのだろう。
『七夕』に関しては、ちょっぴり異なるのだけれど。それでも、参加したいという気持ちは隠せていなかった。
今日はこのまま大倉の家に遊びに…もとい、学校提出用の課題を一緒に片付けようと話していたところ。
…とはいえ、俺の自宅も歩いて数分のご近所なのだけれど。
すっかり慣れた大倉の部屋。
一部俺の私物が置きっ放しになっているのは、彼も了承済み。
勉強の合間の息抜きとして、例の七夕イベントの件に触れる。
短冊は規定のサイズ内であれば、どんな用紙でも可という事で、早速色々準備してみたのだ。
お互い、お願い事を黙々と書き始めたものの…。
「んー、いざ書こう思たら大したモン浮かんで来えへんなぁ…ってヤス、何やそれ!?」
「えっ、コレ?なかなか一個に絞られへんで困ってもうてる」
俺の目の前には、札束級に分厚く積み重なった短冊の山。
最早七夕云々というより、自分のやりたい事・欲しいもの・常々思っている野望的な内容まで次々と湧いて来る。
ペンが止まらないどころか、指の動きが追い付かない。
見ても良いかと尋ねられたので、勿論構わないよと頷く。
大倉が丁寧に読み込んでくれるのだが…次第に、彼の表情が複雑になっていくのはどういう事だ。
「『世界平和』から、今ヤスが欲しいモン、行きたいトコ、将来の夢までって幅広過ぎやろ」
「せやから決められへんねん」
取り合えず、思い付くままに書き記してみたのだが、自分でも一体何枚分になったのかすら分からない。
「ヤスの事やから、ド天然で『世界征服』とか書いてまうのか思たわ」
「そ…そんなん書けへんし!」
しかし、我ながらこれは張り切り過ぎた。
どれかに絞らねばと、改めてテーブル上を占領して並べてみたりする。
嬉しかったのは、真剣に選んでいる俺を、大倉は笑ったりしない事だ。
一緒に考えてくれるし、むしろ話しながら願い事が増えてしまう程。
「さすがにコレ全部は、笹も織姫も彦星も色んな意味で重たいって言うんちゃうかな」
「…せやなぁ、どないしよう」
欲張って複数のお願い事を飾ったりしても、ロクな顛末にならないことは経験済なのだ。
あの時の自分を思い返しては、また少し落ち込んだりして…。
大量に並べられた短冊を眺めていた大倉が、何故かその中から数枚をチョイスしていく。
半分近くになるだろうか。彼の手元に続々と移動していった。
「良さげなの選んでくれとる?」
「ヤスって、お金で解決できそうな願い事とかには昔からあんまり興味無いもんなぁ」
「そうかも…?」
分析するまでもなく、さすが幼馴染み感。
しかし、一通り選び終えたらしい彼が、さらりとこんな事を告げるのである。
「このくらいなら、俺にも叶えたれるなぁ」
「え…?」
「今後、俺が叶えてあげられそうなヤス君のお願い事はお預かりしました、って話」
ぽかんと固まってしまった俺へ、得意気に笑んで見せると。
部屋の壁に掛けてあるコルクボードに、一枚一枚貼り付けていくではないか。
「ふふっ、全然スペース足りひん」
順番に達成していけばいいか、って。
「俺、ヤスの物欲ゼロみたいに見えて実は結構貪欲なとこ好きなんや」
何だそれ、何だそれ。
そんなの、格好良過ぎじゃないか。
「…惚れるわぁ」
とろんと見惚れたまま、思わず零してしまったが。彼は一層素敵に笑うばかり。
「いくらでも惚れてくれてええで」なんて、ふざけた調子で返してくるし。
あぁもう、とっくに諦めたつもりだったのに。
こんなにも優しくて、頼れる男前。俺の事を甘やかしてばっかりだから。
『大好き』が溢れていく。
何度でも、彼に恋してしまうのだ。
* * *
後日、悩み抜いて何とか一枚を選出し、大倉と一緒に駅設置の笹に結び付けて来た。
願いを叶えるのはあくまで自分だけれど、当面の目標や抱負的なものをざっくり書き上げて。
やっぱりこういうイベントは参加する事自体が楽しい。
「おーくらはなんて書いたか見てもええ?」
「俺もめっちゃ悩んだわ、書ききれへん」
大作だぞと前置きされたので、心して拝見する。
…すると、俺とは別の意味で・彼のも凄かった。最初、どこから読むのか首を傾げたくらいだ。
常々、食に対するこだわりが強い大倉だったが、今回も包み隠さず表現されていた。
短冊の用紙一面に、みっちりと書き込まれた料理名・食品名の羅列。和洋中どころか、それ以外も何でもござれ。
何かの召喚の呪文かと思うほど、強烈な絵面だったのだ。
「ちゃんとしたやつ食べた事あらへんのとか、自分で作れるようになりたい料理名な」
高級食材からB級グルメまで。どうやら、本人にとってはかなり切実な願いらしい。
しかし、これは願い事一件として扱って貰えるものかと。視線のみで大倉に訴えてみる。
