※『催眠術の日』にポンと浮かんでしまったお話
※青さん視点・『好き』って気持ちが溢れた事件

※緑青さんと言いますか倉安要素を含みます。苦手な方は特にご注意

 

 

 

 

 

 

ごめんなさい、ごめんなさい。

本当に出来心だったんです。

まさかこんな事になるだなんて、思ってもいなかった。

 

現在・大倉に後ろから包み込まれるようにハグされて。

彼の脚の間にすっぽり収まる体勢で映画を鑑賞するという、信じられない事態になっているのだ。

申し訳無いが、映画の内容なんてちっとも頭に入ってこない。

俺がちょっぴり後方を向くと、彼が覗き込んでにこりと笑ってくれる。

…大倉の笑顔の破壊力ってヤツは凄まじい。

愛おしげに見詰められるだけで、キュンなんてものを通り越して、心臓が痛い。

 

男同士のしょうもない話で笑い合っている時の表情とも違う。

──まるで『恋人』に微笑みかける、優しい笑顔。

 

ごめんなさい、ごめんなさい。

もうちょっとだけ、このままでいさせて。

 

せめて、この嵐が過ぎ去るまで…。

 

 

 

* * *

 

 

 

折角大倉が遊びに来てくれたのに、外は警報レベルの強風+大雨。

荒れ始めたのは丁度彼が俺の部屋に到着して間も無くだったから、タイミング絶妙だったと苦笑いしていた。

 

こうなるともう外出も難しいので、いっそ昼間から飲んじゃおうか、なんて。

どうやら彼は半分そのつもりだったようで。食材等までバッチリ買い込んで来ているし。

「キッチン借りるで」と、手際よく軽い食事を用意してくれている横で、一緒に調理する時間も楽しかった。

 

大倉が見たいと言っていた映画の円盤を引っ張り出したり、俺オススメのお酒を並べていく中。

彼が、リビングに置いてあった書籍に目を留める。

「『催眠療法について知る』…って、何やコレ」

「あぁ、こないだ一緒に見たテレビ番組覚えてる?ヒプノセラピーの特集やっとったやつ」

そういえば…と、彼が相槌を打つ。

 

以前から興味は有ったけれど、改めて色々識っておきたくなったのだ。

『催眠術』ではあるが、一般的にパフォーマンスとして捉えられがちなそれでは無く。

催眠状態で潜在意識にアプローチすることで、問題の解決を目指す療法である。

「ヤス、『催眠術にかかりやすい人の特徴』全部当て嵌まっとったもんな」

「もー…、それ言わんといてやぁ」

勉強したという程では無いが、科学的に確立されたもので奥深い分野である。

無自覚であったストレスの原因や、自分でも気付いていなかった・周囲の人間に対する本当の感情を知る事もあるらしい。

「興味持ったらすぐ取り掛かるってのが、ヤスの凄いとこっちゅうか偉いとこって言うか」

「そんな大したもんちゃうって」

 

本当に、たったこれだけの遣り取りだったのだ。

それがまさか、数時間後にあんな事になるとは、全く考え及んでいなかった。

…大倉にとっては、ただの災難だが。

 

出したお酒が相当気に入ってくれたようで、お互い結構なペースで飲んでいた。

外の大荒れっぷりも忘れ、会話も弾む。

そして気付けば、大倉は既にウトウトと寝落ちかけていて。

「おーくらー、寝てもええけど、ここじゃ後で体痛なるでー?」

「…寝てへんし、起きてるー…」

声を掛けると、完全に寝惚けた反応が返って来るのみ。ちょっと可愛い。

ソファーの背凭れに寄り掛かったまま、大きな身体をだらりと投げ出している。

俺達の体格差では、別の場所に運んであげる事も難しい。

今夜はこのまま泊まっていってくれたら嬉しいなぁ、なんて。

酔っ払い君の頬に触れながら、無意識に口元が緩んでしまう。

 

──ずっとずっと、大倉に片想いをしている。

 

一方的に夢を見ているだけだ。成就させたいとも思っていない。

この距離感が心地良いから、気付かれないままでいいとすら考えている域。

でも、こうした二人だけの時間というのが本当に幸福で…。

 

「んしょ…おーくら、せめて横なろっ、なっ?」

何とか促して、ソファーの座面へ横倒しにしてあげる事には成功。

後は一応、毛布でも掛けてやろうかと。

彼の傍から立ち上がりかけた途端、唐突に大倉の腕が伸びて来て、行かせないとばかりにホールドされていたのだ。

「びっくりしたぁ…寝惚けてるやん、おーくらさーん?」

呼び掛けるも、相変わらず『寝てません・起きてます』的な響きが繰り返されるだけ。

 

