スカーフ 西脇順三郎

崖や
路傍に十月が来た
ぬるでは白い小さい花をつけた
男の口唇に
野ばらの夢が残ることを
恐れる第三の女の
はてしない迷信がある
灰色の岩に
仙人草が枯れている
ひまわりは種子になつた
茄子は神話に落ち入つた
矢にうたれた鷺が首をまげて
中天から落ちて来る
葦もアリアドネの悲しみになる
存在はすべて悲しい
タラスコン街道に出てみた
蝶々がとんでいた
「みせて、これはすばらしいわ、いいわ」
スカーフのはじを持つて女はいつた
このコバルト色の
世界を歩いて
悲しんだ

(詩集「第三の神話」より)