※『CIRCLE』楽曲における勝手な解釈＋妄想補完文
※緑青さんと言いますか倉安要素を含みます。苦手な方は特にご注意
※青さん視点。高校生パロ・バレンタインデーに美味しく戴かれてしまった件
2月14日・バレンタインデー。
自分でも気付いていなかったが、俺はこの日をあまり好きでは無かったのかもしれない。
「早いなぁ、もう来週かぁ…」
カレンダーの日付を一瞥し、無意識に呟いていた。
幼い頃は、何となく『チョコレート菓子を美味しく食べられる日』程度の感覚で。
中学生頃からは、むしろ自分でも作る方から挑戦したりして、男女問わず配りまくった事もあったっけ。
調理からラッピングまで、細部まで凝り出すと中々楽しいものだった。
高校生となった今でも、本格的に作るところまでは至らずとも、自分で専門店へ赴いてチョコを買い求める位は恒例になっていて。
親しい人や家族の分を選ぶ時間もワクワクした。
イベント事に興じるのは、充実感のようなものはあったけれど。
それは、『バレンタインデー』における重要度を、俺がちっとも理解していなかっただけなのだ。
幼馴染み兼クラスメイトの忠義は、昔からとにかくモテる男だった。
特にこの14日前後は毎年、本命・義理共に、とんでもない量のチョコを抱えて帰宅していた。
本人は甘いモノはあまり好まないし、かといって雑に突き返したり処分したりする事もしない優しいヤツなのだ。
更にこの機に乗じて、愛の告白なんてものを計画する女子も少なくない。
羨ましいと言っていいのか、大変だなと労わるところなのか…。
──彼がチョコを貰ったり、女子からの告白を受けた事を知るたびに、胸の奥がチクチクと痛み出すのだ。
いつからかなんて覚えていない。『気付いたらもうそんな感覚』だった。
辛くて、苦しくて、哀しい。
こんな感情自体も嫌だし、彼の前で落ち込んで見せるのはもっと嫌だった。
抱えた痛みが何なのかもずっと分からないまま。
けれど、忠義にチョコを渡すと、毎年「ありがとう」「嬉しい」と笑ってくれるから。
そんな暗い気持ちも吹き飛んでしまうのが不思議なもので。
逆に、俺の方がチョコを貰ったり渡したりすると、彼は分かり易く不機嫌になるのだ。
これに関しては小さい頃から変わらず。すっかり慣れっこ。
「忠義の方がいっぱい貰うてるやろ？」
「…数の問題ちゃうわ」
「よう分からへんけど、大きさとか？あっ、ブランドとかメーカーの好みなん？」
『何で分からないのか分からない』という顔をやめてくれ。
こんなノリが飽きずに毎年繰り返されている調子で、結局毎度はぐらかされて終わり。
それが、あんな劇的な答え合わせになるだなんて。
この時の俺は本当に激鈍さんだったのだと、改めて恥ずかしく思うのだ…。
＊ ＊ ＊
いつものように、忠義の家にお邪魔していた。彼の部屋も慣れたもので。
この間のテストの結果はどうだったかとか、春休みに入ったら遠方に遊びに行こうか、だとか。
わいわい楽しくじゃれている中、ふと気になった事をそのまま尋ねていた。
「あれっ、今年の分のチョコは？もう食うてもうたん？」
当日まではまだ数日有るが、例年ならば既に彼の部屋にチョコの気配…とでも言うのだろうか。
フライングで手渡されたものや、包装紙や紙袋など・それっぽいものを見掛けるのがお約束になっていたのだ。
しかし、こうして見回してみても、それらしいものは無く…。
「今年は貰うてへんで」
「へ？なんで…？」
「全部断ってる、貰うてへん」
全然回答になっていないのだけれど？
じっと俺の顔を見詰めると、話すべきかどうか一瞬迷ったように、目の奥が揺れるものの。
真っ直ぐに此方を射貫き、まるで俺に言い聞かせる口調で答えるのだ。
「本命からしか受け取らへんって、決めた」
