※『夕闇トレイン』楽曲における勝手な解釈+妄想補完文

※緑青さんと言いますか倉安要素を含みます。苦手な方は特にご注意

※緑さん視点。高校生パロ・プチ嫉妬から始まる甘々な恋

 

 

 

 

 

 

俺はどうにも、この電車が『憎たらしい』らしい。

 

別に、鉄道会社サマや路線自体に恨みがある訳じゃない。

ただこの時間のこの電車が、やっぱり憎らしく思うばかり。

 

「じゃあなーおーくらー!まった明日ー!!」

「…おん」

改札前で見送る俺へ全力で腕を振る様子が、可愛いやら面白いやら。

調子に乗って来ると、振り返り様の投げキッスまでプラスされてしまう始末。

同級生達にはよく揶揄われているものだ。

「大倉と安田って、付き合ってんの?」だとか。

「お前ら、長年の幼馴染みとか・10年来の親友とかいうヤツ?」だとか。

…そんな訳が無いだろう。

傍目からそう見える位に仲良しだと思われているのは、正直悪い気はしていないが。

 

高校に入ってから、同じクラスになった時に知り合った。

そうでもなければ、共通点すら見付けられなかったかもしれない俺達だけれど。

出会ってから仲を深めるまでは、本当に超速だったのは認識している。

今では『おーくら』『ヤス』と呼び合っては、校内外問わず殆ど一緒に過ごしているし。

電車通学している彼を、帰りに駅までお見送り…なんてのも、日課レベルで浸透していた。

 

ヤスの人の好さというか、人たらしの部分に、俺もしっかり釣られていた訳で。

彼も妙に俺に懐いてくれているのが嬉しい。

あの笑顔に日々癒されているのも実感しているのだ。

 

丁度、彼と放課後まで共に遊ぶようになった頃からだろうか…。

例の電車に敵対心(?)を秘めるようになったのは。

俺の自宅の最寄り駅と、ヤスが普段使っている駅が同じである事を知ったのだ。

そこから、帰宅時は駅まで雑談しながら歩くという習慣になっていったのだけれど。

「じゃあなー」と駅で別れ、夕闇に溶ける電車を見詰めながら。モヤモヤとした気持ちが生まれて来るのを察した。

 

子供のような言い方をすれば、「ヤスを取られた」という感覚。

 

コレを自覚した途端、自分で自分に・怒涛の脳内突っ込み。

イヤイヤ有り得ないだろ。

電車相手に嫉妬するとか何だ。

ガキっぽいにも程がある。

気の合う友人に巡り合えたのが嬉し過ぎて、浮かれてしまっているだけだろう?

「…友人?」

ぽつりと口にして、今度はそちらに違和感を感じるのだ。

彼に対する表現として合致していない気がして。

 

自宅までの道を辿りながらも、ずっと考え込んでいた。この感情は何だと。

こんな調子で自室に戻った直後、携帯端末がメッセージの着信を告げて来る。

それはまさに、今俺の頭の中を占領している人物からで。不意打ちにドキリとした。

『さっき言うの忘れてた』『週末ヒマだったらあそぼー』なんて。

実際の声が聞こえてきそうな、緩く平和なお誘いの文面。

…我ながらチョロ過ぎる。即座に了承の返事をしていたのだから。

 

何故か気分は『気になるコから誘われて脈アリなのかとテンション上がりまくりの状態』に似ているかもしれない。

そこに気付いた瞬間、自身が抱えている感情が『恋愛』寄りの想いであると理解してしまったのである。

咄嗟に、再び打ち消そうとする。

ヤスに恋しているだなんて。

何考えてるんだ、おかしいだろ。

お前が好きなのは女の子の筈…。

色々と頭を抱えるレベルで考え込んで悩み抜いて。

俺にしては驚異の、夕食も喉を通らないという有様。

 

結局、悩みは遠回りに一周回って。

男だとか女だとか関係無く・ヤスだから好きなのだという結論に至ったのだ。

 

…ただし、告白するかどうかは別である。

その辺りは、ヤスの顔を見る都度だいぶ揺らぎ続けた。

告げるべきか、このまま良い友人関係を築いていくべきか。

「惚れてもうたんやからしゃあないよなぁ…」

答えが見えた途端、次の悩み。

相変わらずヤスは可愛いし優しいし・中身は堂々男前。

一緒に過ごすほどに『好き』は膨れ上がるばかりで。保留しておくのもそろそろ限界か。

同時に、彼の笑顔が翳ってしまうのを見たくない。そんなジレンマに陥る。

 

