2014年12月11日。


私は、ひとりの男の子を産んだ。


妊娠7ヶ月にして、お腹の中で亡くなった子だった。


こうなった原因は不明。


当時は友達にも、まわりにも、死産したという人はいなかった。



亡くなったとわかったあと、入院してラミナリアという器具を使い、無理やり子宮口を開いた。

その痛みは、10年経った今でも忘れられない。


分娩室で産声はなく、私の泣き声だけが響く悲しい出産だったことも、昨日のことのように覚えている。


赤ちゃんは、春に生まれる予定だったから、千春と名付けた。



10年前は、死産という言葉自体がタブーみたいな世界で、どうやってお腹の中で亡くなった子を産むのか、同じ経験をした人はいるのか、その後どうしたのか、ほとんど情報がなかった。


きっと他にもいるはず。

きっと、この経験が誰かの役に立つはず。


そんな思いで、このブログを書いた。




あれから10年経ち、今は自分の経験をオープンにする人が増え、SNSに投稿するのも普通になった。



この10年で、世の中も、私も、私の生活も、ずいぶん変わった。

変わったけれど、やっぱり私の人生には、生と死がつきまとう。


千春の弟が産まれ、離れて暮らしていた父親が死んだ。

コロナで世界が一変し、多くの人が亡くなり、価値観が変わった。

突然、暮らしていたマンションの取り壊しが決まり、それと同時に、私の人生マンガか?と泣きたくなるようなことが発覚し、さまざまな事情からまったく知り合いのいない石川県に移住した。


知らない土地、知らない人、慣れない雪国での生活。

寒波の大雪で停電や断水したり、水道が凍結したり、お正月から大きな地震が起きたり、災害だらけの中で、改めて生きること、死ぬことを考えさせられた。


もし私に、実家という帰る場所と、生きている親がいたら、迷わずそこに戻っていただろう。

けど、頼る場所も、両親もいない。



私は、信じていた人に裏切られたときも、死産したときも、親が死んだ時も、ショックなことが起きた時も、たくさん泣いて、笑って、なんとか生きてきた。


まだこれを読んでいる人がいるかどうかわからないけど、あなたが今、どんなにつらくても、悲しくても、必ず良いことがあるからね。絶対。


今のつらい現実の中に、よかったと思える部分を探して、たくさんたくさん泣いて、少しずつでいいから、歩いていこう。


そしていつか、「こんな伏線回収アリ?!」と思える日がくるから。



すべての経験は、自分の生きた証。



チーちゃん、10歳おめでとう。

あなたのおかげで、私は大切なことをたくさん教えてもらったよ。


そしてこれからも、ずっと忘れない。

いつか、私がそっちへいったら、また抱っこさせてね。


ありがとう、チーちゃん。