※『ロマンスの日』にポンと浮かんでしまったお話
※緑さん視点。防犯意識を高めつつイチャイチャしたい恋人達
※緑青さんと言いますか倉安要素を含みます。苦手な方は特にご注意
帰宅して、家の前にパトカーが停まっていたら、誰でもギョッとするに決まっている。
ヤスと同居を開始して一年余り。
お付き合いを始めたのもほぼ同時期で、恋人としての関係においても順調。
今夜は帰りが一緒になって、仲良く家路についたかと思えば。
マンション前にパトカー数台・警官数名・野次馬多数。只事では無い雰囲気である。
「えっ、なに?何かあったんかな…」
慌てるというよりも、他の住人の心配をしているあたり、ヤスらしいというか。
一応その日は部屋へ戻ることが出来たが、翌日、詳細を聞くに至った。
俺達が借りている部屋の階下の方で、空き巣被害があったというのである。
何らかの業者に成りすまして建物へ侵入し、防犯意識の甘い部屋を探った末。
住人が留守にしている部屋が狙われたらしいが、双方幸か不幸か、『お仕事中』に住人が帰宅。
その時点で恐怖ものだが、そこの居住者は空手有段者・泥棒野郎は即お縄となったらしい。
「凄いよなぁ、俺やったら戦われへんかも」
「いやいやヤス、戦わんといてや危ないなぁ…、直ぐに隠れるか逃げてってば」
「あ、そっか」
身近でこんな事態となったものだから、ヤスと二人、『自宅の防犯について改めて見直そう』という話になったのだ。
「部屋自体は気に入ってるから引っ越しとかしたないしなぁ」
「せやなぁ、折角おーくらと一緒に探したトコやもん…今までこんな物騒な話あんまりなかったし、ちゃんと対策せなアカンな」
自宅のチェックをしていくと共に、最近の空き巣手口だとか、防犯グッズを調べてみたり。
本気で徹底するとなると、色々な要素が出て来てなかなか難しいものだなと。
オートロックが備わっているマンションでも、慣れも有り、その安心感からか玄関や窓の鍵を掛け忘れてしまう人も少なくないらしい。
専用の庭や共用部分に植木などがある場合も、視界を遮らないか確認した方が良いだとか。
駐車場から建物内へのアクセスや、防犯カメラの有無や見通しの良さも重要だという。
「鍵の管理とか基本的なとこは気ぃ付けような」
「…おーくら一人暮らししとったとき、ベロベロに酔っ払うてタクシーの座席に鍵落してったことあったやんな」
「ぐっ…要らんこと憶えとった」
ここは黒歴史返し。
「昔ヤスの部屋に遊びに行ったとき、カーテンの柄がファンシー過ぎて驚いたわ…女性の一人暮らしなのか思われて危ないって」
「…可愛かったのに不評やったアレかぁ」
各々反省会をしたところで、現自宅の話に戻る。
後日、いざ具体的に取り組もうとした際に、あんなトラブルになってしまうとは。
この時の俺達は、残念ながら予想もしていなかったのである。
* * *
「おーくら見て見てー!色々準備してみたっ」
「うわ、何やコレ、すごいやん」
二人揃っての休日、早速ヤスが面白いものをリビングに広げ始めた。
防犯グッズらしきアレコレが、テーブル上にズラリ。
主に窓や扉周辺に使用するもので、中には一見しただけでは使用方法が分からないような製品まで。
さすがに全部一気に…とまではいかないが、試してみましょうという事で。
「防犯コンサルタントやってる知り合いがおるから、アドバイス貰うてん」
相変わらず、彼は不思議な人脈を持っているなぁと。
「…ちなみにそのコンサルタントさん、榎本って人ちゃうよな?」
「へ?ちゃうけど?」
いや、こっちの話なので忘れてくれ。
──さて、どれからチェックしてみようか。
補助錠のようなものもあるし、窓に直接貼るフィルム的な製品もある。
「ベランダ側、登ろう思たら無理矢理入られる可能性あるからなぁ…窓って結構無防備やったな」
ヤスが窓の近くで早々と何かを取り付け始めていた。