どうにも動けなくて、暫く困り果てタイム。

抜け出る策を考えていると、今度は「ヤスも寝るんや…」と、甘えるように囁いて来る始末。

「へっ?俺も?」

あれよあれよという間に、大倉の横で添い寝するような体勢へと引き摺り込まれているではないか。

ガッチリ捕まえられたままで、当の本人はすっかり寝入ってしまっているし。

「ちょ…おーくら!寝るなー!!」

密着状態・顔も近い。

大好きな人の体温や匂いを、心の準備も無く間近に感じて、落ち着いていられるものか。

 

…けれど、何処か喜んでいる自分も在るのだ。

 

始めのうちこそ、ここから逃れようとアレコレ頑張ってみたが、早々に諦めた。

開き直って、自ら擦り寄ってみたりもして。

片恋のままでいいのに。こんな揺さ振られるばかりのイベントは勘弁して欲しい。

押し込めたはずの『好き』が溢れてしまうから。

 

「忠義くんは、章大くんの事がめっちゃ好きになるー…」

大倉の無防備な寝顔に、どうしようもない独り言。

我ながら、何をやっているのだか。

そこからも、耳元へそっと、寝物語のようにポツポツと独白が続く。

 

気が付いた時には、もう大好きで。『恋』を自覚するのも早かった。

もしもお付き合いする事が出来たなら?

『友人』ではなく『恋人』として可能な事を、二人で様々チャレンジしてみたい、だとか。

デートするなら行ってみたいところが在るんだ、だとか。

…こうして一緒に居られるだけでも幸せなんだ、とか。

他にも色々。止まらない。

 

俺の『好き』を、脈絡無く・湧き上がるままに説いただけ。

実際に告白なんてしようものなら、もっと無茶苦茶な事を言って困らせてしまうんだろうと思う。

寝顔につられて、いつの間にか俺も眠っていて。

 

…起床後にとんでもない事態が待ち構えているなんて、予想もしていなかったのだ。

 

 

 

* * *

 

 

 

雨が窓を叩く音は止まず。

優しく頭を撫でられる感覚が気持ち良くて、うっとりした心地で目を覚ました。

「ん…あれ、俺も寝てもうてた…」

「もうちょい寝とってもええのに」

先に起きていたらしい大倉が、その手を止めずに柔らかく告げる。

あぁ、撫でてくれていたのは彼だったのか。

 

時刻を確かめると、眠っていたのはほんの一時間程度のようだ。

「もう夕方やなぁ、またキッチン借りてもええ?夕飯作ったる」

「ありがとう、俺もなんか腹減ったかも」

「食欲あるなら作り甲斐も有るな、ヤスの好物で揃えたるから覚悟しといてや」

さすが、俺の好みまで知ってくれているんだなぁ、なんて。

そんな事をふっと呟くと、大倉が得意気に笑むのだが。

 

「付き合いの長い恋人の好みくらい、把握出来て当然やろ」

「ふふっ、さすがおーくら……って?」

 

うっかり、スルーしてそのまま聞き流すところだった。

…今、『恋人』とか言わなかったか?

「眠かったら寝とってもええよ、美味しい匂いで起こしたるから」

固まっていた俺へ、追い討ちのように額へのキス。

混乱なんてレベルじゃない・何が起こっているのか、理解が追い付かないのだ。

 

大倉がおかしい。

どうしてしまったんだ。冗談にしては強烈過ぎる。

その場限りのものだと思い、若干顔が強張りつつも、深く突っ込む事をせずに流してみたのだが。彼の様子は変化無く。

…俺への態度が、一段と甘いと言うのだろうか。

『恋人』という扱いをされる度に、それが演技などでは無い自然さであると思い知るのだ。

 

未だ頭の処理が追い付かないまま、これまた美味な食事を戴いて、ぽやぽやと幸せな空間に浸ってしまった。

一緒に片付けをしている最中になって漸く、馴染んでいる場合じゃないと慌て出すのだ。

「どないしたんや、ずっと様子ヘンやで」

「…俺が、おかしいんかな」

ぽつりと零すと、彼が心配そうに見詰めて来る。

まるで、別の世界に放り込まれた感覚ですらある。

 

俺と大倉は、友人としてもそこそこ距離感がバグっている自覚は有るが、今の彼はそれ以上で。

むしろ、俺の反応がぎこちないのが不思議に感じるらしい。

コレは…いやまさか。

先程俺がやらかした、アレが原因なのか?

