※『猫の日』にポンと浮かんでしまったお話
※緑さん視点・特殊も特殊な設定…ですが深く考えずに読んで頂くのが吉
青さんのビジュアルについてはお好みでご想像下さい
※濃い目に緑青さんと言いますか倉安要素を含みます。苦手な方は特にご注意
※少々関係をほのめかす描写あり、ご注意
気付いたらもう、君は傍に居てくれた。
俺が幼い頃から、嬉しい時も、落ち込んだ時も。
共に喜んでくれたり、悲しんでくれたり。
自慢の愛猫だが、可愛い故に正直あまり見せびらかしたくない。
俺が進学の為に上京する事が決まっても、一緒に行きたいと申し出てくれたのがどれだけ嬉しかったか。
環境の変化が猫にとって強烈なストレスになることは分かっていた。しかし章大は、ふにゃふにゃと愛らしい笑顔を向けたまま。
「忠義がちゃんと構うてくれたら平気やで、大学生になって忙しなる思うけど…邪魔にならへんようにするから、一緒におりたい」
「邪魔な訳あらへんやろ!章大と暮らせるんなら俺も嬉しい」
予定していたより少し広めで、当然・ペット同居可の部屋を借りる事にした。
バイト三昧だった高校生活、貯め込んでおいて良かった…。
実のところ、半分くらいは章大の猫用アイテム類をより充実させる目的で稼いでいたようなものだから。
章大の為に貯めたお金を彼の為に使える幸せ。
…本人に言ったら「忠義の為に使えやぁ」なんて申し訳無さそうにするだろうから黙っておくが。
間接的に俺の心がガッツリ満たし癒されるので、実質俺の為。問題無し。
引っ越してからも、彼はこんな主張をするのである。
「あんなぁ、俺でも出来そうなことあったら、何でも言うてな?お留守番してる間、色々頑張るから」
あまり甘やかさずに、役割を与えて欲しいと訴えるのだ。
あぁもう、我が家の猫が可愛過ぎる…!
「…忠義、顔が緩んでもうてる」
「章大が悪い、こんなん不可抗力やろ」
抱き締めずにはいられない程、君が愛しい。
* * *
章大は好奇心旺盛で、とても活動的な猫だった。
散歩も大好きで、あちこち歩き回るのも新しい発見の連続で新鮮なのだと微笑む。
「こっちで地元の奴に苛められたらすぐ言うんやで、猫は縄張り意識強いからな」
「ふふっ、過保護やなぁ、せやけどありがとう」
陽の差し込む窓辺から外も眺めているのも好きなようで、ウトウトしてそのままお昼寝してしまう事も常。
音楽も好んでおり、部屋で何か曲を流せば、楽しそうに歌うし踊るし。
即興で曲を作る事も得意としていた程だ。
家事を手伝ってくれながら、たまに不思議…というか、意味不明な謎歌を口遊んでいる事もあったっけ。
でもって、マタタビよりも酒が大好き。
普段から豪快に海賊飲み。しかも酒豪級。
…成人しても、彼のペースで飲むのはやめておこうと誓っていた。
挙句に、オシャレが好きなくせに自宅では常に薄着か裸に近い。
実家では見慣れていたものの、そのままの格好で外に出ようとした事もあったので、慌てて捕獲。
薄着でもいいから服は着用せよと厳命。
性格も優しく穏やかで、基本的にいつも温顔。
時々ぶっ飛んだドジを踏んで大騒ぎになったりするが、当人が一番ケロリとしていて。
けれど、この笑顔にどれだけ救われて来ただろうか…。
どんなにしんどい場面に遭遇しても、自宅で彼がスリスリと甘えてくれるだけで、大抵のストレスは掻き消えたものである。
最近なんかは、俺が帰って来たのが『分かる』らしく、察知した途端に玄関に素早く移動するのがお約束になっているようだ。
「おかえり!忠義っ」
毎度無邪気にお出迎えしてくれる様子がたまらない。
俺の両腕が空いた途端に、するりと潜り込んでハグを求めて来るし。可愛いが過ぎる。
大胆かと思えば、気遣いスキルも人間以上。
先日、俺が大学のレポートに忙殺されていた頃だったか。
構って欲しいくせに、此方の邪魔をすまいと別の部屋で静かにしていたり。極力・自分の存在を消すかのように振舞うのだ。
俺が結局寝落ちした後、寝室から毛布を引っ張って来て掛けてくれた上に。章大自身は部屋の隅で縮こまって、小さな寝息を立てているではないか。