そういえば、最近は階が上の方でも、屋上から侵入するという手口も有るとニュースで見た事があったっけ。
「この防犯フィルム凄いねん、窓の外からの目隠しにもなるし、金属バットで叩いても割れ辛なんねんて」
「え、そんなんあるん?」
そこからも、彼はとりあえず実際に設置してみよう派で、パタパタと動き回っていた。
準備して来たのも当人なのだし、使い方は分かっているのだろうと勝手に納得していて。
俺は俺で、見た事も無い製品等を次々手に取ってみては、説明書を広げて熟読モードだったものの。
小さな子供を持つパパさんでは無いが、この時・ヤスから目を離したのがいけなかったのかもしれない…。
「あっ、あれ?」
「どないしてん、ヤス」
彼の唐突な困惑ボイス。
くるりと此方を向くと、玄関扉を指したまま数秒固まっては。今度は無言のまま謎のジェスチャーが加わり、焦り始める様子。
直ぐに何かを訴えたいが咄嗟に言葉に成らない、そんな表情で。
何となく肌で察する、嫌な予感。
再度・どうしたんだと尋ねるが、その返答が安田語過ぎて瞬時には理解出来なかったのだ。
「えっと…ごめんおーくら、さっきのぐるってやってガチャってしたら逆やってん、ぎっちり閉めてもうたからマズいかも」
「……ちょい待った」
頭の中で、彼独特の言語を必死に噛み砕いては翻訳していく。
長年彼と対話していた俺なら余裕と言いたいところだが、今日は中々に難易度が高い。
暫くお待ち下さい状態。
…要約すると、こんな感じだろうか。
『ドア用の防犯ロックのような器具があって、玄関にそれを設置しようとしたら、本来の使用方法とは逆に取り付けてしまった』。
『扉を閉めなければまだセーフだったが、丁寧に閉めてしまいました、ごめんなさい』。
「…つまり?」
「お外に出られへんくなってもうてますー…」
こんなの、もう笑うしかないじゃないか。
* * *
ひたすら平謝りのヤスと、怒るとかいう感情を通り越して、脱力している俺。
一応、本当かどうか確認してはみたが、玄関ドアは見事にビクともしないし。
開錠する為の鍵は此処に在るのだが、肝心の錠は扉の外という難題。
更には、よく見ると…ベランダに面した窓も厳重構造と化していた。
内側から開けられなくも無いが、その為には何重もの手順を踏む必要に迫られる。
「ヤス、リアル脱出ゲームでも監修したいんか?」
「調子乗ってアレコレつけすぎてもうただけ!」
最初の方こそ、俺も少しは焦ったが。
ヤスの慌て振りが面白…いや、小動物並みに可愛かったので、スッと落ち着いてしまったというか。
ドアを強引に破壊するのもどうかと思うし、危険を冒して窓から出る等々の選択肢も却下。
別に、未開のジャングルの奥地や絶海の孤島に放り出された訳では無いのだ。自宅ですから。
「まぁ、何とかなるやろ」
「おーくら…」
派手に騒いでもご近所の皆様方に迷惑であろう。
最終的には管理人サイドに連絡するか、プロにお任せするとして鍵屋さんに縋るもよし。
予定は無いが・訪問者があれば助けを求めてみてもいい。
特に決まった外出予定も無い休日であったのだし、割と楽観的だ。
「おーくら、落ち着いてんなぁ」
「やってもうたもんはしゃあないやん、色々考えてみて自力じゃどうにも無理やったら、二人で謝ろか」
ヤスがこくんと頷いて、今度はじっと俺の顔を見詰めるのだ。
よく分からないが、俺も見詰め返してやると。嬉しそうに「優しいなぁ」なんて笑うのだ。
「ホンマに頼りになるなぁって」
「惚れ直してくれてもええで」
「おん、ありがとう」
半分冗談の台詞を素直に肯定されては、こっちが照れてしまうじゃないか。
「…怒ってへんの?」
「怒ってへんで、ヤスは叱って欲しいん?」
彼の天然お茶目からのドジには昔から慣れっこだと伝えると、ちょっぴり拗ねながらも、気の抜けた笑みに戻っていく。
──それに、だ。
いい意味で『どうせ』『結局』を前置きするのも何だが。
お互いの休日が揃った上に自宅に留まるしかないとなれば、やることは一緒なのである。
