海をわたる 石原吉郎

愛することは
海をわたることだ
空を南へかたむけて
水尾(みお)の行く手へ
たわんだまま
はるかなものと
なってわたることだ
ひとはかがやかしくて
ゆえに告げおわる
香料の未明へ
翻(かえ)る蹄鉄を
墓はひそかに埋めもどし
荒廃のまえの
さいごのやさしさとなって
愛することは
海をわたることだ

 (詩集「斧の思想」から)