『本命』というワードが、鋭利に胸に突き刺さる。
そうか、真剣に恋をする相手が居たのか…と。
この事実自体に驚いているのと、今までそういった話を一切聞かせてくれなかった事もショックで。
二重の衝撃に、言葉を失っていた。
…やっと絞り出した台詞が、「本命おったんや、知らんかった」なんてつまらない返事。
それが具体的に『誰なのか』だとか、尋ねるのも怖かった。聞きたくないのかもしれない。
「ずっと好きやった、俺結構一途や思うねんけどなぁ」
「…お付き合い、してるん？」
「今のとこ、絶賛片想い中やな」
そこそこアピールしているにも関わらず、恋愛対象として意識すらされていない感がある…と零すのだ。
これ以上、彼はその想い人について深く語らなかったけれども。
真摯な『好き』が伝わって来た。
その後、忠義と何を話したのかも覚えていない。
上の空のまま帰宅して、気付けば自室の床にぺたんと座り込んでいた。
「コレ…どないしよう」
テーブルの上には、先日購入したばかりのチョコレート達。
勿論、忠義の分も有る。今年も張り切って準備していたのだ。
甘さ控えめのビターなものを選んで、当日に渡そうと思っていたのだけれど。
「要らへんくなってもうたなぁ…」
彼の言葉を思い返していた。『本命からしか受け取らない』という事は、つまり俺からのものも必要無いという意味なのだろう。
寂しくて、切ない。
また胸の辺りが、何かを訴えるように痛み出すのだ。
彼に贈る予定だったものを手に取ると、静かに包装を解いていく。
中身を取り出し、一粒二粒と自分の口腔に放り込んだ。この感情ごと飲み込んでしまうように。
…けれど、何の味も感じられない。
虚ろなままに食べ尽くしてしまうと、漸くじわじわと苦さだけが広がってくるのだ。
一番近いと思っていた人が、一番遠くに感じられる。
次に会った時、俺はいつもの通りに笑えるだろうか？
＊ ＊ ＊
重苦しい気持ちを抱えたまま、当日を迎えてしまった。
学校内でも何かと理由を付けて忠義を避けるように過ごしていたけれど。彼は彼で、別格の忙しさだったようだ。
今までは、一応誰からもチョコは受け取る姿勢であったのに対し、一転して・丁寧にお断りの体勢。
自身のロッカー類や机さえ完全封印し、知人経由からの受け取りすら拒む徹底振り。
明確な義理チョコでさえも遠慮する程で、周囲の方が戸惑ったり面白がったり。
成程、これは俺の出番など最初から無かったのかもしれない。
俺の方は、例年と特に変わらず。
親しい友人達とチョコ菓子を贈り合ったり、休み時間に業務用レベルの大袋を広げて皆で摘んだり。
平素ならここで忠義も隣に居るのだが、「今日は二人が一緒に居るところをあまり見ていない」と口々に突っつかれるだけ。
そんなに珍しがられる位、毎日ベタベタしていただろうか…。
「大倉君には本命の相手が居るらしい」というのも早々に噂が広まっており。
どうやら断りの文句の中に織り交ぜているようで、嘆く女子も多数。
しかし同級生女子達の証言によると、「チョコを渡しに行ったはずが、凄まじい惚気を聞かされた・でもコレはコレで有り」等々。
「想い人にデレる大倉君の笑顔の破壊力」なんて目撃談まで。
…そんなの、俺には見せてくれた事無いじゃないか。
放課後も、忠義は忙しなく呼び出しに応じていた。
今のうちに、逃げるように先に帰ったら嫌な奴かなぁ…と過ぎったり。
だが思考ごと読まれたのか、先手を打たれた。携帯端末の方に「帰り、待ってて」と短いメッセージ。
彼の事ばかり考えながら、皆から貰ったチョコを頬張って、時間を潰していた。
陽も傾いて、すっかり夕闇に溶けかけた教室の中、一人ぽつんと自分の席に腰掛ける。
…余程ぼんやりしていたのだろう。
息を切らせるまでに急いで駆けて来た彼に、全く気付かなかった程。
