六六 野辺に出てみると
淋しい風が吹いていた
水車(みづぐるま)の音がするばかり
六七 こほろぎも鳴きやみ
悪霊をさそふ笛の
とりつかれた調(しらべ)
野を下り流れ行く
六八 岩の上に曲がつている樹に
もうつくつくぼふしはいなく
古木の甘味を食ひだす啄木鳥(きつつき)たたく
六九 夕顔のうすみどりの
扇にかくされた顔の
眼(まなこ)は季(すもも)のさけめに
秋の日の波さざめく
七十 都の街を歩いていた頃
通り過がつた女の後(うしろ)に
ベーラムのにおひがした
これは小説に出ていたことだ
誰の書いた小説か忘れた
さほど昔のことならねど
七一 河柳の葉に
毛きり虫の歩く
夏の淋しき
夾竹桃 八木重吉
おほぞらのもとに 死ぬる
はつ夏の こころ ああ ただひとり
きようちくとうの くれなゐが
はつなつのこころに しみていく
(詩集「秋の瞳」より )