「せやったら、叱る代わりに今日はちょいキツめにしたろかな」
リビングのソファーで横並びでの反省会中。
ヤスの細腰に腕を回し引き寄せると、俺の言いたい事を理解したようだ。
じわじわと紅く染まる顔と共に、期待に潤んだ目になっていく。
同居を始めてからというもの、身体を重ねるという行為に関してはかなり頻繁だと断言していい。
どちらも誘うし誘われるし、煽り煽られ、双方の好みや弱点を探り合う日々。
甘いのも激しいのも大好きで、気付けば時間と体力の限り絡み溶ける夜も少なくない。
「俺としては、ヤスに防犯タグの一つや二つ付けときたいんやけど」
「え、俺に?」
「ヤス人たらしやもん、俺の知らんトコで誰かにちょっかい出されてへんか心配で」
彼が複雑そうな表情で此方を見上げて来る。
ヤスの交友関係まで縛るつもりは無いが、時折異様に距離を詰めて来る奴も居るから警戒しているのである。
「俺のやから手ぇ出すなって印付けといてやりたい」
「んぁ…っ」
触り心地の良い髪の毛をそっと撫で、その首筋に唇を這わせると、肌を甘噛みしてやる。
本当は、見える個所に生々しい痕を残してしまいたい。
「独占欲丸出しでみっともないって分かってんねんけど、ごめんな」
「…なんで謝るん?俺はうれしいけどなぁ」
もう数え切れない程に欲を交えているのに、未だに余裕の無さを隠し切れていない。
ずっと片想いをしていた。ずっと焦がれていた。
想いが通じて一年以上経つというのに、ヤスが自分の腕の中に在るという幸福に慣れていないのかもしれない。
「俺、おーくらのこと不安にさせてもうてた?」
それはちゃんと否定する。ヤスは何も悪くないと。
彼の事が好き過ぎて、俺が勝手にどうしようもなくなっているだけ。
今の俺は相当情けない顔をしているだろうなぁ、とか考えていたら。
「…俺も、ごめんな?」
ぎゅっと抱き着いて来たヤスが、切なげに呟く。
何の謝罪か分からず戸惑っていると、大胆にキスを仕掛けられた。拒む理由も無いどころか、次第に深く応じては、止まれなくなっていく。
いつの間にか彼ごとソファーの座面に組み敷いていて、とろんと蕩けたヤスの媚態に見惚れていた。
そして、呼吸を整えた彼が、先程の『ごめん』の理由に触れる。
「俺達、マンネリなんてのは無縁やけど…二人きりで隔離されてるみたいな非日常感ちゅうか、そんなん変に意識してもうてドキドキするなぁ…って」
「ふふっ、なんやそれ」
「勿論俺が悪いんやってわかってんねんけど」
例えが少々不謹慎な上に、自分が原因を招いたくせに何言ってるんだ、という意味での謝罪だったらしい。
更には、もしも二人だけで何処かに閉じ込められたりしたらどうする?なんてベタな問いを漏らしてくる。
そんなの、答えは決まっているじゃないか。
「ヤスが一緒やったら何処かてなんとかなるやろ」
飾る事の無い、思った通りの言葉だった。
ヤスが寄り添ってくれるのなら、大抵の事は乗り越えられる気がしているのだ。
この返答に照れているのか満足したのか、俺の下でふにゃふにゃ笑っている彼が可愛くてたまらない。
「…なぁおーくら、明日の昼から仕事なんやけど、扉どないしよか」
そういえばそうだった。具体的な解決策はまだ考え付いていないのだけれど。
「ヤスともっと気持ちええ事したら、なんか思い付くかも?」
彼の反応を待つ事無く、既に服を脱がしに掛かっているあたり、さっきのキスでだいぶ煽られたのがバレる。
「あとでちゃんとベッド連れてってな?」と、既に二戦目想定の申し出と。
「了解」と、寝室まで待てない男のお返事。
「窓に貼ってたフィルム、ホンマに外から見えへんかどうか確かめてみよか」
「おーくらのヘンタイ…」
「ヤスがそんなん結構好きやって知ってるんやからな?」
ほら、『どうせ』『結局』、二人の世界を堪能する事になるのだから。
-貴重なお時間を頂き、有難うございました。