「知らんかった?短冊一枚に収まったら、願い事は一個分としてカウントされるんやで」
「…そんなん初めて聞いたわぁ」
堂々ドヤ顔で主張されるとは。
でも、こんなところも大好きなのだから仕方が無い。
俺のお願い事を半分引き受けてくれたお返しに、俺でもご馳走出来るような料理が無いかチェックしておこう…。
そして、俺は密かに決意していたのだ。
今日この後、大倉に告白しようと。
…告白というより、謝罪になってしまうのだろうか。まずは、昔の事を謝りたい。
彼自身はとっくに忘れているかも。大した出来事として捉えていないかもしれないけれど。
──想いを告げる前の、俺のケジメとしても。
「大事な話があるんや」とだけ先に伝え、時間をくれないかと乞う。
「なんやねん、急に改まって」
彼の家でいいかと提案され、小さく頷いた。
大倉の部屋に到着してからも、異様に緊張した面持ちな上に、挙動不審気味。
正座しながらも落ち着かない俺を、せっつく事無く見守ってくれる。
「俺も正座した方がええような話?」
「えっ!? 気ぃ遣わんといて、おーくらは普段通りでええんやから」
…まずは、例のイベントに参加したいという、自分の思いつきに付き合ってくれてありがとうと御礼。
そして、一番大事な謝罪。
「小学生の時の七夕のこと、覚えとる?」
「…小学生の頃?」
『大倉くんが好きです』と書かれた短冊が原因で、彼が散々揶揄われるという目に遭った件だ。
忘れているかもしれないと思ったが、大倉の反応からすると、うっすらながらも記憶は有るらしい。
「あれな、犯人俺やねん」
「…ヤスが?」
「今まで内緒にしとってホンマにごめん、ずっと謝られへんで…ごめんなさい」
自分の所為で嫌な思いをさせてしまったと悔いているのに、何年も謝れなかった事も含めての謝罪。
俯きそうになるのを必死に堪えて、彼の方を向く。
「犯人やなんて、物騒な言い方やめてや…ヤスは別に俺に嫌がらせしたかったわけちゃうやろ」
「そらそうなんやけど…」
全く怒った様子の無い大倉に、少しほっとすると同時に、ほんのり寂しさも感じていたのだ。
彼はきっと、友情の意味での『好き』と捉えたか、冗談か何かだと思ったのだろうか。
もしくは、当時の大倉にとっても、気に留めるようなものですら無かったと。
俺が本気で、恋愛感情での『好き』で好意を向けているだなんて、気付いてすらいないのかもしれない…。
多分この時の俺は、凄まじく落ち込んだ表情を曝していた。
大倉がぽんと頭を優しく撫でてくれて、「ちょい待っとって」と、何故か自身の机の奥を探り始める。
「おーくら…?」
「俺もごめんな、ヤスがそこまで気に病んどったなんて…」
取り出した透明なファイルを、俺の目の前に掲げてくるのだが。
…それに挟まれた紙片を注視した途端、思わずヘンな声が漏れたではないか。
短冊型に切り取られた画用紙に踊る子供の字。
『大倉くんが好きです、もっと仲良くなれますように』。
「なっ…なんで!?おーくらがコレ持ってるん!?」
「ふざけて破り捨てようとした奴等までおったからな、その前に回収したったわ」
あまりに真っ直ぐ俺の方を見詰めるものだから。
…あれ、これって・もしかしなくても。当時から俺が飾った短冊だとバレていたのか?
「俺が、ヤスの字やて気付けへんとでも?」
何歳から幼馴染みをやっていると思っているんだと、再びドヤ顔。
マトモな反応も出来ず、母音だけを発するのみになりながら、じわじわと顔が赤く染まっていくのが分かる。
そんな昔からバレていたという恥ずかしさに加え。
あの時の短冊を、彼がこんなに大事に持っていてくれたことの嬉しさが、グチャグチャの感情になって襲い掛かって来るのだ。
頭の中で準備していた告白の文言すら全部吹っ飛んだ。
どうしてそれを所持している事を教えてくれなかったのかと問うだけで精一杯。
「誰にも見しとうのうて、俺だけのものにしたかったんかも」
「…ふぇ?」
「七夕とかに乗じてまうより、直接俺にお願いしてくれたらええのに、って」
答えになっているような、なっていないような。
未だ現状を理解しきれていない俺に対し、不意に大倉が距離を詰めてくるのだ。
正座していたものだから、咄嗟に後退するどころか、びっくりして前のめりに座り込んでしまうし。
「なぁヤス、この『好き』は過去形なん?」
真剣な眼。キスが出来そうなくらいに顔が近い。
唐突に攻めの姿勢の彼に戸惑っているのに。
約十年越しに復活してしまった俺の願い事。
抑え込んでいた『好き』が一気に溢れ出すのを、止められる訳が無かったのだ。
-貴重なお時間を頂き、有難うございました。