※『まだ見ぬ地図』楽曲における勝手な解釈+妄想補完文
※緑青さんと言いますか倉安要素を多大に含みます。苦手な方は特にご注意
※緑さん視点・君が腕の中に居る幸せ
※少々関係をほのめかす描写あり。ご注意
…幸せな時間に、浸っている。
他のどんな出来事とも比較しようの無い、特別な幸福感。
何かに喩えるのも難しいし、言語化する事さえ野暮な感覚でさえある。
「…可愛えなぁ」
腕の中で眠る恋人の寝顔。
どれだけ眺めていても飽きるどころか、愛おしさが増すばかりで困る。
時折、寝惚けて擦り寄ってくるのもたまらない。
ヤス、って何度も呼び掛けたくなるし。
抱き締めたら起こしてしまうだろうか。そんな衝動を必死に堪えているのだ。
数時間前の、激しくも初々しい情交が夢のようだ。
しかし、確かな甘い余韻が、未だ全身に残っている。
…あんな顔を、何処に隠し持っていたのだろう。
悶え喘ぐその表情は、今まで見たどの貌とも異なっていた。
彼独特の色気や艶は年々増すばかりで、何度此方の理性を試されたものか。これに上乗せされているのだから、かなり参るのだ。
行為の最中なんて、官能的で酷く淫らですらあった。
こうして思い返すだけで、再び昂ぶってしまいそうになる…。
* * *
ベタな言い方をすると、この『初夜』というヤツに至るまでに、本当に長かったような、あっという間だったような。
気が付けば、もうヤスの事が『好き』で。
それが恋愛感情であり・独占欲である事を自覚した。
そんな片想いを散々拗らせては10年以上。
何度も諦めようとした。新しい恋に向かおうともした。
しかし結局、どれもうまく行かなくて。
とうとう開き直ったのが半年ほど前の事。
彼が驚き呆れるレベルで、猛アタックを繰り返す毎日。
「…あんな超真っ直ぐに好きやって言われたんは初めてやわ」
「何年分積み重ねたと思てるん、覚悟してや」
口説いて口説いて・押して押して。
落ちてくれたと言うより、絆されてくれたのだろう。
「おーくらって、恋愛とかに対して、もっと淡泊なのかって思うとった」
ここまで情熱的だとは思わなかった、だとか。
表面には出さないタイプなのかと勝手なイメージを持ってた、だとか。
「俺も初めて知った」
それもこれも、対象がヤスである事が大前提なのだと伝えると、優しく照れ笑うのだ。
お付き合いを承諾してくれただけで舞い上がっていたのだが、それ以上に俺が浮かれたのがヤスの反応だった。
彼はキスもハグも大好き、大胆に仕掛ける場面も多々。
これまで友人として接していた関係性だが、彼は俺以上に柔軟に馴染んでいった。
「実は」「今やから言うてまうけど」「笑わんといてな」と数点前置きが加わってから。
「根拠ゼロなんやけど、おーくらとこんな風になる気ぃしとった」
初めてのキスの直後に、ふにゃりと照れ顔で呟かれた言葉に眩暈がした。
出来る事なら、片時も離したくないくらいに可愛くて。忙しい中、彼も時間を作っては会いに来てくれるのが愛しい。
周囲から「見せ付けるのもいい加減にしろ」等々と窘められる事も有ったが、双方無自覚。
何故か仕事仲間にも、交際を始めたのがあっさりバレた。…後々、きちんと御報告をさせて頂きました。
付き合いたての恋人同士なんて、盛り上がりまくって当然だろうくらいに考えていたけれど。
ヤスの負担を増やす事は避けたくて、そのバランスは中々難しいものだ。
そして、俺に気遣ってか。ヤスがずっと『言い出し辛かった』と、心配事を吐露する。
「あんなぁ…俺、同性相手は初めてやから…その…」
口付けや愛撫の、その先。
身体を繋げるという意味の行為において、怖さがあるという事を話してくれたのだ。
「おーくらとは嫌やとかしたないとか、そんなんちゃうねん、待って欲しいっちゅうか…」
少しだけ時間が欲しいと、涙声で謝って来るのである。
逆に俺の方が面食らっていた。急かすつもりなんて毛頭無くて、泣かせてしまったのも焦る。
これまた逆に、ヤスがそこまで考えていたのが嬉しいやら・ちゃんと相談として投じられたのも有難い。
「何で謝るんや、二人でするものなんやから無理強いなんかせえへんし、幾らでも待つで」
「おーくら…」
「あ、もしかして俺がメチャクチャ下手やろって思われてる?」
これに対しては、思い切り首を横に振るヤス。…ちょっと安心。
心と体、両方の準備が要る行為だ。
