「みんなの友達は誰の友達にもなれない」
というのがありますし、哲学者プラトンも
「必ず失敗する方法は、全ての人に好かれようとする事である」
と言っている通り
「人間は全ての他者と仲良くする事はできない」
というのは、民族や宗教の壁を超えた人類の常識だと思うんですね。
しかし、自他の境が曖昧すぎる人はこの常識が表面的にしか理解できないと、俺は思うんですよ。
自他の境が曖昧すぎる人は
「自分と他者との間に違う所があると、それがストレスになってしまう」
んですよ、自分と他者・他者Aさんと他者Bさんとの区別が本能レベルでできていないという事ですね。
だから
「人間は全ての他者と仲良くする事はできない」
という事も本能レベルでは理解できないんです。
「世の中には、自分とは合わない人間もいて当たり前」
という事が本能レベルで理解できない人が
「人間は全ての他者と仲良くする事はできない」
という事を理解するのはムリだという事ですね。
「全ての他者と仲良くしなければいけない」
と考えてしまうのが、自他の境が曖昧すぎる人にありがちな思考だという事ですよ。
そして自他の境が曖昧すぎる人は
「自分と他者との間に違う所があると、それがストレスになってしまう」
ので、自分の考え方を他者に押し付けてしまう時があるんです。
他者をコントロールして自分と同じ人間にしようとするという事ですね、もちろん
「全ての人間と仲良くしなければいけない」
という考え方も、他者に押し付けてしまう時があるんですよ。
しかしね…
自他の境が明確にある人からすると
「全ての他者と仲良くしなければいけない」
という考え方は非常識極まる考え方ですから、そういう考え方を押し付けられると、普通の人は本能レベルで拒否反応を示してしまうんですね。
もし、このブログを読んでいる貴方が
「貴方が[仲良くしたくない人]と仲良くしなさい」
と、誰かから言われたら
「何で、そんな事をしなくちゃいけないんだ?」
と即座に思いますよね、つまりはそういう事です。
自他の境が曖昧すぎる人→一部の発達障害者やパーソナリティ障害者が他者から嫌われてしまうのは、そういう当事者が
「人間は全ての他者と仲良くしなければいけない」
という考え方の持ち主なのが原因だと、俺は考えているんですね。
おはようございます!
朝から重い記事を書いてみました
