※『キミトミタイセカイ』楽曲における勝手な解釈+妄想補完文
※緑青さんと言いますか倉安要素を多大に含みます。苦手な方は特にご注意
※緑さん視点・もっと君を曝け出して欲しい
※少々関係をほのめかす描写あり。ご注意
『親友』と一線を越えたあの夜の事は、決して忘れやしない。
たとえ彼が、忘れてくれと泣いて懇願したとしても。
…丁度1年ほど前。
珍しくヤスが派手に酔っていて、深夜にそんな調子で自宅から連絡して来たのだ。
彼にとっては、特に意味も無く俺の声を聞きたくなったとか何とか、用事は無いと言うのだが。
心配になって、呼ばれてもいないのにすぐ駆け付けた。
酒に飲まれて陽気になっている彼は、無理して笑っているようにも見えて。
こういう時の彼は、「何かあったんか」と尋ねたところで、何でも無いと濁すだけ。何も教えてくれやしないのだ。
それでも、ふにゃふにゃと嬉しそうに笑いながら。
「ホンマは、来てくれてうれしい」だとか。
「ありがとう、元気でた」とか言うものだから。
…思わず、強く抱き締めていた。
ヤスが儚く消えてしまいそうで。ちゃんと捕まえなくては、とでも思ったのか。
彼が抱えている不安ごと支えてやりたかった。
腕の中の彼は、本当に可愛くて。
互いの体温に心地良く浸り、次第に深く絡み溶けていく。
──この愛おしさは何だろう?
その夜俺は、ヤスに惹かれるままに、身体を重ねていたのだ。
言葉で了解を得るとか、口説くとか、そんな雰囲気とも異なる。自然と求めてしまった。
興味本位やただの欲の為じゃない。
…俺が、そうしたかったから。
熱を交わし合って漸く、ヤスが見せてくれる脆さというのもあった。
今だけでもいい、もっと曝け出して欲しいと願った。
しかし共に朝を迎えた彼は、しきりに謝り倒すばかりなのだ。
「ホンマにごめん、俺が考え無しやったから…」
まるで、自分が悪者の様に語る。更には、昨晩の件が俺にとってマイナスにしかならないとでも言うように。
無かった事にした方が、俺の為なのだと。
自分が酔って誘ったのが悪いんだ、って。
それを言うなら、酔っているところにつけ込んだ俺を非難すればいい。俺は素面だったのだから。
ヤスは、静かに泣きながら、忘れて欲しいと肩を震わせる。
これまでの通りの関係を壊したくない、とも零すけれど。
「俺は、ヤスが好きや」
愛しい感情を、そのまま伝えた。上手く表現出来なかったかもしれないけれど、この想いは確かなものだったから。
しかし彼は、それは恋愛感情では無い・勘違いだと躱すのだ。
「おーくらは優しいから、同情してくれただけや、慰めてくれたんやろ?」
ヤスは頑なに、俺の言葉を受け入れようとはしなかった。
心も体も、あれ程に満たされた夜は無かったのに。
* * *
あれから、俺達は本当に『今まで通り』の関係に戻った。
あの日の事に触れるでもなく、親友としての距離を貫くのみ。
俺に新しい彼女が出来た時も、ヤスの態度は変わらなかった。
同時期に彼にもお付き合いしている相手が出来たと知り、俺としては何となくモヤモヤしてしまったのを覚えている。
…ずっと考えていた。
俺がヤスに向けている感情は、一体何と呼べるモノなのだろうかと。
名状しがたい。分かり易く知覚できるモノでも無い。
こんなにも愛しいのに、これは恋に値するモノでは無いらしい。
ヤスの表情が、言葉が、仕草が。…あの夜の熱が。
甘く切ない呪縛のように、俺を苛んでいた。
* * *
「ヤス、飲み過ぎやって」
彼の行きつけの店を探すと、やはり居た。
そっと横から声を掛けた途端、びくりとその肩が跳ねる。
俺を見上げる表情は、今にも泣きそうで。
──『今一番会いたくてたまらない相手』であり。
──『今一番会ってはいけない相手』であることを思わせた。
「おーくら…なんで、ここ…」