…彼が驚いて飛び起きる程、熱烈に撫で回してしまった件については許して欲しい。
* * *
章大との暮らしにもすっかり慣れた。
簡単な家事まで一人でこなせるようになった彼は、まさにスーパー猫様。頼りになるどころじゃない。
そんな俺が、唯一頭を抱えている問題が有るのだ。
それは、睡眠時に関わる…いや、章大の身の危険に関わる最重要課題。
元々実家に居る頃から、章大は俺の部屋で眠る事が多かった。
姿が見えないと思えば、いつの間にかベッドに潜り込んでいる。
最初は浅い眠りの状態で、俺の就寝準備が整った事を察すると、ほんのり目を開けて擦り寄って来るのだ。
猫の平均体温は、人間よりもずっと高い。
彼の温もりが心地良く、冬場なんかは抱き締めて眠るのが当たり前になっていた程。
身体を撫でてやると、気持ち良さげに悩ましい声音を響かせる。
つい、彼の弱いところを探ってしまう。もっとイイ声が聞きたくて、やり過ぎてしまう夜も多々。
こんな事を繰り返しているから、正直俺の方が煽られているようなものだ。
トドメは、おやすみのキス。
子供の頃に冗談でやっていた習慣が、今でも続いているのである。
唇に優しく触れるだけのお子様なキスではあるのだが、彼は本当に嬉しそうに応じてくれるものだから。
──マズいと思っているのだ。
年々色気を増すばかりの章大に、俺の理性が限界気味なのである。
もっと濃厚に口付けてしまいたくなる。
抱き締めるだけじゃなくて、押し倒して引ん剥いて、欲望のままに貪ってしまいたい…だなんて。
毎夜少しずつ精神を擦り減らしている感覚。
癒されると同時に、一人我慢大会という・自分でも良く分からない現状で。
俺の章大への感情は、『愛玩動物』なんて一線を引いた単語に当て嵌まりはしない。
『家族』という温かい美句も似合わない程に、醜悪ですらある苛烈な愛情。
けれど章大は違う。純粋に『ご主人様』として慕ってくれているのだ。
その信頼を裏切りたくない。彼を傷付ける行為も避けたい。
物理的に距離を取るのが一番だと分かっているのに、離れる事も考えられない。
我ながら、浅ましいまでの執着が情けないというのか…。
日々彼の存在に和みつつ、過剰に触れないように努めるのみ。
ペラペラな理性でよく堪えていると思うが、そんな心構えのまま数日が過ぎた頃。
何故か今度は、章大の方が目に見えて元気が無くなっていくのである。
ある夜、とうとう彼が切り出すのだ。その顔は、酷く悲しげで…。
「忠義…俺のこと嫌いになってもうたん…?」
「はぁ!?」
それだけは絶対に無いと、即・否定。
しかし章大の消沈した様子は変わらず。
どうしてそう考えるに至ったのかを尋ねると、じわりと目端を潤ませてくるものだから、焦りまくったとも。
「だって最近忠義の方からぎゅってしてくれへん、…おやすみのキスもアカンて言うし」
断じて嫌いになった訳では無いと繰り返すものの。
彼にしてみれば、急に俺の態度が冷たくなったように感じられたのだろう。
小さく震える肩に触れると、ぼろぼろと涙雫が溢れ出す。
「忠義にいつかお嫁さんにしたいくらい可愛い彼女さんが出来たら、きっと俺は要らへんくなるから…」
「何言うて…」
「せめてその日が来るまで…いっしょにおりとうて」
けれど嫌われてしまったら、それ以前の問題なのだと泣きじゃくる。
章大の事を思って自制していたはずが、結局彼の心を傷付けていただなんて。
深く後悔する気持ちと、同等な程に湧き上がるのは静かな怒りである。
──『要らなくなる』って何だ。
ずっと、俺が章大を捨てる前提だと思われていたのか。
…悲しくて、苦しい。
彼もこんな胸の痛みを感じているのだろうか。
俺が自らを律していた理由をきちんと言葉で説明しようと、彼が落ち着くまで待とうとしていたのだけれど。
…冷静な釈明なんて出来そうに無い。
今の俺がどんなに言葉を尽くしても、何一つ上手に伝えられない気がした。
ならば、直に警戒して貰えばいい。
目の前に居る奴が、お前にとってどれだけ危険な相手かを思い知れ。