「良かった、まだおった…」
「わっ…!?脅かさんといてやぁ」
ビックリしてしまったのは、彼が突然現れた所為だけじゃない。
ぎゅっと後ろから抱き締められていて、逃がさないとばかりに『捕まっている』感覚。
俺達は普段からハグ程度は慣れたもので、今もまたふざけているだけだろうと思った。
「そんな走って来んでもええのに」
「待たしてまうのもホンマは嫌やったんやけど、早よ章大に会いとうて」
なんて事を言うのだ、この色男は。女の子を口説く時の台詞だぞ？
俺の方が照れてしまって、巧い返しをしてやろうと思うのに、…彼の攻勢は止まない。
「今日俺のこと避けとったよな？」
「あ…えっと…」
「章大からまだ貰うてへん」
低く甘い声が、耳のすぐ傍で響く。
鼓膜を直に震わせるようにクラクラして、何を言われているのか分からなくなりそうだ。
「今日はバレンタインやで、毎年可愛えのくれるやろ」
「え、だって…本命さんからしか受け取れへんのやろ？」
──要らないのだと思ったから、自分で食べちゃいました。
コレを告げた瞬間、彼の表情が凍り付いて。
数秒後・忠義の感情の何かがプチンと千切れる音を聞いた気がした。
＊ ＊ ＊
「ちょ…待って、忠義…」
学校から、真っ直ぐ彼の部屋へと連行されて。
何故か現在・そのベッドの上で組み敷かれているのだ。
「食うてもうたんやろ？俺の分」
制服の裾から彼の指が侵入し、直に腹部を撫で上げられる。
腹筋をなぞる指先に、思わずヘンな声が漏れ出るが、口元を押さえる事すら許してくれない。
不機嫌なままの彼が怖いのに、何故これほど怒っているのか分からない…。
毎年のパターンから考察するに、他の人にチョコをあげたり貰ったりした事で機嫌を損ねたのか？
それともやっぱり、俺が食べてしまった事自体に腹を立てているのだろうか？
「ご、ごめん…そんな食べたかったん？」
「お前ん中で俺はどれだけ食いしん坊キャラやねん！」
深い深い溜め息と、「ハッキリ言うとかへんかった俺も悪い」と反省の文言が続く。
ギラギラと鋭い視線から、目を逸らす事も出来ない…。
「俺の本命は章大やねん、前も言うたけど…ずっと好きやった」
この鈍感め、と副音声が乗る。
今度は、此方の方が固まってしまった。
俺は数秒の間、母音のみを発して・じわじわ顔が赤くなる有様。
「せやから、俺のチョコを食べてもうた章大を俺が食う」
いやいや、その論法はおかしいだろ。
慌てて反論しようとするも、手際の良過ぎる彼にされるがまま。
流石の俺でも、この状況で『食う』と言われれば意味を察するのだけれど。逃げられない。
忠義が触れる個所全てが熱を帯びて、強張った身体が解けていく。
敏感な部分を探るように這う大きな手は、乱暴なようで優しいのだ。
──あぁ、どうしよう。やっと気付いてしまった。
俺も、好き。忠義の事が好きだ。
それを思い知るだけの時間に襲われる。
目端が濡れてしまう程の濃厚なキスがトドメだった。
口唇も、舌先も、呼吸すらも、全部彼のモノにされていくのだ。
「っは…章大、甘い」
「さっき…チョコ食うてたもん…」
すっかり彼の腕の中で腰砕け。
乱れた制服が邪魔で、全て脱ぎ去ってしまいたい位に熱い。
「本気で抵抗してくれへんと困るんやけど？止まられへんくなるで」
「だって、恥ずかしいけど気持ちええ…」
昂っているのだと、素直に訴える。
すると彼は、また深い深い溜め息を混ぜてから。
「…食わすんは俺だけにしといてや」
それは、チョコを？それとも、俺自身の事？
無自覚だった『好き』を強引に引き摺り出されたのだ。
一気に溢れて、抑えられない。
責任取ってよ。残さず食べてくれなきゃ、大泣きして暴れてやるんだからな…！
-貴重なお時間を頂き、有難うございました。