今日はショックなことが!




もともと近視でメガネを掛けています。

同年代の方はご存じかと思いますが、既に小さな文字を見るときには年齢的にメガネを外さないと見えなくなっていまして···。



ベッドに座って雑誌を読んでいて、細かい文字を読むためにメガネを外しました。



雑誌を読み終えたところでテレビを観ようとリモコンを手に取りましたが、握力が弱っているので手から滑り落ちてしまいました。


床に落ちたリモコンを拾おうと体の向きを変えたときに
『パキッ!』
と残念な音がしました。



手を伸ばした瞬間、膝になにか当たった感触はあったのです。


でも
『あっ、ヤバい』
と思ったときには時既に遅し。



膝でメガネを踏みつけてしまい、レンズがフレームから外れてしまいました。




読んでいる途中にメガネをはずしたことなんてすっかり忘れていたのです。

雑誌に夢中になっているうちに時間が経過していたことに気がつけません、今の私は。

意識が薄くて記憶もボヤーッとしているものだから、数十分前のことが
“つい、さっき”
みたいな感覚なのです。

視界がボヤけている時点でメガネを掛けていないことに気付ければよいのですが、そこが意識障害の落とし穴。




やってしまった。




「がーん」
と漫画みたいなセリフを思わず口に出して言ってしまいました。


人間ってホントにショックなことがあると、この口調になるものなんですね。

あながち漫画だけの言葉じゃなかったのね。



どうにか自分で嵌められないものか格闘?しましたが、素人ではどうにもならないようでした。



またまた失敗したことを家族に言うのも嫌だなーと思ってセロハンテープで貼ってみたりもしたのですが、きちんとフレームにはまらないから視力が矯正されず見づらくて車に酔ったみたいな感じになるし、メガネがないと歩いたときに家具にぶつかって危なかったりして、小一時間ほど格闘した揚げ句とうとう降参しました。





そろーっと居間に行って
「メガネ、壊れちゃった」
と言ってフレームと外れたレンズを見せました。



家族も私の意識障害の状態を理解しているので、特段驚くこともなく
「これは、メガネ屋じゃないと無理だねぇ」
と言ってくれました。



責められてもおかしくない状況なのに、みんな優しい・・・。



ちょっとウルッときながら、自分の不注意で起きたということを説明しました。



当たり前だけど仕事では少しのミスも許されないから、ちょっとした失敗でも責任を感じてしまいがちです。
自責の念は強いほうだと自覚しています。

気にしないようにして次の相談に入るのですが、いつも仕事が終わったあとはドスンっと落ち込んで、帰り道は反省の渦の中にいます。



でも
『病気によるミスは誰も責めないんだな~』
と思いました。



誰も責めないからといって自責の念が消えるわけでもないみたいですが。



今さらだけど
『自分が病気をした身であること』
『正常な意識ではないこと』
『周りの人も私のことを病人だからしようがな      いと思っている』
ということを再認識させられました。





そんなわけで急遽、家族に頼んでメガネ屋さんに行ってもらい修理してもらってきました。



・・・申し訳ない。



まだ一人でメガネ屋さんに行くことも、行ってから修理している時間を待つこともできない意識レベルなのです。





またまた家族の手を煩わせてしまった!




反省。




《今日の教訓》

朝起きたら、まず意識障害があることを再確認する



教訓すら自分で意識できないので、記録として残しておくことにしました。





なんだか職場復帰ということが遠い存在に思えてなりません。