俺と大倉が恋人関係であると刷り込んでしまったのではないだろうか…?

そう言えば、読んだ本にこんな事も書いていた気がする。

『催眠中は、外からの暗示を受け入れやすい状態になっています』。

『強い暗示をかけられる事で、それが事実であると思い込む性質もあります』。

どうしたらいいのか分からないけれど、俺が表情を曇らせると、大倉を不安にさせてしまうだけ。

何でも無いよと取り繕ってはみたが、彼は夜までこんな調子で。

 

…そして、現状に至る。仲良く映画鑑賞状態。

強烈な罪悪感と共に、束の間の恋人体験に陶酔してしまう自分も居て。

駄目だって分かっているのに、抗い切れない…。

 

「さっきから全然映画集中できてへんやん」

「あの、えっと…」

「…もしかして、こういうこと期待しとった?」

反射的にびくん、と身体が跳ね上がる。

シャツの隙間から侵入する彼の五指。耳朶を甘く食まれ、はしたない声も漏れ出ていた。

「ヤス、こっち向いて」

「んっ…おーくら…っ」

口唇へのキスがトドメだったと思う。

全身の緊張が解けるように痺れていって、深くなるばかりの口付けに溺れ。

既に俺の敏感な個所を知っているのか、なんて。そう疑いたくなるほどの愛撫に屈していく。

あっさり服を剥かれていくのも気付いているのだけれど、全て委ねてしまいたくなるのだ。

 

『親友』のままでいいだなんて、自分の気持ちを誤魔化していただけなのかもしれない。

本当は、こうなりたかった。こうして欲しかった。

大倉の腕の中でメチャクチャに蕩けて、全部彼のモノになれたなら、どんなに幸せか…。

 

「トロトロになってもうて可愛えなぁ、俺も我慢出来ひん」

欲熱の混じった声音に眩暈がする。

一層際どい部分に指先が這うのを感じてハッとした。

いやいや・さすがに流されている場合じゃない。彼にとってはとんでもない事態だ。

いつの間にか同性相手を襲っていましただなんて、そんな黒歴史を背負わせる訳には…!

 

咄嗟に思い付いたのは、原始的な手法。

一瞬躊躇したものの、これ以上は俺の理性がもたない。浅ましく彼に求め縋ってしまうから…。

「おーくら!ごめんっ!!」

手加減する余裕すら無い平手打ちを、彼の頬に見舞う。

鋭く小気味良い音が響くと同時に、漸く大倉は我に返ったのである。

 

 

 

* * *

 

 

 

大倉の方は相当戸惑ったはずだ。

意味不明に痛む頬と、目の前には半脱ぎで大泣きしている俺。

 

包み隠さず、全部説明したのだ。

正直自分でも良く分かっていない感も有るけれど、全て俺が悪いのだと。

しかし彼は怒るどころか、別の意味でホッと安堵の表情。

「俺が酔っ払うてヤスの事襲うたんか思た…」

「えっ!?そんなんちゃうからな!?」

慌てて否定する俺の目元を、彼の指がそっと拭ってくれる。

「今の平手は結構効いたけど、泣かんでええよ」

拳でぶっ飛ばしてくれたって全然構わない、って笑う。

 

「…俺もなんか夢見てる感じやった、全部記憶飛んでる訳ちゃうねん」

「おーくら…?」

「俺が無自覚にヤスに惚れとったことバレてもうたなぁ」

 

気の抜けたような笑顔が降って、呆気にとられている俺の唇を奪う。

いっぱいキスしても抵抗しなかったよな、と囁かれて。真っ赤になって頷いてしまう俺もどうなんだ。

「だって、潜在的なホンマの気持ちが出てまうんやろ?」

大倉曰く『ヤスの事が好き』という想いを本人が認識するよりも先に、短時間ながらも恋人体験をしてしまったなんて凄い話だ、って。

 

さりげなく抱き寄せられ、何故かそのまま抱え上げられているではないか。

向かう先は寝室。脱ぎかけの衣服も放置で運ばれ、ただ狼狽えるだけ。

ベッドの上に優しく組み敷かれてから、こんな台詞を聞くまでは。

 

「──ごめんなヤス、余裕で抱けるわ」

 

 

 

 

 

-貴重なお時間を頂き、有難うございました。