福岡県久留米市にある「石橋文化センター共同ホール」からD生命さんの社用車に送られてJR久留米駅へ向かう間中、講演の最後にいただいた拍手を反芻しながら「山口」という地名が私を強く引き寄せるのを感じていた。


50年前大学を卒業して初めて就いた職業が「生命保険の営業員」であった私にとって、遠い彼方にありながら一瞬にして戻れる場所が「山口市駅通り」にあった「T生命山口営業所」である。


 東京で前年4月に入社しやっと8月に格上げになった私は11月に、入社した営業所の所長に求婚された。


 両家共に反対で理由は歳が違いすぎると言うものだった。

私22歳、所長37歳だった。


 嵐の中に居るようにいろいろな事があって翌年1月、お金が無かったので「コーヒーとケーキ」の披露宴で、結婚式は私が卒業した大学の同窓会館で挙げた。


 そして2月に転勤の辞令が所長に出て、それが山口。


 前任の所長は病気で休職中、営業員は零で2年間入口の扉は閉まったままだった由。


 「左遷だ!」と所長はすっかり不貞腐れ、お姑さんと私は「兎にも角にも」行くしかないと始めて山口へ。


 所長一人、営業員一人、姑の電話番。


 「馬鹿と鋏は使いようと言うのだから、美枝子は私が使ってみるよ」と言って姑は、和服しか着た事の無い人が洋服を私のと自分のとを誂えた。


 世間知らずの私に「営業の台詞(せりふ)」を教え(20人のうち)10人減ってしまった「未達集団」の山口市役所へ私と一緒に行く。


 自分は市役所の廊下の長椅子に座り、課長さんと挨拶して廊下に出てくる私に、話の様子や、課長さんの顔型を聞き、課長さんの性格や気性を私に解説して「明日の台詞」を教える。

 

 「あんたの良いところは素直なところだ」と、私を褒めつつ仕事場の市役所の空気に慣れさせる。


 そして毎日二人で行く。


 姑の言う「頼み甲斐のありそうな人に」頼みながら、ある日、夜学に通うお茶汲みの男子学生に課長さんが「一口入ったら?」と言ってくれたのをきっかけに、1ヶ月くらいのうちに10人加入者が増え合計20人となって、集団契約が復活したのだった。


 当時は、年払か半年払しかなく、一つの職場で20人以上の契約者が居る時だけ、年払料金を12で割った割引料金で、給料から天引きする月払集金制度が有り、20人を切ると「年払か半年払」に変更させられたのだった。



 山口駅を出て、まっすぐ北の方向へ歩くとすぐ左側に我が営業所があり、建物の前を右に曲がるとその通りは商店街。たった一軒のデパートがあった。たしか「ちまきや」と言う名前だったか。


 その道をもうしばらく行くと映画館があって、日曜日には三人でよく観にいった。



 久留米から博多までは「つばめ」。


 博多からは「ひかり」だが、「新山口」という駅にも止まるようだ。


 昔は「小郡」といった駅名が山陽線にあり、そこから山口を通り、島根県の益田までを山口線と言っていた。


 そうか、小郡が新山口に改称されたのだなと思い、駅員さんに確認するとやはりそうだった。


 持参した大きなJTBの時刻表を見ると、宇部線の宇部岬に「山口宇部空港」とある。


 山口にあるのは山口県庁と山口大学ぐらいなもの。宇部は空港を賄うほど景気がいいのかとちょっと心配。


 山口大学に居た教育大の先輩教授を同窓会名簿でみつけ挨拶に行った事で、市役所の「集団復活経験」を生かして70件位の「集団契約」ができたのだった。


 その時、山口市に4学部があり、宇部には工学部が、下関には水産学部があって、「集団契約」が、大学本部とT生命とで締結できた後、山口線で小郡、そして宇部線で宇部へ、小郡から山陽線で下関へと通ったものだった。


 「小郡」が「新山口」に変わって、なにか記憶の一つが欠け落ちる寂寥感に襲われた。


 破綻したT生命の名称も変わった。


 聞けば「山口市役所集団」は消滅。「山口大学本部集団」は20件以下の未達となり「給与からの引去りはあるが、料金は普通の月払料金」・「山口大学工学部集団」は現存・下関の水産学部は消滅の由。


 「山口大学」で統合していたのに何故分離したのだろう。言っても詮無い。


 「昔の営業所の後を見たい」という誘惑に勝てず、新山口で降り、山口線に乗る。


 記憶の底に微かに残る駅名が車内放送で呼び上げられてゆく。


 山口駅に着く。


 今日中に帰宅できる山口線の上り電車まで約一時間ある。


 駅前を北に伸びる通り「駅通り」の突き当りが「山口市役所」のはず。


 「駅通り」右側の2ブロック目の角か、3ブロック目の角かと思いながら歩くが、2ブロック目は山口銀行、3ブロック目角は美容室。


 どちらを右折しても商店街は無い。


 駅と市役所との真ん中ぐらいのところに、高い銀色の屋根を持つ2階建ての商店通りがあった。


 商店は皆ここに移転したのかも。


 2階建てのデパートは有ったが「井筒屋」となっていた。どんどん行っても映画館は無い。


 そこの銀色に輝く商店街の中の和菓子屋で山口名物の「ういろう」を買う。


 お店の女将さんがお世辞を言ってくれる。


 違う道を通りながら駅へ戻る。

 

 さっきの女将さんに映画館はどうなったか聞けばよかった。

「ちまきやデパートは?」

「T生命の営業所は?」


 予定より一本早い電車で「新山口」へ戻る。


 「ひかり」で新大阪へ。そして「品川」へ。


  23時帰宅。