彼への恋心を、まさか電車に気付かされるとか。不甲斐無いにも程がある。

やり場の無いイラつきも含めてあの電車に若干責任転嫁しつつの、『憎たらしい』なのである。

そして駅でヤスを見送るという日常を繰り返すたびに思うのだ。

この想いは、自然に薄らいでくれるのを待ったところで無駄だ。諦められる訳が無いなぁ、と。

 

「…やっぱ恋してもうてるわ、俺」

 

 

 

* * *

 

 

 

想いを告げる事を密かに決意し。俺の頭の中は、告白に至る為のプランニングに忙しい・そんな折。

放課後、いつものようにヤスと駅の手前まで歩き着いた時だった。

 

「あれ…?なんか駅の周り、人多ない?」

ヤスがそちらを指すので俺も覗き込んでみると、確かに人だかりが出来ている。

イベントでもやっているのか、もしくは何かの団体さんに遭遇したか?

ちょっと様子を見て来る、と駆け出した彼は、すぐに人の波に埋もれて見えなくなった。

「…アイツ小っさいからなぁ」

「聞こえてんでー!」

あっさり戻って来たヤスだったが、その表情はちょっぴり困り顔。

「あんなぁ、車両トラブルで運転見合わせやって…」

しかも、運転再開の見通し立たず。それで現在駅周辺が混雑している状態らしい。

「どないするん?別の路線で帰るか」

「そっちも人いっぱいみたいで俺潰されてまいそうやなぁ…もうちょい様子見てなんとかするから、おーくら先帰ってええよ?」

こんな状況で、さらりと彼を置いて去れるものか。

空は曇天、雨の予報も出ていた筈だ。日没も迫っており、このままヤスを残して帰るだなんて出来やしない。

 

「ヤス、俺ん家来る?」

「ふぇっ?」

 

…殆ど何も考えずに誘いを掛けていた。

自宅は駅から近く、数分歩くだけ。

再開するかどうか分からない状態でずっと待っているより、遊びに来る感覚で休んでいってはどうかという提案。

発した後に、何て安直な事を口走っているのだと戸惑ったが。

ヤスの笑顔が、一瞬で吹き飛ばしてくれた。

「ええの!?行きたいっ!」

ぱぁっと晴れ上がり、直ぐに俺の隣にくっ付いて歩き出す。

「おーくらの家、初めてやぁ」

「あぁ…そうやったっけ」

ヤスの部屋は何度か訪問した事があったが、呼ぶのは初だった。

彼の部屋は…良く言えば、趣味と夢が一杯に詰まったヤスらしい一室である。

悪く言うと…まぁ、止めておこう。

俺の自室は最近そこまで片付けてはいなかったが、少なくともアレよりは整頓されていると明言しておく。

 

不謹慎ではあるが、今回のトラブルに、心の何処かで感謝しているのだ。

他の利用者や鉄道会社の皆々様に深く謝罪する。

でもって、『憎たらしい』なんて思っていて悪かったと、車両自体にもそっと謝ったりして…。

 

幸い・遅れに遅れたが、終電近い時刻から運転再開となったらしい。

 

 

 

* * *

 

 

 

彼を連れて帰宅後、ヤスの大倉家への馴染みっぷりもこれまた超速だった。

あれよあれよという間に、夕飯食べていけ泊まっていけという流れになり。

今現在。彼は俺の部屋で・俺のシャツを羽織って・俺の隣でふにゃふにゃ幸せそうにお泊まりモードという、予想以上の進展ぶり。

 

ベッドの横に客用の布団を敷いてやっていると。

パジャマ代わりに貸した俺のシャツ類はやはりサイズが大きいようで、袖をパタパタ揺らしていた。

「えへへ、何かええなぁ、こんなんも」

『可愛いからやめてくれ』と声に出しそうになるのをぐっと堪える。

まさかいきなり泊めるなんて展開になると思わず。平静なフリをして、内心色々大荒れになっているのだ。

一番の問題は、想い人と一晩一緒に過ごして、何かやらかしはしないかという心配。

…しかし良く考えれば、落ち着いて話すタイミングとしてはこれ以上は望めまい。

 