「此処来たら居るやろなぁ、って」
ぽん、と優しく頭を撫でると、彼は一際目元を潤ませてしまう。
もう酔ってるのか、なんて揶揄してやれば。「酔いたいのに、酔われへんねん…」と零す。
今すぐ抱き締めてやりたいのをぐっと堪えて、彼の隣の席に腰掛ける。
「なぁヤス、俺早速フラれてもうたわ」
「あ…」
先日、付き合っていた彼女に綺麗さっぱり振られた。
後腐れ無く、実に気持ちの良いお別れ。
数ヶ月から、もうそれは始まっていたのかもしれない。
「私のほかに好きな人がいるんでしょ」からスタートし。
デートの時も全然集中してくれない、いつも誰かの事考えてる、何処か素っ気無いって。
俺としてはそんなつもりも無く、完全に無意識。女性はこういうところが鋭いのだろう。
続いて「彼女よりも親友の事を優先するなんて信じらない」と軽く叱咤された。
これは人によっても価値観が違うかもしれないが、俺は彼女が出来てもヤスとの交友を顕著に減らす気など更々無かった訳で。
別に彼女より優先しているとか何とか、そういうのとも異なる。
ヤスからも、「俺なんかよりも彼女と一緒におらんでええの?」と何度か言われた気がするが。
それを言うなら、彼も同様。ヤスも彼女が居るのに、俺の誘いを断る事も無かった。
「おーくらが彼女と別れてもうた…って聞いて、もしかしたら俺の所為なんかなって…思うとった」
「噂広まるん早いなぁ、せやけどヤスの所為ちゃうよ、俺が不甲斐なかっただけや」
彼女は聡い人だった。
俺のヤスへの態度やその機微までしっかり見逃さず。
そして最終的な振られ文句が、「ヤス君相手なら私も勝ち目ないわ」だったのだ。
彼との事は、本当に何も話していなかった。それでも彼女は、俺の心が彼に向いていた事を察していた。
「私が羨ましがるくらい幸せにならなきゃ許さないから、とまで言い切られてもうたわ」
「…俺も何度か会うたけど、ええ子やったのに…ホンマに別れてもうたんか」
「ヤスの彼女さんの方はどないやねん、俺一度も会わして貰うた事あらへんのやけど」
そう返してやると、彼の表情がきつく強張った。
…静かに俯いてしまうが、小さな声で呟く。
「ごめんおーくら、恋人出来たって言うのは…嘘やねん」
「は…?」
「なんであんな嘘ついたのか分からへん…」
そりゃあ会わせてくれない訳だ。
今更思い返せば、無意識かもしれないが、俺も『ヤスの彼女』の詳細を自ら聞かないようにしていた気もする。
嫉妬にも似た、嫌な感情が過ぎった覚えもある。
だからこそ、嘘だと知って、騙された云々より・安堵の気持ちの方が大きいのだ。
「おーくらに彼女が出来て、俺もちゃんと応援しとった筈やのに…」
彼の目端に涙が浮かぶ。
あぁ、俺は相当に酷い男なのだと自覚する。
彼女の方から振らせた挙句、背中を押されてやっと自分の気持ちとも向き合って。
今こうしてヤスの泣き顔さえ可愛いと思ってしまうのだ。
「ヤスあん時、『恋愛感情じゃない』って言うたけど」
「え…?」
「俺はずっと、ヤスのこと好きや」
真っ直ぐに伝えた途端、お酒とは違うもので彼の顔が赤く染まっていく。
「ヤスの中で、ほんの少しでも…俺の事好きやって気持ちはあらへんの?」
彼は自分の気持ちより、俺の立場だとか将来がどうしたとか、其方の方にばかり気を遣おうとする。
問い掛けると、やっぱり「せやけど」「そんなん言われても」とばかり濁そうとする。でも今度は、それは俺が許さない。
迷っているのなら。
忘れたというのなら。
あの夜の熱を何度だって思い出させてやる。
「ヤスのそういう面倒臭いトコもめっちゃ好きなんやろなぁ、俺」
「…おーくら、急にワルい男の顔になってもうた」
君の存在しない未来なんて、想像出来なくなってしまったから。
──もう、なりふり構っていられない。
-貴重なお時間を頂き、有難うございました。