俺の方が余程、本能のままの動物的な雄だという事実を。
「…章大、おやすみのキス、しよか」
彼の返答を拾う事もせず、顎下から引き寄せ、涙顔に口付けた。
数日振りだったからか、少し戸惑った素振りも見せるが。そっと唇が離れると、やはり嬉しそうに目元が揺れるのだ。
泣いているところが恥ずかしいと言い出して、また顔を伏せようとするが…。
今夜の『おやすみのキス』は、まだ終わりじゃない。
「薄う口開いといて、章大」
「…ふぇ?」
再度、柔らかな唇を奪った。
びくん、と毛を逆立てるみたいに一瞬身体が跳ねる。
無防備にされるがままの口唇を甘く食み、舌先で蹂躙する。濡れた音にもゾクゾクして…。
ずっとこうしてやりたかったのだと。改めて痛感していた。
彼の舌は、特徴的なザラつきが他の猫と比べると慎ましく、こうして絡めてやると気持ち良い程で。
ほら、もっと暴れて逃げないと駄目じゃないか。
しかし彼は嫌がるどころか、こんな場面でも好奇心を覗かせ、順応してくるのである。
「んっ…忠義、気持ちええ…これもキスなん…?」
うっとり蕩けながら必死に酸素を求める表情が、強烈に俺の欲を煽るのだ。
噛み付くような勢いで押し倒し、知り尽くしている敏感な部分へ指を這わせる。
就寝時は一段と薄着を好む彼は、脱がせる必要が無い位に暴くのは容易。
今度こそ抵抗するかと思いきや、悦い声を熱い吐息に混ぜ、敏感に身悶えるばかり。
更には、自ら露骨に身体を摺り寄せて来る始末。
「…何で逃げへんねん」
「なんで…?」
質問の意味自体が分かりませんと小首を傾げる。
「だって、逃げてもうたりしたら、この続きしてもらえへんのやろ?」
むしろ俺が離れてしまわないように、此方へ精一杯腕を伸ばしてくる。
「人間の生理的な欲はよう分かれへんけど、忠義とするんやったら絶対気持ちええもん…」
自分だって本当は我慢していたんだ、とでも言いたげに。
匂い立つ程の艶を纏わせ、「ベッドで触れてくれる度に、もっとスゴいことして欲しゅうてたまらへんかった」と零す。
「…猫ってな、めっちゃ性欲強いねん」
先程の濃密なキスを、今度は章大から仕掛けて来たのだ。
覚えが良くて優秀なのか・器用過ぎるのか。猫の舌技にこっちが陥落しかけた。
「猫は縄張り意識が強いって言うとったよな?その通りなんやけど、俺はちょい意味ちゃうかも」
「章大…?」
「俺はとっくに忠義のモンやで?せやけど、このまま身体も繋がれたら、ホンマの意味で忠義のモノになれるんやなぁって…」
『所有物であると主張されたい、独占して欲しい』と囁くのである。
「こんなん思うの、忠義だけや…」
丁度彼の腰部に這わせていた俺の手の平を絡め取ると、彼が自らの下腹に導いてきて。
ココに頂戴、と。濡れた唇の動きだけで分かった。
「いっぱいマーキング、して欲しい」
純真無垢で淫らなオネダリ。
完敗。…こんな風に甘えられて、敵うと思うのか?
* * *
章大は腕枕がお気に入りらしい。
抱き寄せながら頭を撫でてやると、うにゃうにゃと嬉しそうな鳴き声。
「身体辛ない?」
「ん…平気、幸せやもん…」
此方も、猫の性欲とやらを思い知らされた。
あんな際どい艶麗を何処に隠し持っていたのか。いや、その片鱗をチラつかせてはいたけれど…。
深く抱き溶けながら、彼を捨てるだなんて有り得ないという事を過度なまでに教え込んだ。
漸く納得したようだが、やはり形になるものも必要なのかもしれない。
「…章大、首輪買おか」
「ええの!?」
束縛になるというか、彼には窮屈かもしれないと思い、今までは避けてきたのだが。
最近の傾向として、本人のものと共に・贈り主の名も刻んだり、飼い猫にとってそんな無二の首輪は『特別』なのだと聞いた。
…こんなに喜んでくれるだなんて。
今度一緒に選びに行こうと提案すれば、一層顔を綻ばせる。
「忠義、大好きやで」
「俺も」と囁くのと同時に、どちらからともなく唇を重ねた。
何度だって、飽きるほど言おう。
抱き締めずにはいられない程、君が愛しいと。
-貴重なお時間を頂き、有難うございました。