改めて浸るが、彼とこんな悩みで話し合える時点で、強烈に湧き上がる幸せ。
恋人としての一歩一歩の前進が、確実に日々の活力になっている。
「少しずつ慣らして欲しい……です」
「ふふっ、了解」
俺だって、同性の恋人は初めてなのだ。
というより、ヤス以外無理だろう。
諸々・相当の勉強の甲斐あって、漸く今日というを迎える事が出来て。
気持ち良くなってくれたのなら俺も嬉しい。
焦がれ続けた相手と繋がれた喜びも大きくて。
ヤスへの想いを断とうと足掻いていたあの頃の俺から考えたら、大した成長と躍進である。
* * *
無垢な寝顔に堪え切れず、その唇にそっと口付けていた。
眠り姫を無理に起こすつもりは無かったのだけれど、目蓋がゆっくり押し開かれて、寝惚け眼が俺を見詰める。
「おはようヤス、起こしてもうてごめんな」
「…んぁ、おはよう、おーくら…」
本来寝起きの良い彼だ。
直ぐに今の状況を理解したようで、じわじわと顔が赤くなるのが分かり易い。
ほんの数時間前の出来事なのに、妙に気恥ずかしい空気になっていくが。
「え、ヤス?」
彼は俺に背を向けてしまうと、シーツに顔を埋めて縮こまってしまうのだ。
どこか具合が悪いのか、痛めたのか。
慌ててヤスに問うも、ふるりと小さく首を横に振るのみ。
…長い髪の合間から覗く肩口や首筋に、ハッキリと刻まれた赤い痕。
間違い無く俺が付けたものだが、こうして眺めると実に生々しい。無意識な欲がこんな処にまで…。
ヤスはちっとも此方を向こうとしない。
もしやガッつき過ぎただろうかと、反省の文言が胸中を巡る。
しかし彼の発した予想外の言葉は、俺の心を的確に射貫くのである。
「──…引いてもうた?」
「何の話や?」
「初めてやから優しゅうしてってお願いしたの俺やのに…滅茶苦茶イヤらしいことになっとった」
恥ずかしくて顔向け出来ないのだと零す様子が可愛過ぎて、軽く思考が飛びかけたじゃないか。
無防備な背に恭しく口付けると、彼の身体がびくりと跳ねる。
そのまま後ろから抱き竦め、濃厚な熱を呼び起こすように肌上に指を這わせていく。
「あっ…まだ敏感になってるから…」
「あんなんで引くわけあらへんやん、相性良好ってことやろ?」
「…おん」
むしろ積極的に求めてくれるのが興奮したと、素直な感想を伝えると。耳まで赤く染めていく。
「ちゃんと気持ちええトコいっぱい教えてくれたやろ、可愛かった」
「いっ…言わんでええよぉ…」
「ホラ、早うこっち向いて俺の口塞いどかな、もっと思い出して喋り続けんで」
ヤスが恥ずかしがるポイントというのが未だによく分からないが…少々マズい。羞恥責めにハマりそうになるじゃないか。
そのままの体勢で、彼が困惑と抵抗の唸りを聞かせるが。やはり可愛さが増すばかりだ。
「おーくらの意地悪ー…!」
ベッドと俺との間に挟まれながら、モゾモゾと器用に身を反転させ、涙目で一瞬睨まれる。
次いで、荒々しいくらいに正面から抱き着かれ、同時に激しいキスに襲われた。
…彼とのキスは癖になる。
愛情を伝え合うという行為以上に、形に出来ない感情を乗せて曝け出す感覚に溺れる。
「ホンマに気持ち良過ぎて、腰溶けるか思たんやぞ…」
「そいつは良かった」
「まだ、お腹の奥の方がゾクゾクする感じが残ってる」
こら、挑発しないでくれ。
こっちは正直何戦目でも美味しく戴けてしまうのだから。
極薄の紙切れ以下の理性を総動員して応戦中。
「…ずっと我慢させてもうてごめんな」
また、こんな事を言うし。
『初めて』を延ばし延ばしにしていた事に引け目を感じつつ。
どうやら、俺が長年片想いしていたという事実に、当人が気付いていなかった件を含めての申し訳無さまで負っているらしいのだ。
そんなの、俺が抑え込んでいただけなのだから、気に病む必要なんて無いのに。
挙句に「俺ばっかり気持ち良くなってもうて」だとか。
「おーくらは全然足りひんやろ」なんて加わる始末。
「もっとしたいって言うたら、やっぱ引いてまう…?」
「…ヤス、俺の事幸せ殺す気やろ」
何だそれ、って顔で返されたが。
すぐにいつもの柔らかな笑顔が揺れる。
「おーくら、幸せ判定緩くなってもうてるって」
「緩ない、厳格な基準やで」
…今のうちに謝っておく。
今夜は、穏やかなピロートークなんてさせてやらないから。
-貴重なお時間を頂き、有難うございました。