六根清浄とは、魂の玉をやすりで磨く作業。やすり は他人の言葉・態度。厳しいほど自分の魂が磨かれる。故に、他人の下僕として働くことによって、六根清浄に至ることが出来る。経営者として人を使役する立場を捨てない限り、六根清浄には至れない。真剣に六根清浄を目指すならば、他人の下僕となり労働する道を選択する。
六根清浄とは、魂の玉をやすりで磨く作業。やすり は他人の言葉・態度。厳しいほど自分の魂が磨かれる。故に、他人の下僕として働くことによって、六根清浄に至ることが出来る。経営者として人を使役する立場を捨てない限り、六根清浄には至れない。真剣に六根清浄を目指すならば、他人の下僕となり労働する道を選択する。
人は死んだら、元来た自分の霊界の村に帰る。霊界の村は、同じ周波数の人間しか存在しない。出来ない。同一空間、同一時間に存在出来るのは、同じ周波数の仲間だけ。
従って、霊界には、村が無数にある。そして、違う村の人間と交流することは出来ない。
人は、自分と違う周波数の人間を知るという目的のため、この物質宇宙に生まれてくる。
つまり多様性を受容することが目的である。
しかし、さらにその上の大きな目的は、多様性を受容することで、自分自身を変容させることである。自分自身の変容は、村全体の変容にも繋がる。村の変容は、宇宙全体の変容に繋がる。
道 ラ・ストラーダ フェデリコ・フェリーニ
「この道端の石ころだって、何かの役に立っている。」
天使の「イルマット」が、「ジェルソミーナ」に言う言葉。
意味:
「宇宙は、物質宇宙と、それを取り巻き、渦巻き状に回転しながら進む、ダークディスク宇宙とで成り立っている。ダークディスク宇宙の質量分布と物質宇宙の質量分布は、互いに影響を及ぼし合いながら、変化し続けている。一つの石ころの存在ですら、ダークディスク宇宙の質量分布に影響を与えている。どのような瞬間においてすら、物質宇宙とダークディスク宇宙は、その遠心力と重力を均衡させている。均衡が崩れれば、宇宙は崩壊してしまう。石ころの存在ですら、遠心力と重力の均衡に不可欠なのである。
◎ 霊に憑依される時の症状
(1) 風邪と非常に良く似た症状
・・・成仏できない死霊。
・・・葬式の帰り。葬式に集まっていた死霊にたまたま憑依される。
・・・事故死、病死など自業自得による死により地獄霊となった死霊の憑依。
①急な高熱。
②身体が極度にだるく、横になりたくなる。
③せきは無い。(喉は痛く無い。)
④気がめいり、何も仕事をしたく無くなる。
(2) 身体の一部がもぎ取られるように激痛が走る。
・・・戦争中の空襲などで、身体の一部が吹き飛ばされ、あまりの激痛で成仏出来ない。
・・・戦争による死は自業自得による死では無い。故に地獄霊にはならない。
・・・激痛のために成仏出来ないだけ。
・・・地獄霊では無いので、身体のだるさは無く気力は衰えない。
・・・成仏の瞬間に激痛は瞬時に無くなる。この時奇蹟と感じる。一人の死霊の救済は、現在生きているその子孫全ての救済に繋がる。
有料霊能者などに近寄らない。関わらない。
インドの聖者、「アンマ」のマントラ「Lokah Samastah Sukhino Bhavantu」を「You Tube」 で探して、憑依霊に聞かせる。タイトル「Tears of Compassion」
「昔、インドで長者が50年間行方不明だった息子が家の前を通るのを見かける。息子はそこが実家だとは知らない。インドではアウトカースト・シュードラは見るのも汚らわしいとされ、息子は逃げるように立ち去る。
長者は息子を追いかけさせるが、息子は恐怖で気絶してしまう。長者は息子に、アウトカーストの者が行う、糞尿処理をさせる。息子は喜んでまじめに仕事に励む。長者は、息子に糞尿処理の仕事から徐々に難易度の高い仕事をさせていく。最後には、家の全財産を管理させる仕事をさせる。長者は臨終に際し、息子に全財産を相続させることを全員に知らせる。」 最重要なことは、仏教がアウトカーストを排除しないこととか、誰にも仏性があることを教えることなどでは無い。
人間は、他人の下僕として労働することを通じて、六根清浄に到ることを教えていること。