「…なぁ、ヤス」

「なにー?」

意を決し・真面目な空気を作ると、ヤスも何かを察したのか、スッと姿勢を正していた。

布団の上に正座する勢いの彼と、緊張しまくりの俺。

僅かに距離を取って隣に座ると、じっと見詰め合うだけの時間が生まれる。

気恥ずかしいのに、不思議と心地良いのは何故だろうか。

「もう、気付いてもうてるかも…やけど」

『なんのこと?』と小首を傾げる仕草も愛らしくて困る。

本人を目の前にして、着飾った台詞など出て来てくれないのだ。

 

「──俺、ヤスのこと好きなんや」

「…すき?」

 

小さな声で復唱すると、まだ意味を理解出来ませんとばかりに問いの連続。

「そら、恋愛感情の好きなん?」

「…おん」

「俺とキスしたいとか、えっちいことしたいって意味で?」

淡々とストレートに尋ねて来るものだから、凄まじく動揺した。

しかし、肯定であるのだから誤魔化す事無く認める。

強い拒絶か嫌悪感を向けられる覚悟はしていたものの。…じわりじわりと、彼の顔が赤く染まっていくではないか。

口元を緩ませ、「ホンマに?」と繰り返すのだ。

「揶揄ってるとか、そんなんちゃう…?」

「こんな悪趣味な冗談言われへんって」

そう答えた途端、弾かれる勢いで彼が正面から抱き着いて来て。挙句に「嬉しい」と熱の混じる声音で口にするのだ。

「おーくらの隣におるといつも幸せで、せやけどまだ欲張ってる部分があって…なんやろうって思うとった」

「ヤス…?」

「俺も…おんなじ気持ちやったんやなぁ」

 

そっと彼が顔を上げたと思ったら、柔らかな感触が唇を撫でる。

それがヤスからの口付けであると認識したのは、数秒の硬直を挟んだ後。相当間抜けな反応をしていたと思う。

「んっ…もっかい、してもええ…?」

こちらの返事など聞く気も無く、再び重ねられる。

しかも今度は、次第に大胆に舌先まで絡み合う、濃厚なキスに変わっていく。

 

──これは、マズい。

嬉しいけれどマズい。正直たまらないけれどマズい。

ヤスが積極的過ぎて、抑えが利かなくなる。

「っは…ヤス…」

本気で貪ってしまう。呼吸ごと攫うように深く求め、彼が腰砕けになるまで…。

自分の方から仕掛けた癖に、少々涙目になって蕩けていた。

「アカンやろ、止まられへんくなる」

「ん…ごめんおーくら、両想いなんやって思たら嬉しなってもうて…」

 

頭の芯から痺れる程に心地良くて、理性が剥ぎ取られていく。欲のままに酷い事を強いてしまいそう。

とろんとした表情で視線を送ってくるものだから、尚更誘惑される。浅ましい火照りをぶつけて泣かせる様が容易に想像出来て…。

そんなギラギラした熱欲が伝わってしまったのだろう。

「俺なんかに欲情してくれてるん?」

「するやろ、食われとうなかったら煽らんといてや」

警告してやるのに、当の彼は無防備に「ええよ?」と擦り寄って来るのである。

本当に勘弁してくれ。此処で襲うという選択肢を必死に振り払う。

「…なんも準備してないんやからアカン」

これではまるで、準備バッチリだったら嬉々として襲いますと宣言しているようなものだが。

「おーくらのそういうトコ好き」

ふわりと笑顔を見せながら、「俺、大事にされてる」と喜んで。

そんなの当たり前だろと返すと、また艶然と笑む。

 

「せやけど…良かった、かも」

「何が?」

「おーくらと気持ちええことしたら、俺…絶対声ガマン出来ひんと思うから」

 

照れながら凶悪な精神攻撃の連続。

さっきから俺の理性をゴリゴリ削ってくるのは、試されているのか?

本日のトドメが、可愛らしい『お願い』である。

「折角布団敷いてもうたのに申し訳無いねんけど…えっと、一緒に寝てもええ?」

…ホラ、これだもの。

駄目と断ずる余力は残っていない。

俺のベッドにお招きすると、先程の色気を纏わせたまま、ぴたりと添って来るのである。

「ふぁ、おーくらの匂いやぁ…」

ぽやぽやと幸せいっぱいの様子に、此方も嬉しくなってしまうが。

想いが通じた幸福感を飛び越えて、己のメンタルの限界に挑んでいた。

 

今の俺がヤスに願う事はただ一つ。切実なまでに。

頼むから早く寝てくれ、と。

 

俺が漸く寝入る事が出来たのは、それこそ始発電車が動き出す頃の時刻であった。

 

 

 

 

 

-貴重なお時間を頂き、有難うございました。