なぜネト充な人はリア充にもなりやすいのか?というと、これは簡単な話だと俺は思うんですね。
ネト充もリア充も
「他者を楽しませる才能を持っている」
という点では全く同じだからなんですよ。
「この人のネット小説は面白い」
「この人のサイトは面白い」
「この人のブログは面白い」
等と、読んだ人に思わせるのがネト充ですからね。
これは
「この人と一緒だと楽しい」
というリア充の特徴と極めて近いモノだと、俺は思うんですよ。
もちろん
「面白いネット小説(またはサイトやブログ等)を書いている人と実際に会った事があるけど、一緒にいて楽しくなかった」
という経験がある方も多いとは思っています。
しかしね…
この理屈だと
「売れっ子の小説家はコミュニケーションスキルも常に抜群である」
という事になりませんか?
売れっ子の小説家は、言うまでもなくリア充ですよね。
他者を楽しませるコミュニケーションツールは、直接口にする言葉だけではないんですよ。
「本当に他者を楽しませる才能を持っているという事が大事」
だと俺は思うんですね。
「ネト充と実際に会ってみたが、一緒にいて楽しくなかった」
というのは、ただ単に合わなかっただけの話だと思っています。
リア充だって全ての他者を楽しませる事はできません、ネト充も同じだという事ですね。
ここまで読んで
「でもネットは顔が見えないから、上っ面だけでネト充になる事もできるのではないのか?」
と思う方もいるかもしれないですが、それは違うと俺は考えています。
上っ面だけの人は、何時かメッキが剥がれてしまうモノなんですね。
リア充気取りのキョロ充が何時かメッキが剥がれるように、上っ面だけのネト充(気取りのネットキョロ充)も、何時かメッキが剥がれてしまうモノだと思うんですよ。
キョロ充には
「自分という中身がない」
のですから、人によっては違和感を感じるという事です。